参議院選挙が終わりましたが、議員の数で政策が決まってしまうのであれば、衆議院で決まったことを参議院で審議する必要が無く、参議院は不要と言える。そもそも、審議前に結論が決まっているのであれば、衆議院の審議も不要と言える。丁寧な政策説明会のみを行えば良い。与野党とも自己満足の単なるパフォーマンスを行っているに過ぎない(趣旨が噛み合わない「質疑応答」、「強行採決」、「反対のための反対」・・等々)
参議院は「良識の府」と呼ばれ、「多様な民意を反映し、衆議院の活動をチェックする」ことが役目であったが、もはやその存在意義は失われている。
英国議会のように、少なくとも参議院では党議拘束は実施すべきでは無い。それでも、選挙時に支援や公認を受けた場合は、所属政党に従わざるを得ないだろうが・・。
「民意の集約、政権の選択」と言われる衆議院と異なり、参議院を本来の役目に戻すには、
誰が作ったか判らない政権公約を読むより、街頭演説は候補者本人の生の声を聞けるので良いと思うが、全ての人が生の声を聞くことが出来ないので、テレビなどで候補者同士の討論会を放送することで、候補者の人物像を確認し、投票することが出来る。自身のポリシーや質問に自分の言葉でまともに答えられない人は議員失格者といえる。名前の連呼も必要なく、選挙費用も少なくてすむ。
一票の格差があるので不平等で違憲というが、居住する地域(まとまったコミュニティ)によって、その地域の代弁者がいなくなることは、平等とは言えないのではないでしょうか? 「票の有する価値の差」よりも「地域の意見が国政に届かない」ことの方がもっと不平等であると思います。特に参議院では国民の数の代表ではなく、地域や組織の代表を選ぶべきで、個人の一票の格差ではなく地域格差をなくす平等とすべきである。でなければ、人口が集中する都会だけが発展し地方が疲弊する。
参議院は衆議院議員になれない人のための第2衆議院と呼ばれないようになって欲しい。そして、是非とも、議会改革に取り組んでもらいたいものである。