富山縣西砺波郡正得村七社   大谷元様   軍事郵便 検閲済
           関東州大連 満州第四六三五部隊 大谷辰男

母さんがどうも向ひは兄んさんが百姓をして居られぬことだけが不満だと言って居られた
それが何故か今日漸くわかりました 

その方は家には二親共健在で応召前は兄んさんは役場につとめあとを奥さんが二親相手に田甫を作っていたのださうです
まだ頭が病い 足がふらつく やっとこ階段を登って入って行くと先に帰った御大(オンタイシャウ)酒臭いいきを吐きつゝ「うゝんいやだ帰るもんか 俺は現地満期をやるのだ 司令官殿にお願ひしときや大丈夫だらう 満鉄へ入るかどうかすれば何とかやれぬことがあるものか かへらぬよあんなやつの顔みたくもない」 
「駄目だよ、駄目だってことよ 俺あ絶対反対だよ それはあんたの曲解だ いゝかい誤解と言ふものだよ 大体あんたは外へ出て働くべきものか或は家のあとを立てべきものか、それを考へなけれあならぬ」 
「そゝんなこと・・・・・」 
「まあまて男が女にこだわって道をふみまちがへてどうするんだ 親に相談しなさい いゝかいそれあこゝにいる間は司令官殿を親としているが家に帰ればあんたを生んで呉れた親が居る それに相談しなさい あんたの帰るのを夢に見指折りかぞえている親に相談しないで勝手なことをしてどうするんだ」 
「それあ親父は反対するよ 俺が下士志願しようとしたときも反対したし、親はまあそのそうだが俺あ大体気に食はぬのだ 俺が一日の仕事をしもて帰って来るやろ 奴はその時分やっと田甫から上がって泥だらけの格恰でもんぺをまくしあげて菜葉なんか洗ってやがる そして帰ったかとも言はぬ あたり前だこちらはなほくたぶれているんだといふ様子をしとる」 
「それああんたそれくらひ理解してやらぬことにや女手で田甫を・・・・・・」

まあ右の次第でね 然し俺の思ふにはこんな感情の行き違はお互の心持一つと思ひますが 先は老婆心を以て                                      さよなら
                                               辰男より

  皆様へ

 

*実際の文章には、句読点や段落がない。括弧は付いていた。
できるだけ、多くの字を書くためと思われる。
*封筒裏に「今夜」と、万年筆で書いてある(大谷元によって)。

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