Vol.654 18.Oct.2013
I
式年遷宮を迎えた出雲大社へお出かけ
by fjk
今年の出雲大社は60年ごとの式年遷宮の年である。日本史にも興味があり、一生に一度あるかないかの機会なので、出雲に出かけてみることにした。最初はパンフレットでツアー旅行が無いか調べてみたところ、休日出発のコースはいずれも売り切れとなっていた。仕方が無いので、ネットを使って自分で旅行プランを作成し、旅行会社に切符と宿の手配をお願いした。一頃前なら、当然車で行くのだが、行程も長く長距離ドライブは堪えるのと、道路もたぶん混んでいると思われるので、JRを使うことにした(一畑電鉄にも乗りたいので・・)。最終のコースは以下の通り(当初計画に追加は斜字)、
【1日目】 富山駅−−<サンダーバード>−−京都駅−−<のぞみ>−−岡山駅−−<やくも>−−米子駅−−<無料シャトルバス>−−足立美術館−−<無料シャトルバス>−−安来駅−−<スーパーおき>−−松江駅−−<レイクラインバス>−−小泉八雲館−−(徒歩)−−松江城−−(徒歩)−−ホテル
【2日目】 ホテル−−(徒歩)−−松江しんじこ温泉駅−−<一畑電鉄>−−出雲大社前駅−−(徒歩)−−出雲大社−−(徒歩)−−出雲歴史博物館−−(徒歩)−−出雲大社前駅−−<一畑電鉄>−−電鉄出雲市駅−−(徒歩)−−JR出雲市駅−−<やくも>−−岡山駅−−<のぞみ>−−京都駅−−<サンダーバード>−−富山駅
【米子へ】 富山駅が新幹線工事中のため、ホームまで遠くなっており時間がかかりそうなので、早朝4時過ぎに自宅を出発し4:56発の”サンダーバード2号”に乗り、車内で持参した朝食を摂る。真っ暗な早朝にもかかわらず、3連休とあってサンダーバードの車内は結構混んでいて、金沢でほぼ満席となった。琵琶湖が見えるあたりから、天候は台風一過の雲一つ無い晴天である。京都には7:51の定刻に着き、8:06発の”のぞみ99号”に乗り換えて岡山に向かう。岡山(9:06着)では乗り換えに余裕がありここでティブレーク。行動時間を節約するため車内で昼食を摂る計画なので岡山で昼食弁当を購入。岡山駅からは伯備線の振り子列車で電車特急の”やくも7号”(10:05発)に乗る。7両編成のやくもは自由席が2両しか無く自由席の乗り場にはたくさんの人が並んでいた。伯備線は単線で特急列車も途中で停車し交換をしなければならない。また、列車も混んでいるので乗降に時間がかかり、列車が定刻よりも遅れることになった。途中の車窓から大山が見えたが、頂上付近には雲がかかっており、写真撮影はあきらめた。
【足立美術館】 米子には12:12の定刻より2分遅れで着いた。事前に調べておいた足立美術館行きの無料シャトルバスに乗るために、急いで乗り場に向かう。写真で見ていたバスが駅前に止まっているが、生け垣の向こうに止まっており、どうやってバスまで行くのか少し道に迷った。バスは空いており座ることができた。近くの米子空港からのバスの乗客を待ってから、定刻の12:25に出発した。足立美術館までは約30分のドライブである。途中、安来駅に立ち寄ったが、多くの客が待っており、乗れない人がいた(次のバスは15分後)。米子で乗って正解である。バスの運転手から「帰りのバスが混むので整理券をすぐい確保しておくように」とアドバイスされ、14:05発の安来駅行きのバスを予約した。足立美術館は日本一の庭園があるといわれ、横山大観の作品も多く展示されている(入館料は2200円)。美術館では運良くロッカーが開いており、荷物を預けることができた。足立美術館では展示品の写真撮影はNGだが、庭園の撮影はOKである。天候もよく庭園の色は綺麗で思わずたくさんお写真を撮った。庭園をゆっくり回っていたためか時間が無くなり、横山大観などの展示物はゆっくり見ることができず、さわりを見るだけとなった。出口の土産物屋で庭園の写真集を買って土産とした。安来駅行きのシャトルバスは定刻に出発し、安来駅に14:25頃についた。予定では14:58のアクアライナーで松江に向かう予定であったが、14:50の”特急スーパーおき”(2両編成)に乗れることがわかり、自由席特急券を購入し、松江に向かう。
【松江】 予定よりも一つ早い列車に乗ることができ、松江には2分遅れて15:05分に着いた。市内の観光には”レイクラインバス”(200円均一)が便利と聞いていたので、7番バス乗り場に向かう。特急に乗ったおかげで、一つ前のバスに乗ることができた(20分間隔で運行)。時間に少し余裕があるので、松江城へ直行する当初の予定を変更して、小泉八雲館までバスで行くことにした。レクラインバスは内装が木目のレトロ調バスで、案内は英語・中国語・韓国語でも表示され、松江は国際観光都市である。一つ手前の塩見縄手で降りて武家屋敷を見ながら堀川端を小泉八雲館まで歩くのがお決まりのコースらしいが、松江城の見学が5時までとなっているので小泉八雲館前でバスを降りた。小泉八雲館では、松江城と小泉八雲旧邸の3箇所を見学できる割引入場券を勧められ購入した。レイクラインバスの1日券を買うとさらに割引が適応されるのだが、今回は1日券を買わなかった。
小泉八雲旧家は、八雲が松江での1年3カ月間在住のうち、1891(明治24)年から5ヶ月間セツ夫人と暮らした家で、八雲が好んで眺めた庭園がそのまま残されている。こじんまりとした館であるが三方の庭園はすばらしい。隣にある小泉八雲記念館は八雲の教え子や松江出身の岸清一博士らの尽力で、1933年に建設され、約200点のハーンの遺愛品が展示公開されている。原稿や遺品がたくさん収納され、本人が使用してた天板が高い机もある。これは八雲は視力が弱かったためだといわれている。八雲とはゆかりの無い富山にはヘルン文庫があり、展示物を見ながら不思議な巡り合わせがあるものだと思った。
【松江城】 小泉八雲館から堀端を歩き松江城に向かう。堀には多数の堀川めぐりの遊覧船が行き交う。遊覧船を見下ろしながら、堀にかかる橋を渡って城内に入る。この付近は城の裏門になり、アップダウンのある城内の道をしばらく歩き、正門に出る。入り口でセットで購入済みの入場券を渡す(通常の入場券は550円)。ここから見上げる天守閣は全体を見ることができ、思わず写真を撮る。天守閣の入り口で靴を脱ぎ、中に入る。天守閣の中は昔のままで、暗くて狭い空間だが、多くの展示物が飾られている。3層構造の天守閣を急な階段を使って最上階に登る。ここからの見晴らしは悪くは無いが、写真を撮るには安全のための金網が気になる。
城の見学後、場内を歩いていると松江歴史館の看板が出ていたので、ちょっと寄って見ることにした。しかし、松江歴史館に着くと誰もいない。入り口の看板を見ると、見学は17時までとなっており、入り口は閉まっていた。仕方が無いので再び堀端を更に歩いていると、堀端に流し灯籠が沢山おいてある。さらに「夜間遊覧案内」の看板があり、照明をセットしているスタッフもいる。夜の遊覧船観光も良いのだが、明日の行動を考えると、今回はパスとした。
【松江市内】 松江城から宿泊予定のホテル(東本町のホテルルートイン松江)までは、地図で見るとそう遠く無いようなので、歩いて行くことにした。島根県庁などを見ながらしばらく歩くと、昔風の狭い道の商店街に出た(ホテルはこの先)。通りには観光客もちらほらと見受けられる。末次本町のメノウの店”川島”が目に入り立ち寄るが、見るだけで何も買わなかった。カラコロ広場付近には数人の観光客がいるだけで賑わっていなかった。ホテルには6時前のまだ明るいうちに着いた。
夕食は観光マップを参考に宿から歩いて5分のところにある文人がよく利用した皆見館に決めた。予約が無く飛び込みであったが快く入館でき、この店名物の皆見家伝「鯛めし」をおいしく頂けた。皆見館は庭園がすばらしいと聞いていたが、案内された席からは庭園を見ることができなかった。ホテルへの帰りは橋や湖畔を散歩しながら夜景を堪能。この付近は飲食店やスナックがあるなど、先ほどより人出も多く夜は賑わっていた。連休で温泉旅館の予約が取れずビジネスホテルに宿泊することになったが、市内の便利なところにあり、安価で結果的には正解であった。
朝食はホテルのバイキングでいただいた。前日は宍道湖のシジミ料理を食べれなかったが、シジミご飯と味噌汁があり、希望のものにありつくことができた。
【一畑電鉄】 ホテルは8時にチェックアウトし、しんじ湖温泉駅までは歩いて行くことにした。途中で昨晩は暗くてよく解らなかったがカラコロ広場に寄ってみると、ベンチやテーブルなどが並べられ、いろんなイベントができそうである。メノウの川島の看板も見える。川沿いに更に歩きしんじ湖畔に出て、湖畔を写真を撮りながらゆっくりと散歩した。しんじ湖温泉駅に着くと「電車がまもなく出発するので早く乗るよう」にいわれる。9:20分発の急行に乗る予定であったが、列車の追い越しは無いといわれ、慌てて予定よりも一つ前の8:33分発の電車に飛び乗る。一畑電鉄はしばらくのあいだ宍道湖の湖畔を走り、遠くの山はかすんでよく見えないが景色はすばらしく、映画Railwaysの舞台となったところである(旅行に先立ちDVDを見た)。一畑薬師(標高200mの一畑山上にある霊験あらたかな目のお薬師さま)の入口となる一畑口駅で電車の進行方向が反対となる。乗っていた電車は出雲市駅行きなので川跡駅で乗り換えなければならない。川跡駅で3編成の電車が並んでいる景色は鉄道ファンにはたまらない景色である。出雲大社行きの電車は連休のためか満員であった。一本速い電車に乗ったので予定よりも31分早く9:34分に出雲大社前駅に着くことができた。混んでいるのでゆっくりと電車を降りようと思っていたら、女房が早く早くとせき立てる。ロッカーがあるなら荷物を預けようというのである。それならばと急いで電車を降りて、人混みでごった返す駅の中を見渡すと、右手の奥に小さなロッカールームを見つけ、荷物を預けることができた。すぐに他のロッカーも使用済みとなり、良い判断であった(参道へ続く道の途中には荷物預かり所もある)。
【出雲大社】 駅舎を出るとそこはすでに参道へ続く道となっている。参拝者が多く、歩道をはみ出して歩いている。ただ、朝早いので土産物屋はほとんど開いていない。
今年は式年遷宮の年なので混んでいるとは思っていたが、やはり、禊社へから大社の参道入り口である勢溜まで長蛇の列となっていた。混んでいるので列には並ばず、勢溜の横に立てられた石碑の前で写真を撮ってもらい、禊社を遠くからお参りし、参道を奥に進む。松の参道、ムスビの御神像と進み、水舎で手を清め、御慈愛の御神像、神馬神牛とお参りし、拝殿に向かう。拝殿は御神殿が改築中には御本尊が安置されていたが、今は遷宮が終わり御本尊は本殿に移されているとのこと。しかし、混んでいてお参りまでに10分以上を要した。八足門は本殿の正門でここでもお参りに10分近くを要した。お祓いを申し出れば八足門から中に入って御本殿でお参りすることができるが、時間に余裕が無いので今回は中には入らなかった。本殿の左右には出雲に集まった神々が宿泊する東十九社と西十九社がある。本殿の回りを塀に沿ってぐるっと回っていると、本殿の西側で沢山の人が並ぶ列がある。出雲大社の主神である大国主命は西向きに鎮座されており、大国主命に正対するところに祭壇がもうけられており、そこでお参りをする人の列である。
一通りお参りが済んだので、本旅行の主目的である”縁結び”のお守り(我が家の独身貴族のために)を入手することにした(お守りはお参り後に買うこと)。八足門の横に作られたお守り承り所でも長蛇の列である。混み合っていたが何とか入手することができた。最後は本殿の隣にある神楽殿にお参りし、すべてのお参りを済ませた。
昼食は出雲そばと決めていたところ、神楽殿前に出雲そばの旗が立っており、混ではいたが、しばらく並んで出雲そばを食べることができた。
【古代出雲歴史館】 当初はこれで帰路につく予定だったが、出雲への到着時間が早かったので、少し時間に余裕ができ、古代出雲歴史館にも立ち寄って見ることにした。古代出雲歴史館は出雲大社の東隣に隣接しており、歩いて行くことができる。国宝の銅剣や銅鐸、出雲大社境内から出土した宇豆柱などが展示されている。ゆっくり見るとここだけでもかなりの時間がかかりそうなので、ほとんど止まらずに見学。出口の売店で石見銀山にちなんで銀の指輪を購入し女房にプレゼント。
【出雲市へ】 出雲大社前駅は駅舎としても古く趣がある(旧JR出雲大社駅も有名)。駅には日本で最古級電車であるデハニ50形・52号車(Railwaysで走行)が展示されていて、運転席にも入ることができる。天気が良く暑いので駅舎の中にある喫茶店でソフトクリームをいただく。駅にはしんじ湖温泉行きの電車が出発を待っており、また川跡で乗り換えることになる。出雲大社駅から電車は混んでいるが、川跡からは更に混み合い(子供連れの客も多い)、ドアがやっと閉まる状態である。
電車は混んだまま出雲市駅についた(降りるのも大変)。駅前はちょうどお祭りで屋台が並んでおり、神輿も出ていて混み合っていた(電車の混雑はこのお祭りのせいもあったのかな)。
出雲のみやげは彩雲堂の「若草」(松江藩七代藩主・松平不昧公の御歌に由来して命名された、松江の代表的な銘菓)と決めていたが、荷物になるからと松江では購入しなかった。出雲大社でと思っていたが見つけられなかったところ、出雲市駅の売店で売っており、やっと若草をGet。
【富山へ】 出雲市駅発の”やくも22号”は定刻の14:30分に出発した。しかし、山陰線は単線のため遅れている列車の行き違いの待ち合わせを行うなど米子で5分ほど遅れることになった。岡山での新幹線乗り換えには11分しか無く、新幹線に乗れるかどうか不安なところである。その後伯備線で少し遅れを取り戻し2分遅れの17:40に岡山に着き、17:49分発の”のぞみ48号”に乗ることができた。京都には18:51分に付き、ここで弁当を買う予定であったが、北陸行きの0番ホームで弁当はほとんど売り切れとなっていて、最後に残っていた3個のうち2つを何とか購入できた。弁当を手に19:09発の”サンダーバード39号”に飛び乗る。列車に乗ると早めに弁当をいただき、疲れた体を休めるために仮眠する。富山には22:00に到着し、自宅には22:30頃に着いた。強行軍の2日間であったが、ほぼ予定通りで満足が得られた旅行であった。