A.D. 3001
 
 

     aspect  11
 

 五人の私設警察隊に銃を向けられながらも、ユウリたちは怯まずにらみ返す。
 だが、プライベートな時間の為に武器の携帯を控えたユウリを筆頭に、丸腰の四
人では話にならない。
「素直に引き渡さなければ、おまえたちも撃つ。麻酔銃といえどもハバード星人仕
様だ。地球人には、効きが強いぞ」
 男たちは、牽制しながらじりじりと近付いて来る。
 彼らの視線が目当てのシオンに注がれていく中、ユウリはとっさにベッドサイド
テーブルの上に置いてあったアヤセのマグカップを落とした。丈夫なマグカップは
割れはしなかったが、カン高い音をたてて床の上で跳ね上がり、男たちの気を引い
た。
「はあっ!」
 一瞬の集中の途切れをつき、ユウリは先頭にいた男の銃を手ごと蹴り上げる。
 手から離れた銃が宙を舞って落ちる。その間にドモンとアヤセも男たちに飛びか
かり、ただでさえ狭い病室の中は、乱闘でごった返しになった。
「うわ!」
 ユウリの背負い投げで巨漢が舞う。ベッドの上に仰向けに落ちたその男のみぞお
ちを、アヤセが肘で打ちつつ別の男を蹴り倒す。
「すごい・・・。あ、」
 見とれるシオンの腕がぐい、と掴まれたが、それに気付いたドモンが引き離さん
として駆け寄る。
「ぁあっ!」
「えっ?女!?」
 高い声の悲鳴に、男だとばかり思って殴った相手が、いかつくはあるが意外に目
鼻立ちが整っている女性だったことに気付き、ドモンは一瞬ひるんだ。
 その隙をつき、女が麻酔銃を向けた。
「やめてください!」
 銃を突き付けられたドモンの後ろから飛び出したシオンが女の腕に掴みかかった
瞬間、はずみで引き金が引かれた。
「うげっ」
 発射音とともに上がった叫び声。
 皆が一斉に声の主を見る。
 それは、同じく麻酔銃を手にしていたうちのひとりだった。一声上げた以外に何
を言う間もなく、男はとろんとした目になり、ふらっと倒れてしまう。
「確かに、効くようだな」
 アヤセは、仲間を撃ったことで少なからずうろたえた女から銃を奪い取り、周り
を見渡しながらいつでも撃てる体勢を整えた。
 場の空気が固まった。
「ユウリ!」
 アヤセは叫ぶと同時に、ユウリに向かってシオンの背中を押した。
「シオン、こっちよ」
 託されたユウリは、シオンの手首をつかんでドアへ向かう。
「逃がすか・・・!うわっ」
 ふたりを阻止するべく前に立ちはだかろうとした男の顔面をタックがかすめ飛び、
ユウリたちと共に廊下へと去って行った。
「追え!」
 リーダーの声に部下たちは反応したが、アヤセが威嚇に撃った麻酔銃の音に動き
が止まる。
 だが、それもほんの数秒だった。もはや、アヤセの持つ麻酔銃など気にせず、背
を向けて廊下へ出て行く。
 アヤセは男たちを追いながらもう一度引き金を引き、込められていた麻酔弾が二
発だけだったことを知るやいなや、単なる鈍器として持ち替え、グリップの部分で
追い付いた男の首の根元に一撃を喰らわせた。
 アヤセ、ドモンと、私設警察隊の再びの乱闘が廊下で繰り広げられた。
 病職員や入院患者、そして見舞い客らが何事かと集まってくる。
「我々は、企業専属の私設警察だ。こいつらは、ある異星人の誘拐を企てている犯
罪者だ!」
 こう言われては分が悪い。腕に覚えがあるのか、野次馬の中からふたりばかり、
加勢しようとして近付いてくる。
「ドモン!」
 アヤセが叫び、走り出す。
 ドモンも組み合った相手を投げ飛ばし、アヤセを追った。

 ユウリは、シオンの手首を掴んだまま廊下を走った。途中、エレベータの前を通
り、速度を緩めたが、ちらっと見たパネルに表示されている階数が程遠くにあり、
舌打ちをする。
「ユウリ、突き当たり右、階段だ」
 タックが非常階段を使うように示唆する。言われるまでもないとばかりに、
「ええ」
と軽く受け、再び足を早めた。
 しかし、ユウリに引っ張られるわけでなく共に走っていたシオンが速度を合わせ
なくなり、シオンの手首がユウリの手からするっと抜けた。
「シオン!早く!」
 促されるが、ついにシオンは立ち止まってしまった。
「シオン、どうしたの?」
「追い付かれてしまうぞ、シオン」
 ユウリとタックは口々に言うが、その場で動こうともしない。
「だって、アヤセさんとドモンさんが、まだ・・・」
「彼らなら心配はいらないわ。追っ手をくい止めてくれているのよ」
「そんな、危ないのに・・・。すいません、僕が皆さんを頼って、ここに来たばっ
かりに・・・」
 迷惑をかけてしまったと言いたげに、申し訳なさそうにうつむくシオン。
「何を言うの」
 ユウリは、怒りなのか、悲しみなのか、複雑な表情を浮かべてシオンの真正面に
立った。
「ねえ、シオン、もっと、ちゃんと感じて。私たちは知り合ったばかりの他人じゃ
ない。あなたがここに来たのも、その為に私たちがこんな状況になっているのも、
当然のことなのよ。なのに、謝ってどうするの」
「ユウリさん・・・」
 シオンの表情が変わっていくのを確認し、ユウリはいつもどおりの口調で言った。
「さあ、行くわよ」
「・・・はいっ!」
 再び走り出そうとした時、背後から近付いて来た足音と共に、怒鳴り声がした。
「おい!何、モタモタしてんだよ!」
「奴ら、追ってくるぞ!」
「ドモンさん、アヤセさん・・・」
 ふたりと合流でき、嬉しそうなシオンの背中を、ドモンは早く走れと促すように
押し出し、シオンはその意図に沿うよう懸命に走った。
 非常階段につながる重いドアをアヤセが押し開け、先に皆を通すと、自分も飛び
出しドアを閉める。
 ほどなく階段を駆け降りる自分たちの足音の上から、ドアが開かれる音とざわめ
きが聞こえた。私設警察隊は、確実に追って来ているようだ。
 なんとか追い付かれずに非常階段を降りきり、病院の裏手にある庭に出た。麻酔
銃の的にならないように植え込みの陰に身をかがめて走りながら、ドモンがユウリ
に提案した。
「俺の車は、あとひとり乗れる!おまえのと分乗して・・・」
「私のはシングルよ。ひとりでしか乗れない」
「お、そうだった。だから、んな色気のねえのより、せめて男とふたりで乗れるの
に換えろっつってただろうが?」
「余計なお世話、って言ってたはずだけど?」
 この状況に不似合いな他愛のない応酬に、タックが口をはさむ。
「ユウリ、ドモン、今はそれどころじゃないだろう」
 シオンも、確かにタックの言う通り、とでも思ったのか苦笑しながら首をかしげ
た。
 病院の敷地内から先に公道に出たアヤセは、
「タクシーを使おう」
と、片手を上げた。
 需要のある場所のせいか、間髪を入れず流しのタクシーが止まる。
 前の席には、アヤセが自分ごとシオンを押し込むようにして乗り込み、後ろには
タックをはさんでユウリ、ドモンが座った。
「四メイサマ、ゴリヨウ、アリガトウゴザイマス。ドチラマデ、デショウカ」
 機械音声が問う。
「あとで指示する。まずは道なりに、すぐ出してくれ」
 アヤセが言うと、
「カシコマリマシタ」
との返事と同時に車体が浮き、滑らかに走り出した。
 ユウリが後方確認すると、それにつられてドモンも振り向く。
 追っ手が、ブレスレット状の通信機に向かって叫びながら専用車に乗り込む姿が
目視できた。たぶん、仲間に連絡を取っているのだろう。
「追い付かれるのは時間の問題だわ」
 ユウリはそれでも冷静に、アヤセに伝える。
「タクシーの規定速度じゃあな。だが、俺が運転すれば別だ。シオン、こいつをマ
ニュアル操作に切り替えられるか?」
「え、あ、はい。たぶん、できます」
 返事をすると、シオンは工具としても使える万能ペンをポケットから取り出した。
「おい、んな勝手なことしたら、タクシー会社が黙っちゃいないぜ。それこそ警察
に通報されちまう」
「回路を少しいじれば、タクシー会社のメインコンピュータにオートシステムの故
障だと認識させられます。そうすれば後で、危険回避のためにマニュアル操作をし
たって申し開きができると思うんですが・・・」
 しかし、それが犯罪に当たることも知っていたシオンは、ちらっとユウリを見る。
「故障の偽装ね。車専門の窃盗のプロがよくやる手口だわ。でも、最近の公共交通
社の対処は早いわよ」
 さらっと言い、通信機を手にすると、
「少しだけ待って。インターシティ警察の緊急車両として臨時登録をするわ。それ
さえ済めば提供側には相応の報酬が支払われることになるから、堂々と操作できる
わよ」
と、必要なコードとタクシーのフロント上部に記されているナンバーを打ち込み、
送信する。
「それを早く言えよ」
 シオンに目配せでGOサインを出したユウリに、ドモンが突っ込みを入れる。ユ
ウリは後方を気にしつつ、言い返した。
「これは、最終手段よ。こんな理由じゃ職権乱用ぎりぎりで、処分とまではいかな
くても始末書くらいは提出しなきゃならないわ。ここまでするんだから、アヤセ、
逃げ切ってよ」
「ああ、任せろ。シオン、あとどのくらいかかる?」
 アヤセの問いに、シオンは笑顔で答える。
「できました!」
 返答と同時に、コントロールパネルに並ぶ表示ランプの色が変わり、奥に固定さ
れていたいくつかのレバーが手前にせり出した。
「よしっ、衝撃緩和基準を超えるスピードを出すぞ。念の為だ、ベルトを締めろよ」
 通告はしたが確認はせずに、アヤセは自分の持てるだけのテクニックで追っ手を
引き離す為に、皆の身体がシートに押し付けられる程にタクシーを加速させた。
 
 
 

「逃げられただと!?邪魔する奴がいるのは想定していただろう!この役立たずど
もが!!」
 研究所、所長室に怒号が響く。
 朗報を期待していた所長に届いた連絡は、とても冷静には受け取れないものだっ
た。
「ああ、当然だ!絶対に探し出して捕えろ!」
 叩き付けるように通信を切り、握り拳をデスクに打ち付ける。と、そこへ、内線
通信の呼び出し音が鳴った。

 監視映像が並ぶモニター室では、ふたりの担当者が所長を待ち受けていた。
「お呼び立てしてすみません。・・・おひとり、ですよね」
 朝一番に怒鳴られたのが効いているのか、へつらった態度の担当者が、所長の後
にハルキが控えていないかを確かめた。
「ふん、おまえ、まだいたのか。もう帰っていいと言ったはずだ。いるのは勝手だ
が、残業手当など出さんぞ」
 ぶ然と言う所長に、真面目を自負するもうひとりの担当者が声をかけた。
「所長、実は・・・我々は、ハバード星人がモニター映像に何らかの手を加えてい
たことを受けて、各カメラの映像を、もう少しさかのぼった時間までチェックして
みたんです。そうしたら、やはり、引っ掛かるものが出てきまして」
 所長が眉の片方をぴくりと上げた。
「何だ、それは」
「所長が信頼しておられる研究員に関することなので、少々、申し上げにくいので
すが・・・」
「信頼?ハルキのことか?ふん、別に信頼などしていない。早く言え」
 その言葉を受け、担当者は小さくうなずいて問題とする映像を再生した。
「これは、収容エリアに通じるエレベータ前の防犯カメラがとらえた、今日午前二
時過ぎの映像です」
 所長は目を見開いた。
 そこには、周囲を気にしながらエレベータに乗り込むハルキの姿が映っていたの
だ。
 モニター担当者は、映像を早送りし、ハルキがエレベータから出てくるところも
見せた。
「この間、30分弱です。いつものようにハバード星人の収容室に行ったと思える
のですが、同時刻の室内モニターには、何事もなくハバード星人ただひとりが映っ
ているだけなんです。念の為にチェックした他の生命体の収容室にも、訪れた気配
はありません」
「・・・」
 所長は、説明とともに次々に提示される映像をひたすら見つめながら、ここ数日
のハルキの言動を思い起こし、沸き上がる怒りに顔を強張らせていった。


                               To be continued・・・