『ゴルゴ13』
脚本大賞2008・応募作品 (先端情報部門) → あえなく落選
「マイクロ・マシーン」
Micro Machine

ペンネーム: **** (= dr-kgk)
upload: 2008/12/17

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あらすじ:  アフガニスタンで治安維持行動中の米軍で,空軍の無人偵察機プレデタ ーが,何の前触れもなく誤作動を起こし,パトロール中の海兵隊の装甲 車にミサイル攻撃を行なった.一方,アラビア海では,米海軍ミサイル 駆逐艦に突然の誤作動が起き,自艦に目標が設定されたハープーン・ミ サイルが発射された.どちらも大事には至らなかったものの,調査を命 じられたCIAの特別調査官クレイグ・ブリンが現地に赴くが,外部か らの破壊活動の証拠はつかめず,単なる偶然かと思われた.しかし,国 務省に,次の事故の予告と十億ドルの要求がメールで届いた.メールに は,秘密裏に計画が進められていたレイス国務長官の十日後のカブール 訪問日程がすべて記載されており,レイスを米軍のミサイルで殺害する というものだった.タリバンの活動が活発化しているアフガニスタンで は,多国籍軍の士気を上げ,国内の治安にテコいれするために,クラザ イ大統領との直接対話が欠かせない.事態を重視した国家安全保障会議 NSCでは,クレイグに事態の解決を命じた.プレデターの誘導システ ムや,トマホークの発射管制装置を精査すると,ネットワークから切り 離されているはずの武器管制システムが,何者かの手によって不正にア クセスされ,武器制御が乗っ取られていると考えられた.レイスの暗殺 や今後の破壊活動を阻止するには,中東全域に展開している全軍の誘導 兵器の使用を禁止し,軍事活動を事実上停止することになる.調査に行 き詰まったクレイグは,ふと叩き潰した虫が「機械」(マイクロ・マシー ン)であることを発見した.武器管制装置のLSI回路の配線部を,虫 の手足がバイパスして偽の電気信号を流すもので,他の虫が赤外線で信 号を中継して,犯人が遠隔操作しているものと推測された.電波通信で はないため,通信の妨害も発信源の特定もできない.ハイデンCIA長 官は,Gにカブールでの目標の駆逐を依頼した.Gはカリフォルニアの 技術者から,赤外線信号を表示する装置を調達.Gは,陸軍歩兵部隊の 狙撃兵としてカブールに向う.レイスを乗せた飛行機が着陸する直前, 駐機場周辺では信号用の赤外線が乱れ飛び始める.Gは,妨害用の赤外 線を虫に当てて通信を次々と妨害する.赤外線画像の飛跡表示により, 発信源を特定,レイスの到着直前に目標を狙撃できた.首謀者は,陸軍 の技術兵だった.



Part1 ハイテク兵器の誤作動

――2008年,アフガニスタン・カンダハル近郊,米軍の駐屯地

 空軍の「プレデター部隊」の武器管制室.四方を分厚い窓に囲まれた 室内で,レーダー画面やモニターの表示画面が光っている.男女数名が モニターに向かい,士官学校を出たての新任の少尉が監督している.と ころどころに黒い小さな虫が何匹か止まっている.虫はコガネムシのよ うな外観で,1cmほどの大きさである.窓の外には,滑走路が見え, 戦闘機・ヘリコプター・輸送機などが見えている.

上等兵(隣のモニタ画面に向かっている女性の伍長に小声で)「あの士 官さまは,いったい何を監督なさっているんでしょうね,伍長どの
伍長「きっと,青いブタのケツでも蹴飛ばしてやろうと考えているのよ. ほら,目がうつろで何をすべきか分かっていやしないわ
上等兵「伍長どの,イスラムではブタを口にするのも汚らわしいんです よ
少尉「ジミー・ハルマン上等兵! 何を無駄口を叩いているんだ.まも なくプレデターの定期パトロールの時間だ.準備はできているのか!?
上等兵「準備完了であります」(小声で)「自分でやってみろってんだ
伍長(笑いを押し殺して)「
少尉「よかろう.作戦を確認する.今から5分後に無人偵察機RQ-1プ レデターの7番機を発進.カンダハル北西部25マイル四方を哨戒し, タリバンの部隊の車列を発見次第,搭載のヘルファイア地対空ミサイル で目標を破壊する.行動予定時間は6時間.途中で管制の交代は許さな い.便所に行くなら今の内だ
上等兵「イエッサー! 目標を発見次第,AGM-114ヘルファイアでぶっ 飛ばします」(伍長に小声で)「いつもの退屈な仕事だ
伍長「少尉殿,よろしいでしょうか
少尉「発言を許可する
伍長「海兵隊の哨戒部隊が装甲車2台で,40マイル西方でパトロール 中です.友軍への誤射【フレンドリー・ファイア】を防止する手段を講 じるべきです
少尉「ふむ,良い指摘だ.しかしながら,プレデターの哨戒範囲外であ る上に,敵味方識別装置を使っているから,その心配はない.しかし, ハルマン上等兵,今の指摘を頭に叩き込んでおくように
上等兵「イエッサー!
少尉が,滑走路に目をやり,電話をして時計を確認する.
少尉「プレデター7番機の準備が整った.30秒後に離陸する.ハルマ ン上等兵,用意は良いか
上等兵「イエッサー!」(小声で)「そんなに気張りなさんなって…
少尉「発進

 滑走路を発進するプレデター.無人機に搭載のビデオカメラの映像と, 速度・位置・燃料計などの情報がハルマン上等兵のモニタ画面に表示さ れる.

上等兵「少尉殿.プレデター7番機は現在,カンダハル北方3マイルの 地点を北上中.これより設定したコース通りに,自動飛行に移ります
少尉「よかろう.監視を続けてくれ

 ややあって,伍長のモニタ画面に「飛行コース索敵完了」の文字が表 示される.

伍長「私の管制する5番機は,まもなく帰投します.着陸許可を願いま す
少尉「少し待て」(電話をしてから)「着陸を許可する
伍長「イエッサー」(上等兵に小声で)「お先に帰るわね…
上等兵(何か操作をしていたが,青ざめた表情で)「伍長どの,ちょっと よろしいですか.少し前から管制誘導が予定コースからズレて来ている ようなのですが,何が問題なのか…
伍長「今,着陸シークエンスに入ったから,ちょっと手が離せないわ. GPSの位置補正は行なった?
上等兵「はい,もちろんです.飛行コースを再び転送しましたし,管制 システムの自己診断も行ないました.危険ですが,7番機の飛行システ ムをリセットもしました
伍長(モニタから目を少し離して上等兵の方を向き,驚いた表情で)「え えっ,飛行中にリセットですって? 下手すりゃ墜落よ!
少尉「エイドリン伍長,何か問題か!?
伍長「いいえ,問題はありません.着陸を続行中です.しかし,ジミー の方で何かありそうです…
上等兵(困った顔で少尉に向き)「7番機が制御不能なんです…」 少尉(上等兵に近づいて)「何だって!? 飛行コースから外れているじ ゃないか.それに…」(モニタ画面を指さして)「なぜ,ヘルファイアの 安全装置が解除されているんだ!
伍長「着陸を完了しました
少尉(7番機の映像を見て)「あれは君が指摘した海兵隊の装甲車じゃな いのか,伍長.敵味方識別信号が受信されていないぞ
上等兵(泣きそうな顔で)「ヘルファイアが装甲車にロックオンしました …
伍長(上等兵のコンソールに飛びつき何か操作する)「駄目だわ.リセッ トも効かないし,自爆コードも受け付けない.いつ発射されてもおかし くないわ!
少尉(少しあわてるも,電話に飛びつき)「海兵隊,カンダハル司令につ ないでくれ.最優先だっ!

 地上.海兵隊の装甲車がパトロールをしている.

軍曹(運転しながら)「ギャンビット,しっかり見張れよ.無事に帰りた けりゃな
ギャンビット二等兵(黒人兵,監視窓に目を当てて)「軍曹殿.後方から 空軍のプレデターが近づいてきましたが,何なんでしょうね
軍曹「ああん? 今日は空軍が援護してくれるとは聞いていないがなぁ. まぁ,訓練ついでに飛ばしているんだろうよ.一応,目を離すなよ.サ ム,コリンズ曹長の装甲車が左後方にいるだろうから,様子を聞いてく れ
ギャンビット「どうも,こちらに向かって機種を下げているようなんで すが…
サム通信兵「カンダハル司令から,プレデターに注意せよとの緊急連絡 です
ギャンビット「うげっ! 火を噴いた奴が向かってきます!
軍曹「くそっ! 200フィートに近づいたら知らせろ!
ギャンビット「今です!

 軍曹が急ハンドルを切り,装甲車は横転しそうになるが,かろうじて 持ちこたえ,すぐ脇に着弾するヘルファイア.

ギャンビット「命拾いしましたね…
軍曹「サム,空軍の糞ったれ野郎どもに呪いの言葉を送りつけてやれ!




Part2 ハイテク兵器の誤作動(その2)

――数日後,アラビア海・カラチ沖300マイル,ミサイル駆逐艦エル ビス

 作戦司令室【CIC】の暗い室内.モニター画面だけが光っており, 十名以上の下士官・水兵が画面に向かっている.目立たないが天井に黒 い小さな虫が2〜3匹,止まっている.部屋の後方では,担当士官のド ミニク少佐が立って指揮に当たっており,脇の椅子に艦長のケイトリン 大佐が腰かけている.

ケイトリン艦長「予定のパトロールの終了まで,あと1週間だな,ドミ ニク少佐
ドミニク少佐「はい,今回も何事もなく,終えそうです.ジャパンの海 上自衛隊からのオイルが無かったので,補給に少々手間取りましたが, 想定の範囲内です
ケイトリン「ムンバイの寄港を前に,一度は訓練して,気を引き締めて おく必要があると思うが,君の意見を聞かせてくれ
ドミニク「賛成です,艦長どの.標的艦を調達して,対艦攻撃の実射を したいと考えています
ケイトリン「ふむ,前任のホムズフェルド国防長官の時代であれば,奴 の会社から武器調達するから,好きなだけミサイルが撃てたが,ゴーツ に代わってから引き締められているからな,なかなか実射できる機会が 持てんという訳か…
ドミニク「はい,搭載のハープーン4機の内2機が,あと3ヶ月で運用 期限を迎えますので,延命措置を受けるよりは実射に使いたいと思って いますが…

 話し終わらない内にCICのモニター画面を見て,口が開いたままに なるドミニク.モニター画面の前で,数名が慌てた様子で幾つかの操作 パネルの前で作業をしている.ケイトリン艦長は,眉をしかめてドミニ クの見ている方向に目をやり,モニターを見て驚く.

ドミニク「サンズ中尉,ハープーンの発射命令は出していないぞ.直ち に解除しろっ!
サンズ中尉(おろおろしながら)「少佐殿.操作不能です.少し前に自動 的に発射シークエンスが始まりました.いろいろと試しましたが,止め られません
ケイトリン(悠然とした態度で中尉を見据え)「まぁまぁ落ち着きなさい, サンズ.攻撃目標は,どこに設定されているのだね?

 サンズ中尉が,横にいる水兵に目で合図をする.水兵が操作パネルに 入力して,表示された画面を見て,水兵もサンズも目を見開いて驚きの 表情となる.

水兵「これは…
サンズ(艦長と少佐に向かい,荒い息を押し殺して)「本艦です,艦長殿. 予定コースを表示します

 サンズが水兵に目で合図すると,前面の大型スクリーンにコンピュー タ・グラフィックス画面が表示される.左斜め前方から見下ろしたイー ジス艦エルビスと,右舷から発射されたハープーンミサイルの軌道が表 示されている.ハープーンは,一旦,艦の直上数百mまで上昇し,そこ から真下の艦・煙突部に向けて降下する軌道となっている.画面右上に 発射までの時間がカウントダウンされている.0:01:00,0:00:59,….室 内が一瞬静まり返り,急に騒がしくなる.ケイトリンはドミニク少佐に 軽く頷き,指揮を任せる.

ドミニク「軍曹.全艦放送だ
軍曹「アイアイ,サー
ドミニク(マイクを手に取り)「全艦に告ぐ.これは訓練ではない.まも なく本艦めがけて右舷ハープーンが発射される.機関全速前進,面舵一 杯.両舷ファランクス起動用意.関係者以外は安全位置に付け.これは 訓練ではない!

 艦長に目をやるドミニク.軽くほほ笑む艦長.

サンズ「ファランクス,準備完了です
ドミニク「まず,右舷のファランクスで発射直後のハープーンを狙え. し損じたら,左舷ので何としてでも仕留めろ!
サンズ(ファランクス担当の中華系の水兵に向かい)「チャン,左舷のフ ァランクスは,手動【マニュアル】発射モードに設定.最大仰角まで上 げよ
チャン上等兵「アイ,サー! R2D2でやっつけてやりますよ!」 サンズ(チャンの隣の水兵に向かい)「チャフ弾の自動発射は停止してお け.この角度じゃ,どうせ効かん!
水兵「アイ,サー!

 秒読みがゼロになり,エルビス右舷のハープーンが発射される.ほぼ 同時にファランクスが射撃を始める.銃弾がハープーンをかすめるが, 命中せずにハープーンは右舷から遠く離れた地点で上昇を始める.面舵 により,大きく右に傾き,円弧の航跡を作るエルビス.ハープーンは艦 の上方で反転し,急降下を始める.

サンズ(チャンに向かい)「まだだ.1500フィートまで引きつけろ
チャン(舌なめずりをして)「アイ,サー…

 速度を増し,急降下するハープーン.チャンがファランクスの発射ボ タンを押すと,自動応射が始まり,秒間50発のバルカン砲がうなりを 上げる.艦の上方付近で被弾し,爆発するハープーン.ファランクスの バルカン砲が,カラカラと音を立てて停止する.

チャン(椅子の背にもたれかかり,ため息をつく)「ふー.死ぬかと思い ましたよ
サンズ(後からチャンの肩を軽くたたき)「私もだ
ドミニク(マイクに向かい)「全艦に告ぐ.危機は回避された.各部所の 被害状況を報告せよ」(艦長に向かい)「こんなところですが…
ケイトリン(うんうんと頷きながら)「死角になる直上のミサイルを狙う のに,面舵全速で艦を右舷に倒して,左舷のファランクスで撃ち落とす とはな.戦術教本に書かなければなるまい.ドミニク作戦【マニューバ ー】とでも名付けようか
ドミニク(恥ずかしそうな顔つきで)「ご冗談を.それよりも,思わぬと ころで実射訓練ができましたね

 笑い合うケイトリン艦長とドミニク少佐.CIC室内にも安堵の雰囲 気が漂う.天井に止まっている虫の眼が,一瞬かすかに光る.




Part3 CIA特別調査官

――三日後,米国・ヴァージニア州,中央情報局【CIA】・科学技術本 部長室

 午前の柔らかい日の光が,部屋に差し込んでいる.科学技術本部【D SC】のサンダース部長(白人男性)と,国防総省のハミルトン准将(黒 人男性)が,室内のソファで顔を寄せ合って話し合っている.

秘書(インターフォン)「サンダース部長,技術システム開発局のブリン 主任研究員がおいでになりました
サンダース「うむ,入れてくれ

 秘書(白人女性)がクレイグ・ブリン(痩せた長身の白人男性)を室 内に案内し,会釈をしてドアを閉める.サンダースとハミルトンが立ち 上がり,ブリンを迎える.

サンダース(両腕を広げ)「やぁ,クレイグ.待っていたよ.こちらは国 防総省のハミルトン准将だ
ブリン(握手しながら)「陸軍情報部の時に書かれた電子戦対応マニュア ルを,何度も読ませていただきました.お会いできて光栄です
ハミルトン(握手しながら)「ずいぶん昔の話だ.今となっては時代遅れ の老兵だよ.ところで,君の開発している新兵器とやらに,お目にかか りたいのだがね.何でも敵の誘導ミサイルの管制システムを無効化する とかいう…
ブリン(肩をすぼめて)「准将といえども,部長の許可がないと,お話し する訳にはいきません.部長,今日はその話なのですか?
サンダース「まぁ,座って話そうじゃないか」(両者にソファに腰掛ける よう促す)「君の研究と関連はあるが,アフガンとエルビスの誤射の件だ
ブリン(人差指をこめかみに当てて)「原因を分析しろ,ということです ね
ハミルトン「そうではない.君が現地に飛んで,調査してほしいのだ. 単なる偶然の事故ならそれでよし,そうでないなら対策を立てねばな らん.アルカイダの破壊活動【サボタージュ】ということは考えにく いが,ほぼ同時期に起きただけに,たいへん気がかりだ
ブリン(心配そうな顔になり)「現地というと,戦争状態のアフガニスタ ン,ということですか?
サンダース(ブリンに同情の表情で)「公式には戦争は終わっているがね …
ブリン(両手を顔の前で組んで)「私は家族はいませんが,まだ死にたく ないです.兵士じゃないんで,死ぬ覚悟なんかありません.床掃除でも 窓拭きでもよいですから,ここ【ラングレー】に置いておいて下さい
ハミルトン(微笑んで)「カンダハルは,そんなに捨てたもんじゃないぞ. それに,我が国はじめ,多国籍軍の兵士が治安維持に命をかけて戦って いるんだ.安心したまえ
サンダース(微笑んで)「そもそも,我が社【CIA】に入ったときに, 命の危険は承知しているはずだがなぁ
ブリン(サンダースに向かい)「そうは言いましても,ただの事務局員が. のこのこ戦地に出かけていっても,CIAを嫌っている軍のお歴々から 疎んじられるばかりで,ろくな働きができるとも思えませんが… むし ろ,国家秘密局の対テロセンターのエリート諜報員に命じられた方が, 私の数倍も働くと思えるのですが…
サンダース(気の毒そうに)「エリート諜報員を,こんな気楽な調査任務 に就けるほど,暇ではないのだよ,クレイグ.君の知識と分析力が必要 なんだ.それに,長官が大統領に推薦して,君をCIA特別調査官に任 命することになっている.軍の奴らなど」(ハミルトンを見て,しまった, という顔をして)「失敬,軍の面々は君の指示に喜んで従うし,安全面で は政府の高官並みの配慮をしてくれる.大丈夫,大丈夫
ハミルトン(ブリンに頷いて)「クレイグ,軍の協力は約束する.期限は 特に決めないが,早ければ早いほど良い.2週間を目途に頼む
ブリン(頭の後を掻きながら)「どうも,イエスと言わざるを得ないよう ですね.それじゃ,自宅に帰って着替えを取ってきますから,明日の集 合場所と時刻を教えて下さい…
サンダース(インターフォンに向かい)「OKだ」(ブリンを見て)「出発 の準備は整っている」(デスクから金の封蝋の付いた大統領署名入りの命 令書を渡し)「良い旅を
ハミルトン(ブリンに握手して)「幸運を祈る

 ドアが開き,海兵隊の兵士2名が入ってきて,敬礼をする.一方は, 小型の旅行鞄を持ち,もう一方は金属製の箱を背負っている.

ブリン(鞄を指差し)「それは,ぼくの旅行鞄じゃないか.どうやって持 ってきたんだ…」(金属製の箱を指差し)「その中には,さっきまでデス クに広げていたノートPCや検査装置が入っているんじゃぁないだろう な…
旅行鞄を持った海兵隊員「ハミルトン准将の命により,クレイグ・ブリ ンCIA特別調査官殿をカンダハルまでお送りする任務を受けましたフ ァブリ曹長と,もう1名はボワヌ伍長であります.すでに着替えも仕事 道具も準備済みであります.これよりヘリコプターで最寄りの空軍基地 までお連れし,そこから臨時の輸送機で直接,カンダハルに向かいます
ハミルトン(肩をすぼめて)「…という訳だ
サンダース(ブリンと握手をして)「帰ったら,最高級のイタリアンを御 馳走するからな

 ブリンは呆然としているが,海兵隊員に促され,連行されるように部 屋を出て行く.ブリンを見送りながら,つぶやく二人.

サンダース「偶然の事故ということなら,安心なんだがね
ハミルトン「そうあって欲しいものだ…




Part4 暗殺予告のメール

――十二時間後,アフガニスタン・カンダハル近郊,米軍の駐屯地

 白昼の日差しの強い太陽に照らされた滑走路に着陸し,駐機場に入っ てきた輸送機.扉が開くと,ブリンの荷物を持った海兵隊員2名が勢い よく降り,周囲を警戒する.扉の蔭からブリンが顔を出し,あたりの様 子を伺い,よたよたと出てくる.砂が風で舞っている.

ブリン「何が『そんなに捨てたもんじゃない』だ.暑いし埃っぽいし, どこでPCを広げられるっていうんだろう…

 中年の男性将校が近づいてきて,ブリンに敬礼する.

将校「クレイグ・ブリンCIA特別調査官殿! 私がカンダハル第2駐 屯地の担当士官,アレックス・マイルズ大佐であります.遠路ようこそ お越し下さいました.早速,宿舎にご案内しますので,こちらへどうぞ」 (身振りでジープに案内する.先に二人の海兵隊員が鞄・PCをジープ の後部に積み込み,ジープの両側で周囲を警戒している)
ブリン(小声で)「実に至れり尽くせりな旅だ…
マイルズ「は? 何でしょうか?
ブリン「いや何でもない.少し横になりたいよ…

 夜になって,駐屯地内の宿舎の部屋で,ブリンが机の上でPCと各種 測定装置を広げ,報告書を読んでいる.傍らには,誤作動を起こしたプ レデターの制御システムのユニット(小型のボストンバッグくらいの大 きさ)が置いてある.

ブリン(独り言)「やれやれ輸送機で少しは眠ったせいか,早めに起きて しまった.制御基板を一つ一つ調べることにするか…

――三日後,米国・ワシントンDC,国防総省【ペンタゴン】・長官室

 朝早い陽の光の中,ゴーツ国防長官がデスクに腰掛け,額に皺を寄せ て,一枚の紙を読んでいる.手はかすかに震えている.部屋には数名の 将軍と事務官の他に,レイス国務長官がソファに腰掛け,ゴーツを見据 えている.

レイス(黒人ハーフの女性)「ゴーツ国防長官.私が十日後にカブールを 訪問する日程が,なぜ,このメールに記されているんでしょうか.意図 的なリークが行われているとしたら,由々しき事態ですわ
ゴーツ(苛立った口調で)「とんでもない言いがかりだ.あなたを危険な 目に逢わせて,我が国防総省の何の得になるというんだね」(落着きを取 り戻し)「それよりも,この後半に書かれている十億ドルという金を工面 する積もりは無いのだね?
レイス(当然という表情で)「もちろんですわ.大統領のメッセージは, 米国はいかなる脅しにも屈しない,です
ゴーツ(口を引き絞り)「うむ.これが単なるイタズラの類でないことは, 機密事項の訪問日程から分かるが,それ以上に気にかかるのは,国務長 官の殺害」(レイスの眉がピクリと動く)「予告の内容だ.アフガンで起 きた無人偵察機プレデターの誤作動と,アラビア海のイージス艦エルビ スのハープーンミサイルの暴走.どちらも単純な機械故障と報道発表し たが,現在,秘密裏に調査中の事項だ.脅迫犯は事故の詳細を知ってい て,今度もわが軍のミサイルで暗殺を実行するとまで書いている
レイス(怪訝そうな顔で)「私のところには,報道発表と同じ情報しか来 ていませんよ.政府高官を相手にどこまで情報を隠すつもりなのですか?
ゴーツ(申し訳なさそうに)「そう責めんでくれ,国務長官.単純な事故 であることを確認するための調査を,三日前からCIAの手で現地で進 めている.大統領から特別調査官の任命は聞かされていなかったかね?  何にせよ,二度の誤射が事故でないことは明らかになった.今後は,ミ サイルがどのように乗っ取られたのか,徹底的に調査することにしよう. そういう訳だから,長官,あなたのカブール行きは延期してくれないか
レイス(少し憤っているが,あくまでも冷静に)「特別調査官の件は,大 統領補佐官から聞いています.調査を進めているのは賢明なご判断です, ゴーツ国防長官.しかしながら,カブール行きの延期はできません.現 在,アフガニスタンの治安状況は悪化の一途を辿り,タリバン掃討作戦 が終わって以来,最悪の状況を迎えています.厭戦気分の広がる中,多 国籍軍を構成する各国に対し,我が国の毅然とした態度を示す必要があ ります.また,クラザイ大統領の国内での影響力の低下も見過ごせませ ん.世界各国からのアフガニスタン復興支援の意思を,クラザイ大統領 とアフガン国民に直接届ける必要があります.すでに各国の有力なマス コミ向けに,現地の大使館から取材を促す内々の打診をしていま す.今さら,後戻りなどできません
ゴーツ「しかし,現状では君の安全は保証できんのだよ.分かってくれ」 (長官室の後方に立っている准将の方を向き)「ハミルトン准将,調査の 途中経過を説明してくれ
ハミルトン(一歩前に出て,ソファに腰掛けているレイス国務長官を見 据えて話す)「レイス閣下,現在,CIAのクレイグ・ブリン特別調査官 が現地で,それぞれの事故を起こした武器管制システムを調査している ところです.彼から今朝届いたメールでは,制御機器の基盤に放電して 融けた跡があり,それが誤作動の原因になった可能性がある,とのこと でした.外部からインターネットで武器管制に不正アクセスする可能性 は,空軍も海軍も物理的に切り離されている以上,あり得ないとのこと です.内部からの破壊活動【サボタージュ】の可能性は捨て切れません が,事故に関連した将兵の尋問を国防総省情報部が進めており,ポリグ ラフを使っても有意な結果は得られていません
レイス(やれやれと言った表情で)「それじゃ,まるでお手上げね
ハミルトン「クレイグ特別調査官には,引き続き現地に留まり,事故原 因の解明だけではなく,対策も立ててもらう予定です.これには,本日 午後に開かれる国家安全保障会議【NSC】で大統領から了承を頂かな ければなりませんが…
レイス(軽く手を叩き,ソファから立ち上がり)「分かったわ.国防総省 の皆さんのご努力に感謝します.また,期待もしています.いずれにせ よ,十日後の私のカブール訪問は予定通り行ないますので,よろしく

 背筋をピンと伸ばし,国防長官室を出て行くレイス.背広姿の国務省 の職員達も,後を追うように続いて部屋を出て行く.長官室には,制服 の将軍達と数名の背広姿の国防省職員が残っている.目を合わせるハミ ルトン准将とゴーツ長官.

ゴーツ「ガッツのある女将だ
ハミルトン(頷いて)「実に…




Part5 武器管制システムへのアクセス

――三日後,夕刻,アフガニスタン・カンダハル近郊,米軍の駐屯地

 着陸したヘリコプターから海兵隊のファブリ曹長が飛び降り,金属製 の箱を背負ったボワヌ伍長も飛び降り,周囲を警戒する.少しふら付き ながらも二人の真似をして飛び降りるブリン調査官.転びそうになるの をボワヌが抱えて起こす.

ブリン「あぁ有難う.それにしても,君は無口だなぁ,ボワヌ伍長…
ボワヌ(小さな声で)「イエッサー…

 ボワヌが後方を警戒し,ファブリが前方を警戒しながら,宿舎に向か って歩き始める.ヘリコプターのローターが巻き起こす砂埃が舞ってい る.渋い表情をしてトボトボ歩くブリンを励まそうと,声を掛けるファ ブリ.

ファブリ「ミサイル駆逐艦エルビスで,何か成果は得られましたか,調 査官殿
ブリン「いやぁ,何も… 調べておいた基盤の故障以外,特にこれとい ったものは発見できなかった.敢えて言えば,食事が美味かったかな. あの,ジャパンの海上自衛隊から持ち込んだというカレーライスは良か ったな.ケイトリン艦長にお礼のメールを書かないといかんな…
ファブリ「調査官殿も食事はお気に召されましたか.空軍の豆料理には 飽き飽きしていましたが,私も海軍のカレーは気に入りました!」(後方 で頷くボワヌ)
ブリン「とはいえ,そこらに黒い虫が張り付いているのにはうんざりし たよ.こっちと同じような虫がいるとは,軍隊にくっついて一緒に生活 しているのかねぇ…
ファブリ「だとすると,相当に物好きな虫だと思います!
ブリン「そうだな…

 宿舎の中.PCを広げ,エルビスの戦術データをプロジェクターで壁 面に投影し,分析を進めるブリン.手掛かりがつかめず,鼻の上をつま んで目をきつく閉じている.ボワヌ伍長が食事を運んで来る.

ボワヌ「食事であります,調査官殿
ブリン「ありがとう.君達もここで一緒に食べたらどうだ
ボワヌ「ご配慮ありがとうございます.しかし,調査官殿の邪魔をして はいけないと命令されていますので,失礼いたします
ブリン「まぁ良いじゃないか…

 ブリンがボワヌの手を取ろうとしたとき,ボワヌは反射的に身を引い て一歩後に下がり,武術の構えを取る.ハッとしてボワヌを見るブリン.

ブリン「驚かせてすまない,ボワヌ.君が優秀な海兵隊員だということ もよく分かったよ.食事は一人で取ることにするよ
ボワヌ「失礼しました.今,うっかり何かを踏み潰してしまいました. 調査官殿の大切な装置でなければよいのですが…」(踵をずらして下を見 るボワヌ)「これは一体?
ブリン「どれどれ
ボワヌ「例の黒い虫のようでありますが…
ブリン「バラバラだ.さっきまで生きていたとも思えないくらい乾燥し ている…」(虫の破片をつまみ上げ匂いを嗅ぎ,手の平の上に置き,じっ くり眺めて)「いや,こいつは虫なんかじゃぁない.機械だ.マイクロ・ マシーンだ.ボワヌ,当直士官に言って,顕微鏡を調達してきてくれっ. 大至急だ
ボワヌ「イエッサー!」(駆け出して部屋を出て行くボワヌ)
ブリン(独り言)「こいつが,もしかしたら…

――六時間後,夜,ブリン調査官の部屋

 ブリンとマイルズ大佐が何かを話し合っている.ファブリがPCにカ メラを接続し,プロジェクター画面の調整をしている.

ファブリ「衛星回線でCIA本部の長官室に接続できました,調査官殿
マイルズ「暗号化はどうなっている?
ファブリ「レベル7の最高機密モードであります,大佐殿
ブリン「よし,そろそろ始めようか…

 ファブリがスイッチを入れると,スクリーンにハイデンCIA長官, サンダース科学技術本部【DSC】部長,ハミルトン准将が映っている. 長官室は,真昼の暖かそうな雰囲気に包まれている.

ブリン(リラックスした調子で)「お久しぶりです,部長,准将.そして 初めまして,長官.こちらはカンダハル第2駐屯地の担当士官,マイル ズ大佐です
マイルズ(緊張して立ち上がり)「マイルズであります.本日は…
ハミルトン(軽く手を振り)「まぁ挨拶は後にして,話を聞かせてくれな いか
ブリン「原因は虫【バグ】です
ハミルトン,サンダース,ハイデン「虫だって!?
ブリン「プログラムのバグではなく,動く虫が制御基板に入り込んでい ました
サンダース「そいつが基盤を食い荒らして,放電を起こしてノイズで暴 走したのか?
ブリン「正解ではありませんが,近いです.この虫は超小型機械【マイ クロ・マシーン】,すなわち遠隔操作ロボットです.何者かが,虫を操り, 制御基板に取り付いて,無人偵察機やミサイルに命令を送る回路をバイ パスしていたんです
サンダース「つまり,本来,送るべき信号が送られず,書き換えられた 命令が送られていた,という訳だな?
ブリン「そう推測するのが妥当と思われます. 恐らく,虫の眼,つまり超小型カメラの画像を 受信し,遠隔操作でこの小さな手足を動かして基盤に取り付いたのでし ょう.そして微量の酸でLSI回路の取り付け部を溶かし,別の足でバ イパス回路を作り,虫の体内の信号変換機で命令を書き換えて送信した と思われます
ハイデン「それは確実なことなのか,クレイグ
ブリン「短時間の観察結果ゆえ,何とも言えません.念のため,この駐 屯地ではプレデター部隊や空域管制の部署から虫を掃除することにしま した
マイルズ(再び緊張して立ち上がり)「骨身を惜しまず,ご協力する所存 です!
ハイデン「あまり目立ってはいかんな.今のところ,こちらが気付いた と敵に悟られないようにした方が良い
マイルズ「承知しました!
ハミルトン「そうなると,どこか近くに虫を操っている者がいるという 訳だな.しかし,不審な電波が発信されていれば,分かっても良かった ようなものだが…
ブリン「赤外線です.虫は何十,何百といて,互いに赤外線で連絡を取 り合っているようなのです.通信の有効範囲は五十フィートほどでしょ うが,十分な数の虫が中継基地になって,どこかに信号を送信している と推測しています
ハミルトン「電波で通信していないのなら,妨害電波も偽の制御信号も 役に立たないし,発信源の特定も難しい,ということか…
ブリン「残念ながら,その通りです
サンダース「レイス国務長官の暗殺を阻止するには,カブールから五十 マイル以内の誘導兵器の使用を禁止して,制御電源を止めるしかない, ということか?
ブリン「長距離誘導ミサイルを搭載しているミサイル駆逐艦に虫が入り 込んでいた事実を考えますと,五十マイルでは不足で,二百マイルは必 要です.もちろん,全部の誘導システムを精査して,虫が入り込んでい ないことを調べ,隙間がないように封印すれば,虫の影響は排除できる でしょう
ハミルトン(頭を左右に回してかぶりを振り)「だめだ,もはや誘導シス テムを一つづつ調べる時間などないし,半径二百マイルの誘導兵器を止 めるなど,多国籍軍を無力化するも同然で,到底,受け入れられない. だめだ,だめだ!
ハイデン「この破壊活動が単独犯という仮定に立てば,そいつを排除す れば良いということになる
マイルズ(興奮気味に)「当方の戦闘爆撃機は,いつでも発進できる態勢 です
ブリン(面白そうに)「あるいは,エリート諜報員の出番ですかね,長官
ハイデン(分別臭そうな表情で)「そんなに大掛かりなことは必要ないの だよ,諸君.不可能を可能にする者に頼めば良いのだからね
ブリン・マイルズ(不可解な顔で)「それは,一体…
ハイデン「ここからは,スーパーエリート諜報員の出番だ.君達には追 って連絡する.クレイグ,早急に報告書をまとめて送信するように.マ イルズ大佐,虫の掃除は必要だが,くれぐれも慎重にな

 CIA長官室の画面が消えて,ノイズが壁面に映っている.マイルズ, ファブリと顔を見合わせるブリン.




Part6 標的不明の「依頼」

――二日後,米国・バージニア州アーリントン,無名戦士の墓の前

 早朝の朝霧がうっすら漂うアーリントン国立墓地.花を捧げた墓石の 前で,ハイデンCIA長官が両手を前に組んで頭を垂れている.Gが, 数歩離れた場所で立っている.

ハイデン「今,お話ししましたことから,虫が各種兵器の誘導装置を乗 っ取ることで,レイス国務長官めがけて米軍のミサイルが発射される可 能性が高いと判断しました.サンプルは,ここに」(ゆっくりと片手を背 広のポケットに入れて出し,四,五匹の虫が入った透明なビニールの小 袋を取り出す)「あります」(大きく息をつく)
G「こちらを向かずに,ゆっくりと放り投げろ…
ハイデン(額に汗を滲ませながら,袋を投げる)「この袋は,虫の発する 赤外線に対して不透明です.今やどこに虫が潜り込んでいるのか,アフ ガン周辺だけなのか,米国本土それもワシントンDCの中枢にまで入り 込んでいるのか,疑心暗鬼の状況です.レイス暗殺を阻止するだけでな く,犯人の正体をつきとめ,この忌まわしい虫【マイクロ・マシーン】 の製造元を暴く必要があります
G「俺にできることは,限られている…
ハイデン「あつかましいお願いであることは承知していますが,陸軍歩 兵部隊の狙撃兵としてカブールに飛び,レイス長官が無事に到着できる よう,犯人とその装置類を無力化して欲しいのです
G「標的が不明のままの依頼,ということだな…
ハイデン「一千万ドル用意しました.契約が遂行できなくても,返金は 不要です.レイスのカブール訪問まで,あと四日を切りました.どうか, お引き受け下さい
G「分かった,やってみよう…
ハイデン「おおっ!
G「一つ頼みがある.カブールの陸軍司令部に連絡して,特別機が着陸 する間,数機のヘリで低空の哨戒飛行をさせろ…
ハイデン「それは…」(腑に落ちない顔をして,思わず背後を振り向くと, Gはいなくなっている)




Part7 道具の製作依頼

――四十二時間後,米国・カリフォルニア州パロアルト

 夜,明かりが灯った平屋建てアパート.中央の一室のドアに「U−chi’s Lab.」 の看板が掛っている.黒縁眼鏡の小柄な中華系米国 人が,スキーのゴーグルのようなものを磨いている.眼の下には隈があ り,徹夜で仕事をしていた様子が分かる.ドアチャイムが鳴り,東洋系 の女性が応対し,Gが部屋に入ってくる.

アミィ「ユーチ社長,お客さんよ
ユーチ「アミィ,済まないが席を外してくれないか.大切な商談なんだ
アミィ「それじゃ,角のスーパーまで買い物に行ってくるわね.卵と牛 乳を買わなきゃ
ユーチ「気を付けてな
アミィ「行ってきます

 アミィが出かけて行くのを見送り,ドアを閉めて,Gに向き直るユー チ.

ユーチ「久しぶりな上に,急ぎの注文なんで焦ったよ.これが専用のゴ ーグルで,これが操作ユニット」(半透明のゴーグルを渡し,コードの差 し込み口を指し示しながら,ノートPCほどの大きさの箱とコードをG に渡す)
G「
ユーチ「本体を見たい方向に立てて,この蓋を開くとカメラのレンズが 露出して,信号用の赤外線を捉えられるんだ」(立てた箱の上方のレンズ キャップを手で外す)「ゴーグルの位置情報も同時に捉えるから,必ず自 分の後方に置くこと
G「うむ…
ユーチ「何せ時間がなかったから,赤外線の検出波長を変更したり,ゴ ーグルの視力を調整したりはできないんだ.また,防水にも防塵にもな っていないから,とりあえずテープで防護したけど,耐久性がないから 注意してほしい
G「
ユーチ「もう一つの装置は,これだよ」(筒状の装置をGに渡す.筒の一 端が黒いプラスチック部品で覆われていて,そこを指さしながら)「側面 のボタンを押すと,ここから赤外線が出る.出力を極限まで高めたから, バッテリー持続時間は二〜三分ほどだよ
G「世話になったな…

 札束を幾つか机に置き,部屋を出て行くG.あっけに取られた表情で Gを見送ると,安堵の表情で椅子にもたれかかり眠りに付くユーチ.




Part8 暗殺阻止!

――特別機到着三十分前,アフガニスタン・カブール,米国陸軍基地

 建物の屋上で,陸軍の砂漠戦用の迷彩服を着て,装置をセットするG. やや離れたところでブリンCIA特別調査官が,迷彩服で衛星電話にし がみついている.周囲には戦闘ヘリが何機も低空で哨戒を続けている. Gのアーマライト狙撃銃の銃身の下部には,ユーチから渡された筒状の 装置がテープで固定されている.

ブリン(電話を切り,Gの方を向き大きな声で)「トウゴウ特務少尉.思 った通りだ.虫の移動速度はそれほど速くない.ただし,虫のプラスチ ックの外装を付け替えればどんな色にでもできるから,砂の色にされた ら,砂塵まみれの建物の外壁に取り付いていても,離れた場所からじゃ まず分からない
G「うむ… 赤外線信号の波長は?
ブリン「近赤外線で1・25μm【マイクロメートル】だ
G(装置の調整を確認して,ゴーグルを装着し,ブリンを見据えて)「こ こからは俺の仕事だ,今は,邪魔をしないでくれ…
ブリン(食い下がろうとするが,Gの有無をも言わせぬ態度にひるみ) 「わ,わかったよ…」(しぶしぶ,建物の屋上から立ち去るブリン)

 Gの回想.陸軍の兵舎でブリンから,講義を受けている.

ブリン「このマイクロ・マシンの虫【バグ】には,超小型のバッテリー とマイクロ・プロセッサ,通信用の赤外線ポート,歩行用の形状記憶合 金の足が付いている.今分かっているところでは,用途によって三種類 の虫がいて,他の虫をひきずって運んだり信号を中継する運び虫【キャ リア】,赤外線の小型カメラ搭載で位置情報と画像を測定するメガネ虫 【ロケーター】,回路基板に取り付いて酸で基板の一部を溶かしてバイパ ス回路になる噛み付き虫【バイター】.まだ他の種類もいるかもしれない
G「どの程度,量産が可能なのだ?
ブリン「韓国・日本・台湾・シンガポールを除けば,ほとんどの国では 作れないだろうね.米国でも作れるかも知れないが,もっと大きいもの になるだろう.量産は,設計が確立すれば,一日に何千匹でも作れるさ. それよりも最大の問題は…
G「
ブリン「どうやって虫の群れをコントロールするか,ということなんだ. 目標付近に虫を放して,あとは勝手に動いて散らばる.運び虫が他の虫 をかついで通信の中継網を作り,メガネ虫が赤外線信号のパタンと角度 を読み取って,三角測量の原理で互いの位置を測る.そうなってから, 噛み付き虫を手動操作で操って目標の電子装置にもぐり込ませて,メガ ネ虫の助けを借りて,LSI基盤の足にしがみつく,という訳だ.この 一連の操作をほぼ自動的にこなせないと,収拾が付かなくなってしまう
G「
ブリン「恐らく,こいつを設計した奴は,いろいろな会社に部品を発注 して,組み立てたんだろう.ただ,プログラムはすべて自分で作成して いるに違いない
G「なぜ,そう考えるんだ
ブリン「虫のマイクロ・プロセッサは,そんなに新しいものじゃない. 何世代も前の16ビットマシンを超小型の論理回路に焼き直しているだ けだ.ソフトウエアやLSIの開発力がもっとあれば,ずっとスマート にできるから組織的な仕事じゃないと思う.それに,これだけのマイク ロ・マシーンの技術が少しでも漏れていれば,精密工学やMEMS【超 小型電子機械】の学会で話題にならない訳がない

 Gの回想終わり.

 上空を戦闘ヘリが通過する.Gは建物の屋上で腹這いになり,狙撃姿 勢を取る.ゴーグルのスイッチを入れると,Gの視野には赤外線信号の パターンが無数の輝点で表示される.Gが頭の向きを変えると,風景に 合わせて赤外線信号のパターンも動く.無数の小さな点は,数個の大き な点に徐々に絞られてくる.狙撃銃を構えて,大きな点に狙いを付け, 筒状の装置のボタンを押すG.ゴーグル内に,銃から発射した軌跡が直 線で表示され,大きな点を打ち抜く.次々と狙撃を繰り返し,大きな点 がほとんど消滅する.「バッテリー切れ」の表示がゴーグル内で点滅して いる.右手を狙撃銃の引き金に掛け替え,狙撃姿勢で待つG.滑走路は るか遠方から,特別機が近づいてくる.

 その時,Gのゴーグル内に,視野を横切る一本の線が表示された.線 の一端は,滑走路の周辺に配置されている移動式地対空ミサイル・パト リオットの,トレーラー部の付け根付近に達している.他の端は,陸軍 の兵舎の窓から出ている.ミサイルの制御装置付近に達する赤外線信号 の先端を,狙撃銃で撃ち抜くG.直ちに兵舎の窓に狙いを定め,顔を覗 かせた男の額を打ち抜くG.

 ズキューン,…,ズキューン.

 乾いた2発の銃声が,戦闘ヘリの音に混じって聞こえる.地上でヘル メットをかぶって待機していたブリンと2名の海兵隊員にも聞こえた.

ブリン「やったか?」(とファブリ,ボワヌを見る)

 すぐに,特別機の着陸音が聞こえてきて,レイス国務長官が無事に到 着したことが伝わる.

ブリン(独り言気味に)「待てよ,特務少尉は『今は,邪魔をするな』と 言っていたから,今から様子を伺いに行っても悪くないよな
ボワヌ「」(首を振って止めた方が良いという態度を示す)
ファブリ「あの特務少尉は危険です.恐らく戦闘のプロフェッショナル, それも超一流の…
ブリン「ちゃんと調べて報告しないと,二度と本国に帰れなくなるかも 知れないぞ.それでも良いのか?」(顔を見合わせるファブリとボワヌ)

 建物の屋上.ファブリが恐る恐る縁の蔭から顔を出す.既にGは屋上 にはおらず,ユーチの装置,ゴーグル・本体・赤外線発射筒,が残され ている.ゴーグルをかぶって,確認するブリン.周囲を警戒するファブ リとボワヌ.

ブリン(独り言)「これはVR【仮想現実感】ゴーグルだな… 本体のカ メラで捉えた赤外線信号の発光を,透過型のゴーグル上に表示して,風 景に重ねて映し出す.これだけでは,ありふれた技術だけど,赤外線信 号の回数に応じて強調【エンハンス】して表示するようだ. ははぁ, この赤外線レーザを銃身の下に付けていたけど,それで明るい点,つま り最も活発に信号を中継している虫を撃って,赤外線ポートを焼いたん だな

 ファブリが無線で連絡を取っている.ボワヌが兵舎の窓を指さしている.

ボワヌ「調査官殿,あれを…」(見ると,額を撃ち抜かれた男が横たわっ ている)
ファブリ「銃弾が,滑走路端のパトリオットの制御盤に撃ち込まれ,発 射不能になっているとの連絡でした」(指さして)「あのパトリオットで す
ブリン「そうか,特務少尉は信号を中継する虫をすべて潰してから,犯 人が直接信号を送信する瞬間を待っていたんだ
ファブリ「どうやって,発射地点と目標点を見つけられたんでしょう?
ブリン「砂塵だよ.ヘリを飛ばしていたのは,この細かい砂埃で赤外線 レーザの軌跡が見えるように,乱反射の幕を作っていたんだ!
ボワヌ,ファブリ「なるほど…




Part9 技術兵の一撃

――数週間後,米国・ワシントンDC,国防総省【ペンタゴン】・長官室

 報告書を読んでいるゴーツ国防長官.ソファに腰掛けて様子を伺うハ ミルトン准将.

ゴーツ「犯人は陸軍の技術兵,それも四十代のロートル二等兵だと!?
ハミルトン「直接の犯人は,このアントン・フレデリック二等兵という ことです.アルカイダの狙撃兵に撃たれて名誉の戦死を遂げたというこ とにして,ネブラスカ州の故郷に送り返しました.弟がいますが,軍人 ではありません
ゴーツ「電子危機の管理・運用に関わっていたということか? なぜ二 等兵なんだ?
ハミルトン「勤務態度は良好という訳ではなく,無断遅刻はしょっちゅ うで,兵舎に引き籠ることも多かったとのことです.しかし電子系の技 術【テクニック】は抜群で,マクドネル・ダグラスから派遣された技術 責任者の間違いを正すなど,武勇伝は数多いようです
ゴーツ「動機は何だ? イスラムに改宗したのか?
ハミルトン「宗教的な背景はないようです.イスラムだからと言って, 危険思想という訳でもありませんし…」(言葉を区切り)「推測に過ぎま せんが,現政権や軍の方針に不満を持っていたようで,何度も上官に愚 痴を述べていたようです.また入隊したての若い頃に,仲間から酷い虐 待に会っていたらしく,恨み言も口にしていたようです
ゴーツ「
ハミルトン「虫の製造法を調べていますが,フレデリック二等兵はPC 上のデータをすべて自動消去する設定にしていまして,地道に調べるし かありません
ゴーツ(窓の外を見て)「惜しいな…
ハミルトン(ゴーツの背中を見て)「は?
ゴーツ「あのマイクロ・マシーン技術を使いこなせれば,地上戦の様相 は一変するものを…




マイクロ・マシーン」完(2008年6月作品)



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