A.D. 3001
 
 

     aspect  5
 

          ユウリの視線をなんとか受け止めたものの、ドモンは再び、顔をそむけた。
      「その・・・。ユウリ、悪かったよ。俺、あんな言い方するつもりじゃ・・・」
       うって変わって小さな声だ。ユウリはすぐには応えなかったが、ついに、
      「ドモンが悪いんじゃないのよ。きっと、私が・・・。気持ちを見透かされた気が
      して、かえってあなたにひどいことを言ってしまったわ」
      と言った。
      「?」
       ユウリは、真意をつかめていないドモンたちに背を向け、ロビーの壁に大きく掛
      かっている風景画の複製に歩み寄った。そして、絵の右下に記されている画家のサ
      イン、K・Tのイニシアルを指でなぞる。
      「私・・・少しも後悔していないの。自分で選んだ道を。保護局上層部に、不祥事
      もみ消しの口止めとして盾に取られたのは納得しきれないけど、21世紀を守れた
      ことには満足してる。だから・・・それだからこそ思うのよ。家族を亡くしたのも、
      自分で選んだことなんじゃないかって」
       ドモン、アヤセ、タックは、考えてもみなかったユウリの気持ちに驚きの色を見
      せた。
       ユウリはさらに想いを打ち明ける。
      「確かに、リュウヤ隊長から父さんたちが生きていると聞かされた時、私は迷った
      わ。でも、思い浮かぶのは竜也のことばかりだった。私の行動ひとつで死ななかっ
      たかもしれない家族が、あの時、いたのに。結局、私の家族を殺したのは・・・大
      人になれるはずの妹の時間を止めてしまったのは、私自身だったのよ。なのに、私
      は今も生き続けている・・・。家族を失ったことがちっぽけな出来事だったかのよ
      うに、平気で生き続けているのよ」
       冷静に語りつつも、ユウリの後姿はうなだれている。
      「ユウリ・・・」
       ドモンは、ユウリの肩に触れようと手を上げたが、彼女のそばには一歩も近付く
      ことはできず、助けを求めてアヤセを見た。アヤセは、あきれ顔で笑みをつくり、
      ため息をつくように言う。
      「ばかだな、ユウリ。おまえ、そんなふうに考えること自体、ちっぽけな出来事だ
      とは思ってないんじゃないか」
       ユウリは顔を上げ、ゆっくりと振り向いた。アヤセは軽く腕組みをし、ユウリに
      二、三歩近付く。
      「ユウリ、俺はおまえが、家族を亡くした悲しみをとっくに乗り越えたと思ってい
      たぜ。いや、乗り越えていても、悲しみってやつは消えてなくなるわけじゃないん
      だな。耐え切れずに自分の死を選んだ奴より軽いわけでもない」
      「・・・」
      「だったら、素直に悲しめよ。それでも選んだ道を後悔していることにはならない
      さ。平気なふりして、選択次第で家族が死なずに済んだと自分を責めるより、ずっ
      とましだ」
       ユウリはアヤセを見つめていたが、ふっと口元を緩ませ、
      「平気なふり、なんて、あなたに言われたくないわね」
      と、その場の雰囲気をかき消すように軽く言った。
      「私はただ、そう思う時もあるって言いたかっただけよ。だいたい、私たちを利用
      していたリュウヤ隊長の言葉を信じ込んでいるわけじゃないもの。・・・シオンの
      ことで迷いがあったのは確かだけど、あなたたちの言うとおりだわ。そう、このま
      まにしておくわけにはいかないわね」
       ユウリが認めたことで、三人の意見は同じ場所に行き着いた。タックは、羽を二
      度、大きく動かし、
      「僕も気持ちは同じだ。千年前の記憶だって、消されたままにしておけるものか。
      だが、いいか、みんな。シオンの意思表示として地球外生命体管理局に届けが出さ
      れている以上、研究所から無理に連れ出せば、君たちが誘拐罪に問われかねないぞ」
      と、三人が安易な方法をとらないようにと念を押す。
      「な〜にが、ゆーかい罪だよ。その届け出だって、本物かどうかわかったもんじゃ
      ねえだろうが」
      「そうね。まずは、その真偽を確かめてみるべきだわ。だからドモン、ヘタに動か
      ないでよ」
      「うっ・・・あ、ああ」
       ドモンは、なぜ自分だけが釘を刺されるのか不満はあったが、捜査官として経験
      豊富なユウリに考えを見透かされたような気もして、その場は素直に返事をした。
      ユウリは、アヤセとタックにも確認をとるように目を合わせ、軽くうなずき合う。
      そして、
      「じゃあ、私、もう緊急呼び出しに備えての待機時間に入ってるの。とりあえず家
      に戻るけど、また連絡するわ」
      と、言い残し、夜間通用口に向かった。
       ユウリの後姿をじっと見送っていたドモンは、視線をそのままに、つぶやくよう
      にアヤセに話しかける。
      「すっかり、元のユウリだな。・・・でもよ、驚いたよな、ユウリがあんなふうに
      考えてたなんてよ」
      「ああ。だが、それを俺たちに明かしたってことのほうが驚きだぜ」
      「・・・そうだな」
 
 

       夜がさらに深みを増す頃、シオンは、たったひとりの部屋でカウチソファに仰向
      けに寝そべり、開いた雑誌の字面を追うわけでなくぼんやりとした目で、昼間に出
      会った女性とロボット−ユウリとタックを思い出していた。
       やがて、雑誌を開いたまま胸の上に伏せ、小さくつぶやきながら記憶をさかのぼ
      ろうと試みる。
      「ユウリさん、タック・・・ユウリさん、タック・・・っつ・・・!」
       頭に深く鈍痛を感じ、こめかみを押さえるが、すぐに自分の無意識の仕草に気付
      き、24時間途切れることなく作動しているモニター用のカメラを気にして、何事
      もないかのように髪をかきあげる。モニター室担当の所員にとっては、地球人と同
      じ見かけのシオンといえど、何十体といる異星生命体のうちの一体の映像に過ぎず、
      窓を隔てただけの隣室から行う観察ほどに注視してはいないだろうが、不審な仕草
      に気付かないとは限らない。所長に報告でもされようものなら、面倒なことになっ
      てしまうだろう。
       シオンは、記憶のない月日を思い出そうとするたびに起こる頭痛を、誰にも知ら
      れてはいけないと感じていた。この研究所でただひとり、自分に気遣いをみせてい
      るハルキにさえも。だが、そのハルキが会わせてくれた女性とロボットの存在は、
      脳裏に浮かんでは、より深い痛みとともに自分の奥底から何かを引き出してくれそ
      うな気がしてならない。
      「やっぱり・・・僕は・・・」
       シオンは、ユウリたちを知っているはずの自分を感じ、もう一度、小さく、小さ
      くつぶやいた。
      「ユウリさん、ユウリさん・・・仲間の、タック・・・」
 
 

       翌朝、ハルキは、呼び出されて出向いた研究所所長室で、プリントアウトされた
      データが山積みになっているデスクの前に立ったまま、所長の言葉を待っていた。
       所長は、組んだ足をデスクの上に投げ出し、椅子に沈み込むように座っている。
      そして、護身用として長年愛用している型式の古い銃をなでながら、私服のハルキ
      をちらっと見て、
      「勤務時間前に呼び出して悪かったかな」
      と、口先だけで言った。
      「いえ、構いません。個人的な話でしょうから」
      「察しがいいよな。だが、あの女をシオンに会わせたのは、どういうつもりだ?」
      「・・・」
      「まあ、いいか。会わせないで済ませるに越したことはなかったが、女が納得して
      帰ったのなら、予定通りに事は運んだってわけだ。おまえの言うとおり、シオンを
      ここに収容しておくにあたっての一番のネックは、レンジャー隊の頃の仲間だから
      な」
       所長は、銃の安全装置を外したり、セットしたりと弄びながら、横柄な態度を変
      えないままに言った。ハルキは、遠慮しがちに、
      「所長・・・そんなことをしていては、危険です」
      と、たしなめるが、所長はハルキの表情を一べつしただけで、再び銃を眺めながら
      つぶやいた。
      「シオンは・・・私に面と向かって反抗したことなど、一度もなかったんだ。それ
      が、あんな目つきをするようになっていたとは・・・」
       そして、デスクから足を降ろし、ハルキが聞いていようといまいと構わない様子
      で話し始めた。
      「私は、まだここのほ乳類系の主任でしかなかったが、絶滅種最後の一個体になっ
      た赤ん坊のシオンの存在に、感動を覚えたものだよ。地球に着いた脱出カプセルの
      中の死体をいくつも見ていたせいか、余計に実感があってな。機械工学の連中は、
      高性能の脱出カプセルに色めき立って、それでも中のハバード星人たちが外部から
      の衝撃によって死亡していたのに、シオンだけが生存し得たのは、大気圏への入射
      角がどうの、速度がなんだのと騒いでいたが、そんなのは、どうでもいいじゃない
      か、なあ。唯一のハバード星人が、現存しているってのが最も重要なんだ。・・・
      それを、あのレンジャー隊長の奴、私がシオンを危険な20世紀から呼び戻せと何
      度言っても、歴史を守る為に必要な存在だとかなんとかほざきやがって・・・」
       ハルキは、シオンにユウリを会わせたことへの非難に対して申し開きを考えつつ
      この場に臨んだはずだったが、所長の話が何度も聞かされた愚痴でしかないのに多
      少うんざりして、
      「では所長、シオンの仲間への対処に問題がないのでしたら、少し早いですが、勤
      務に入ります」
      と、軽く一礼をしてドアに向かおうとした。が、所長は、大事な話を忘れていたと
      ばかりにハルキを呼び止める。
      「ああ、ハルキ、約束の報酬は、近いうちに口座に振り込んでおくよ。しかし、用
      途から考えて、あまり急がなくてもいいのかな?」
       ハルキは、所長の言葉に眉をひそめて振り返った。所長は、長身のハルキを上目
      遣いで見ながら口の端に笑みを浮かべる。
      「ちょっと調べさせてもらったよ。けっこうな金を払うんだからな。おまえは、異
      星人の恋人を、いずれ故郷の星に帰らせるつもりのようだってな。だが、その惑星
      と地球とは二十年近く前に交流を断って以来、惑星間スペースライナーの航路から
      も外されている。と、なれば、個人的にスペースシップをチャーターする大金がい
      るってわけだ。まあ、その渡航費用が盛大な葬式代にならなければいいが?」
       皮肉な物言いをする所長には慣れていたハルキも、これには気に障り、語気を強
      めた。
      「彼女は自発呼吸をしているんです!この先、意識を取り戻すことはあっても、命
      を失うなんて、あり得ません!!」
      「ああ、そうか、それは結構。私は感心しているんだよ。さすが異星人の女と交わ
      れるだけあって、シオンを手なずけるのもお手のものだな、とね。今のシオンにし
      ても、一度はおまえに騙されていたのを知った事実も思い出せずに、懐いちまって
      いるもんなあ」
      「所長・・・」
      「まあ、そんな顔するな。実際、シオンを連れ戻せたのは、おまえの算段のおかげ
      だよ。おまえがその病院でシオンを見かけた偶然にも感謝しなけりゃな。私なんて
      時間保護局のわからずやどもを相手に、シオンがこの時代に帰って来たことさえ確
      認できていなかったんだからな」
       ハルキは、所長の言葉に応対する気にはなれず、とりあえず、話は聞いていたと
      いうようにうなずき、
      「それでは、勤務に入ってもよろしいでしょうか」
      と尋ねた。
      「ああ。ま、仕事は仕事として、シオンがまたここから出たいだのと思わないよう
      に、せいぜい可愛がってやってくれ。ただし、情を移し過ぎてわがままを通させな
      いようにな」
      「・・・はい」
       退室したハルキは、うかない顔のままロッカールームに向かった。同じ勤務形態
      の研究員がまだ誰も来ていない中、この研究所の制服ともいえる白衣に着替えよう
      と自分のロッカーを開ける。と、いつもはなんとか無視できていたものが目に入っ
      た。それは、ロッカーの下隅に押し込むように入れたまま放置していた白衣だった。
      さっさと処分すればいいものを、と思いながらも手を出せなかったものだ。震える
      指先を伸ばして手に取り、じっと眺める。左袖の二の腕の部分についた血が赤黒く
      変色しながらも、必死にすがりついてきた手の、指の跡までをもしっかりとにじま
      せていた。
       ハルキは、しばらく眉間にしわを寄せて目を閉じた後、再びその白衣をロッカー
      の中に押し込んだ。
 
 

       正午過ぎ、シオンは、ひとりきりの部屋で昼食を摂っていた。右手でスプーンを
      使いながら、左手でパソコンのキーボードをさわっている。それは、自作のゲーム
      だったが、敢えて簡単な設定にはしなかったので、つい集中して身を乗り出す。と、
      その時、部屋のドアが開いた。
      「あ、ハルキさん」
       手を止め、視線をドアに移したとたん、パソコンからは間の抜けた音楽が流れ、
      ゲームオーバーの表示が点滅した。
      「今日は、お昼からの勤務なんですか?」
       笑みながら聞くシオンに、ハルキは軽く首を振り、
      「いや、今朝はちょっと他の仕事で忙しくて、きみの検診の担当を代わってもらっ
      たんだ。で、一緒に昼食をどうかなと思ってね。それから後で、包帯を換えようか」
      と、昼食を入れた袋とメタリックシルバーの救急箱をシオンの作業机の上に置いた。
      「もう、いいですよ。押さえるとちょっと痛いくらいで、全然平気で歩けますし。
      腕のほうだって」
      「まだ痛みがあるようじゃ、完治とはいえないよ。きちんと治療しておけば、傷跡
      だって残らないからね」
       ハルキは、救急箱を人さし指でトンとつついた。そして、カウチソファに座り、
      持ってきた袋から、真空パックされた棒状の加工食品をいくつか取り出す。そのひ
      とつの封を開けようとしているハルキをまじまじと見たシオンは、困った表情を向
      けた。
      「なんか、やっぱ、栄養バランスが悪そうですね。そういうのばかり食べてると、
      身体に悪いって、テレビで言ってましたよ。・・・僕のサラダ、食べませんか?」
      「いいんだよ、シオン。勝手に食事量を変えてはいけないからね。気を遣わせて悪
      かったよ。手軽なものだからつい、ね。今度から気をつけるから・・・」
       ハルキは何気なく返したが、それを聞いたシオンの表情が心なしか鋭く変わった
      のに気付き、パックの食品を横に置いて立ち上がった。
      「シオン・・・?」
      「食事量を変えちゃいけないって、そんな少しの変化でも、データに響きますか?
      じゃあ、ハルキさんは、なぜ、あの女の人を僕に会わせてくれたんですか?・・・
      僕、まだ昨日のことで落ち着いてないみたいで、今朝の検診では、体温や心拍数が
      いつもより高かったんです。担当の人、嫌な顔をしてました。予定外の刺激でデー
      タが乱れると、所長に何を言われるかわからなくて気を張るって。あなたは所長に
      気に入られているようだけど、こういうのは困る、って」
       ハルキは、シオンの問いに緊張した。だが、それに答える前に、さらに気になる
      事柄を聞いた。
      「シオン、他にも何か言われたかい?」
      「いえ、それだけですけど。でも、ちょっと怒ってたみたいです」
       その返事に多少安堵はしたが、ハルキは、研究員の誰かが所長の命令に反し、シ
      オンにこの研究所から出ていた時期があることを告げてしまう可能性を考えた。
       シオンを連れ帰った際に、所長が全所員に対して行った説明は、ハルキの算段の
      内で、ユウリたちに話した内容とほとんど同様のものだった。同僚たちから見たハ
      ルキは、一旦は逃げ出した異星人の説得に成功し、何事もなかったかのように元の
      鞘に収めた功績で所長にひいきをされている、いけ好かない奴というところだろう。
      ただそれだけで済めばいいが、とハルキは思った。
      「私は・・・少し気まぐれなところがあるからね。やっぱり、あまりよく思われて
      ないんだな。だから、私が気にかけているきみに対しても、変なことを言い出す者
      がいるかもしれないけど、気にしちゃいけないよ」
      「気まぐれ・・・だったんですか?ユウリさんに会わせてくれたのも・・・?」
       シオンは、ハルキを真直ぐにみつめる。
       ハルキはさり気ない表情をつくり、まあね、とばかりに軽くうなずきながら受け
      流したが、その実、澄んだ瞳に映る、シオンを欺き続ける自分自身から目をそらさ
      ないようにと耐えていた。
       と、シオンがふいに、強張らせていた身体から力を抜き、
      「そうですか・・・」
      と一言つぶやいて椅子に座り直すと、スプーンを持って昼食の続きにとりかかった。
       ハルキは、なんとか場を乗り切ったと感じたが、それでもまだシオンの視線から
      解放された気にはならなかった。
       記憶は、否応なく二週間前のあの日を蘇らせる。
       あの時のシオンの声が、耳に響いてくるような錯覚にさえ捕われ、ハルキは思わ
      ず耳を押さえた。
 
 

                               To be continued・・・