2003.10.29(水)
「2003年世界網膜の日in大阪」報告
「人工眼」実現化間近の予感に酔う400人
大阪支部事務局 山本 進
400人の聴衆で埋まった会場は、「人工網膜」実現間近の予感に酔っていた。
人工網膜開発国家プロジェクトの現状と将来の展望に関する講演が終わるや否や、万来の拍手が起こった。
その大きさは患者・家族の治療法の確立へ向けた期待の大きさの現れでもあった。
今年から「世界網膜の日」は支部持ち回りで行なわれることになり、第一弾として「2003
世界網膜の日 in 大阪」が10月5日(日)10時から16時に、大阪のど真ん中、中央区本町の「相愛学園講堂」で開催された。
充実したイベント内容と各方面への幅広いPRに支えられ、良好な交通アクセスと天候にも恵まれて、会場は患者・家族や医療従事者等で大盛況となった。
プログラムは午前の部……開会宣言・あいさつに続き、函館視力障害センター生活指援員の山田信也先生による「ロービジョンケア・保有能力の有効な活用方法」と題する講演。
午後の部……主催者あいさつ。大阪府、大阪市、大阪府眼科医会等の来賓あいさつ。安達惠美子先生の研究助成講評。
研究助成授賞式と課題研究講演[東北大学 和田裕子(わだゆうこ)氏、秋田大学 亀谷修平(かめやしゅうへい)氏が受賞]。
会員の塚田まゆみさんによるピアノ演奏と会員サークル「ラララ」による感動の詩(うた)「ねがい」[前川喜美恵・作詞、前川裕美(まえかわゆみ)・作曲]発表。
そして、トリは冒頭でご紹介した大阪大学大学院医学系研究科教授 不二門 尚(ふじかど たかし)先生による「実現間近の予感〜人工視覚の開発の現状とその展望〜」と題する講演(併行して、山田先生による拡大読書機の使い方教室もあり)。
内容は非常に盛り沢山であったが、参加者は貴重な講演内容を一言一句聴き漏らすまいと熱心に耳を傾け、その幕間のコンサートでは、すばらしい演奏と美しい歌声にリラックスしながらも感動に酔いしれていた。
「世界網膜の日in大阪」の様子(写真)
“実現間近の予感”〜人工網膜の開発の現状とその展望〜
不二門 尚(大阪大学大学院医学系研究科
教授)
●はじめに
人工網膜の研究は、アメリカおよびドイツで先行して研究が行なわれ、わが国では厚生労働省と経済産業省の合同プロジェクトとして2001年からスタートしました。
大阪大学眼科の田野保雄(たの やすお)教授をプロジェクトリーダーとして、医学サイドでは大阪大学からは、私と、生理学の福田淳(ゆたか)教授が、名古屋大学眼科から三宅養三(ようぞう)教授、杏林(きょうりん)大学眼科から平形先生が参加しています。
工学サイドでは、大阪大学八木哲也教授、奈良先端科学技術大学院の大田淳(じゅん)先生、そして(株)NIDEK(ニデック)の八木透(とおる)所長のグループが参加しております。
目標は、5年で(2006年に)目の前で指の数が分かる視力:指数弁の分解能を持つ人工視覚を、動物実験で実現することです。
●人工網膜の適応
網膜は、ご存知のように神経細胞が3層の構造をとっています。視細胞層が障害される病気は、網膜色素変性症や自己免疫網膜症などです。
これらの病気では、網膜の内層の双極細胞や、神経節細胞は多くの場合保たれています。
視細胞が失われているが、内層が残った状態であれば、網膜レベルの治療で視覚回復の可能性があります。
われわれが研究している人工網膜は、人工臓器ですので、安全性に関しては予想できることがほとんどで、臨床で役に立つようになるのは、再生医療よりはもう少し早いと思われます。
実際、人工感覚器の先輩である人工内耳は、すでに健康保険が適応されています。
網膜の神経細胞が全ての層で障害を受けてしまっている、糖尿病網膜症や、視神経が障害されている緑内障末期などの場合は、人工網膜では視覚回復は困難です。
これらの場合は電極を直接大脳の視覚領に埋め込む方式が必要になります。
Dobell(ドーベル)研究所では、この方式で全盲の患者に対して電極を埋め込み、人工視覚を得たことを報告しています。
もう一つ、人工網膜の適応に関して考慮すべき点は、分解能に関してです。
人工網膜の電極数は、現在の方式では3mmの正方形に40×40程度配置することが可能と考えられています。
網膜上では、電極間隔は0.07mmとなり、分解能は、視角約0.3°、視力は0.05程度となる。
この程度の視力でもパターン認識が十分できることが、シミュレーションで示されています。
また、3mm角の電極アレイで得られる人工視覚の視野角は、10°程度です。
従って、加齢黄斑変性のように、周辺網膜が障害されないで残っている場合は、0.05程度の視力は周辺網膜で得られるので、適応にはなりません。
将来的に、密度の高い電極の作成が可能になれば、中心視力が低下した場合にも適応が拡大されると思います。
一方重症の網膜色素変性では、周辺視野および中心視野がともに障害されるので、適応となります。
このような重症型網膜色素変性患者さんの割合を、大阪大学眼科の遺伝性眼疾患専門外来を受診した網膜色素変性患者171例342眼で検討すると、両眼とも0.01以下が171例中29例(17.0%)、手動弁以下が19例(11.1%)でした。
したがって、網膜色素変性症例のかなりの部分が人工視覚システムによって恩恵を受ける可能性があります。
●人工網膜の適応に関するスクリーニング方法
視力低下した網膜色素変性の患者さんが、人工網膜により人工視覚を得ることができるかをスクリーニングする方法は、角膜の上にコンタクトレンズ型の電極を置き、ここに弱い電流を流すと人工的な視覚(phosphene(プロファイン))を感じることを応用したものです。
2相性のパルス電流を流すことにより、きわめて安全に電気刺激を行ない、網膜色素変性の患者さんにボランティアになっていただき、人工的な視覚を得ることができるか否かを判定しています。
視細胞が変性しても、網膜内層の神経細胞が残存していれば、コンタクトレンズからの電流刺激で、人工視覚を得ることができるわけです。
視力が指数弁以下に低下した、網膜色素変性あるいは自己免疫網膜症の患者さんに対してこの検査を行なったところ、ほとんどの患者さんで、光に対する反応が失われた中心視野で人工的な光の感覚を証明することができました。
このことは、視力低下した網膜色素変性の患者さんのほとんどで、網膜内層の神経が残存していることを示しています。
またその残存部位を同定することは、将来的に人工網膜の電極を置く位置を決めるうえで役に立ちます。
●人工網膜の方式
人工網膜には網膜下刺激電極によるものと網膜上刺激電極によるものの2方式があり、アメリカおよびドイツのグループが精力的に研究を行なっています。
日本グループとしては、アメリカおよびドイツの先行研究に対してどのように独自性を出して取り組んでいくかということが問題となります。
そこでわれわれは、経済産業省(NEDO(ネド))の中間評価を期に短期的目標と中期的目標に分けることにしました。
短期的目標は、分解能(視力)はあまりよくないが、早期に実現が可能な、われわれが独自に開発した方式、脈絡膜上−経網膜刺激方式を実用化することです。
中期的目標では、当初考えていたように、網膜上あるいは網膜下電極で独自に分解能が高いものを作成することを目指します。
短期目標を達成する過程で、中期目標も具体的なものになると考えています。
●脈絡膜上−経網膜刺激方式
われわれが独自に考案した脈絡膜上−経網膜刺激方式は網膜上方式、網膜下方式と異なり、網膜に直接電極は接触しない方式です。
具体的には網膜の下には脈絡膜という血液が流れている組織がありますが、さらにその外側にある脈絡膜上腔(クウ)に刺激電極を置き、参照電極を硝子体内に置くことにより、網膜を貫く形で電流が流れることが特色となっています。
電極と網膜の距離は他の方式と比較して遠いですが、効率よく刺激できるため、比較的低い電流値で2点弁別(べんべつ)が可能な刺激ができることが売りになっています。
われわれの方式は、網膜に電極が接触しないため、安全です。
また手術手技も、眼内の操作がいらないため、比較的容易です。
●動物実験の結果
1年目には、本方式で網膜色素変性症のモデル動物であるRCS(アールシーエス)ラットに対して、電気刺激を行ない、ラットの近く中枢である上丘で誘発電位を記録することに成功しました。
しかも刺激場所を変えると誘発電位が記録される部位も変わることから、本方式で、2点弁別ができることが示されました。
2年目には、兎に、本方式による多点電極を設置して刺激を行い、低い電流量で視覚誘発電位が得られることが示されました。
3年目にあたる本年は、ネコに対して本方式による多点電極を設置して刺激を行い、2点弁別ができるかどうかを実験中です。
また兎に慢性的に電極を埋め込み、長期的に安定して有効な刺激ができるかをチェックしているところです。
●網膜神経保護
網膜刺激電極が、網膜にどのような影響を与えるかという研究も行いました。
視神経を切断したラットのモデルで、網膜を電気刺激すると、網膜神経節細胞の細胞死が抑制されるという事実を発見しました。
このことは、人工網膜で適切な条件で電気刺激を行なうと、網膜の神経節細胞の神経保護効果があるということを示しています。
さらに米国のChowらの研究からは、網膜に対して弱い電気刺激を行なうと、視細胞に対しても神経保護・賦活効果があることが示唆されます。
従って、人工網膜はひょっとすると、まだ完全に視細胞が消失していない段階から埋め込み手術を行なうと、視細胞および神経節細胞が賦活される可能性もあります。
もっともこれは、十分基礎研究を重ねてから臨床応用されるべきことだと思われます。
●今後の展望
人工内耳では、少ない電極数で大阪弁まで聞き分けられます。
つまり、音の強さなど微妙な情報をつかんで言葉を学習していくことができるということです。
人工網膜の電極数は、短期目標では6×6=36極くらいで少ないですが、人工内耳の経験、および視覚中枢における情報処理能力を考えると、物の形を識別することが可能になると思われます。
また中期目標で32×32=1024極程度の人工網膜が実現できれば大きな文字の認識が可能になるかも知れません。
今年は阪神タイガースが優勝しましたが、甲子園での成績がよかったのは、大観衆の声援が大きな力になったからだと思います。
われわれの研究も、患者の皆さまの前向きな姿勢に大変元気づけられます。
今後ともよろしくお願いします。最後に、来年(2004年)2月1日(日)に、東京国際フォーラムで、日本眼科手術学会終了後の午後に、人工網膜に関する市民公開講座を開催します。
オーガナイザー大阪大学田野保雄教授、演者は、名古屋大学三宅養三教授、(株)NIDEK視覚研究所八木透所長、私です。
ご参加いただければ幸いです。