A.D. 3001
 
 

     aspect  14

 
「どうすんだよ、ユウリ」
 ドモンの言い方は、まるでユウリの言葉が単なる“はったり”ではないかと疑っ
ているように聞こえた。しかし、抱き締めていたシオンの肩を押すようにして離れ
たその態度が、この上なく期待していることを物語る。
 そんなドモンに構わず、ユウリは部屋の明かりの照度を上げた。そしてポケット
に仕舞っていた通信機を取り出し、ブレスレットモードにして手首にはめた。側面
に付いているインターシティ警察のマークが明かりに反射してきらりと光る。
 いくつかのキーを押すと呼び出し中の音が単調に鳴り、音が途切れたと同時に明
るい女性の声が部屋中に広がった。
「ハァーイ!」
「レイカ?ユウリよ。あなた、待機中の時間よね。今、話しても大丈夫?」
「ああ、いいわよ。ちょっと仮眠して、今、テレビ見てたとこだから。呼び出しも
ないしさ、ヒマしてたとこなのよぉ。に、しても珍しいわね。こんな時間に、って
のはともかく、あなたがプライベートナンバーのほうにかけてくるなんてさ」
 抑揚のある早口なしゃべり方で、相手の女性、レイカはくったくなく話す。
 アヤセたちには、彼女がインターシティ警察の捜査官でユウリの同僚だろうとの
察しがつき、彼女に連絡を取ったユウリの目的を推し量った。
「え、ええ。実は、頼みたいことがあって・・・」
「頼みィ?何、何?」
「あなた得意のコネを使って欲しいんだけど・・・ポイントT−N−H−34にあ
る研究所に潜入したいの。できるだけ早く。だから、今日一番早くに研究所に出入
りする業者を調べて、協力を依頼して欲しいのよ」
「潜入って、なんでプライベートでそんなコトすんのよ?」
 レイカの声の抑揚が、さらに強くなる。
「ユウリ、あんたさ、この前の非番の時からなんか変よ。任務とは別になんか調べ
てるかと思えば、今まで全然、無視してたような有休取ってみたり。ウーマン・オ
フさえ取りかねない勢いで休暇申請してたって聞いたわよ」
 ユウリは、周囲の男性陣を意識して一瞬だけ眉をひそめた。
 能力が十分あっても、紙一重で命に関わる仕事だけに、女性特有の期間に身体や
精神に変調が現れるタイプの現場捜査官が取得できる−だが誰もめったに取ること
のない−特別休暇のことを、レイカが声高に言ったからだ。
 しかし、それには敢えて触れず、頼みを承諾してもらえるよう言い添えた。
「詳しいことは、また改めて説明するわ。今は、あなたのいつものような素早い仕
事が必要なの。・・・個人的な頼みで悪いんだけど・・・」
「ううん、嬉しい」
「えっ?」
 思ってもいない返事に、ユウリは間の抜けたような声で聞き返した。
「だって、あんたから、個人的に頼み事されるなんてさ。いつものような素早い仕
事が必要だって?いつもは、それくらいできて当たり前って顔してるくせに」
「・・・」
「あたし、ずっと前から気付いてたんだからね。任務の時には、あんたが命をまる
ごと預けてくれるくらい仲間を信頼してても、それは信頼するに値する仕事ぶりを
こっちに要求してるだけのことなんだって。・・・でも、ユウリ。一年、会ってな
いうちに、あなた、なんとなく変った。ドルネロの情報つかんで潜入した時間保護
局からなかなか戻って来なかったのは、過去の世界まで奴を追っかけて行ったから、
っての、ただの噂じゃないんでしょ?ね、守秘義務に触れない程度でいいからさ、
いつか、過去の世界でどんなことがあったのか・・・聞かせて?」
「レイカ・・・」
「んじゃ、まっかせといて!」
 レイカは、張り切っている様子で通信を切った。
 連ねられた言葉の後にひとり残されたユウリは、うつむき加減で軽く唇を噛む。
 それが、レイカの言葉そのものになのか、言われたことに対して沸き上がる感情
になのかまではわからないが、ユウリが戸惑うほどに照れているのがわかり、アヤ
セはユウリの肩をぽんと叩き、ドモンは背中をつんと小突いた。そしてシオンは、
その様子を嬉しそうに眺め、タックと目を合わせて微笑んだ。
 
 

 深夜の研究所では、最高責任者の所長が帰宅していようといまいと構わぬように
普段と変らない業務が行われていた。所長の腰巾着と目されているハルキの居所を
気にする者もいない。
 規則的に動く機械の小さな音だけが聞こえる室内で、所長が自分の画策に自信を
持っていてか、のんびりと背伸びをした。
 診察台の上に横たわるハルキをふと見やると、動きを封じるために使った薬品に
よって目を閉じたままだったが、意識は戻っているらしく、まぶたがかすかに震え
ていた。
「ハルキ。聞いていたか?シオンに伝えたぞ。あいつのことだ、逃げ出すのに手を
貸したおまえを見捨てはしないさ。すぐに飛んで来るに決まっている」
 所長はユウリたちの計画も露知らず、戻ってきたシオンを拘束して誰に気兼ねも
無く研究できる日々が得られることを確信し、くっくと笑った。
 
 

 ユウリの同僚、レイカから連絡があるまで、もう一度床に入って眠るようにとシ
オンは皆に勧めた。しかしユウリたちはどことなく落ち着かず、結局は部屋を明る
くしたまま、うたた寝程度に横になっていただけだった。
 そして、待っていたレイカからの連絡は予想していたよりも早く、夜が明けきる
前に通信機の着信音が鳴った。
「ユウリ、万事オッケーよ。三日に一度、食材搬入をする業者があるの。ちょうど
今日。午後の予定でも午前に繰り上げられるみたいだから、話はつけた」
「食材?研究所内に入ることはできるの?」
「できるわ。そりゃ、普段は物質移動システムで送ってるけど、システムエラーを
起こした時には臨時に二、三人がかりで搬入したりもするっていうから、そのテで
いくのよ。研究所内の食堂で出す料理用のほうは、調理室横の冷蔵室まで運ぶの。
つまり、かなり内部まで入り込めるわ」
 思っていた以上に好都合だ。本来の任務に少しも劣らぬ仕事ぶりに、ユウリは笑
顔になる。
「さすがね、レイカ。協力の条件はある?謝礼のことなら、私が交渉するわ」
「謝礼なんて、心配御無用!業者の条件は二つ。荷物運びの仕事を依頼したって形
にするから、荷物の全てを本当に搬入すること。もし潜入先で何かあっても、正体
や目的を隠して雇われたから業者には何の関係も無いと言い張ること。・・・異星
生物のエサもそれなりの量だし、多少は時間のロスもするけどさ、他と比べてもこ
こがベストよ」
 それを聞き、ユウリはアヤセたちと目を合わせて軽くうなずいた。
「ありがとう、レイカ」
「う〜ん、礼には及ばないわ。実は、この件、こっちもあなたに協力を頼むかもし
れなくなったのよ」
「え?」
 一体、何があったのか。皆がレイカの次の言葉を待った。
「研究所の所在ポイント、私、どこかで聞いたことがあると思ってさ、確かめてみ
たわけだけど。地球のと似てる異星生命体の研究でけっこう有名なところよね。あ
なたが何の目的であの研究所に潜入したいのかは後で聞かせてもらうけど、それに
便乗させて欲しいというかさ」
「便乗、って、レイカ?」
「あのね。そこの所長、私が前にいた部署の先輩が、ある事件の加害者じゃないの
かと目星を付けたことのある奴なの。でも、結局シッポを掴めなくてさ、事件その
ものの存在も証明できなくて悔しい思いをした、っていきさつがあるのよ」
「事件の加害者?あいつ、何をしたの?」
 ユウリは思わず通信機に顔を近付ける。
「あいつ、って、やっぱ、あなたの目的はその所長が関わってるのね。あのね、あ
の研究所は、6、7年くらい前には別の人が所長でね。ところがその人、部下が書
いた研究論文を盗作して自分の名で発表したのよ。それがバレて問題になって。で、
それを苦にして自殺したの」
 レイカの説明に、傍らで聞いていたシオンは目を伏せた。関わりのあった存在で
ありながらニュースでの表面的な情報しか知らないが、あの堅物だった所長に限っ
て論文の盗作などするはずもなく、世間に誤解されたことに対する、抗議としての
生真面目な自死だったのではないかと思ったものだった。
 しかし、レイカはシオンの憶測からさらに踏み込んだ疑いを明かした。
「でも、先輩はね、死んだ所長の人柄を前々から知ってて・・・盗作問題は、ハメ
られたんじゃないかって、もしかしたら自殺だって偽装かもしれないと思ったわけ
よ。所長が死んで、得をした人間がいたからね。研究所の総てを引き継いだ、論文
を盗作されたっていう部下と、前所長からは得られなかった貴重な研究データを提
供されるようになったおかげで、シェアを大幅に拡大できた製薬会社のトップがね。
前所長に直接手を下して自殺と見せ掛けたのはプロの仕業だとしても、お互いに欲
しいものを補い合える関係のこいつらが絡んでいるに違いないと、先輩は睨んだの
よ」
 ユウリは、ほんの数分しか会わなかった所長から感じた雰囲気で、有り得ない話
ではないと思った。
「研究所の全権を得るために、そうまでした・・・。考えられるわね」
「そういうこと!ま、全権、っていうか、消滅した星のただひとりの生き残りって
いう異星人の子どもにご執心だったらしくて、自分の思い通りに研究したかったん
じゃないか、って先輩が。ご高名な研究者かもしれないけど、私から見れば、レア
なおもちゃを手に入れて、いじりたがってるガキと同じだっての」
 バシッと通信機を叩くような勢いで、ユウリは送話口を押さえた。
 何て言い方。シオンがいるのに。
 その行為がいかにも気まずそうで、アヤセもドモンも、そしてタックもフォロー
するタイミングを図り損ねてしまった。しかし、当のシオンは気にする素振りも見
せず、通信機を押さえるユウリの手に触れ、そっとどけた。
「・・・構いません。続けてください」
「えっ?あっ、それでね」
 突然聞こえたユウリ以外の声に、レイカは一瞬詰まったが、言われたとおりに話
を続けた。
「私としては、潜入ついでにこっそりと、何か、自殺じゃなくて殺されたんだって
証拠になるようなものとかさ、糸口だけでも掴めないかな〜と。先輩に恩のひとつ
でも売りたいというか、私に一目置かせたいというか・・・」
 ユウリは気を取り直し、多少あきれたような口調まじりで返した。
「ふぅん。あなたがモノにしたいって思い続けてる男、っていうのは、その先輩の
こと?」
「へぇっ!あんた、話に入ってこないくせに、しっかり聞いてるじゃん!!」
「あれだけ大声で話してれば、誰にだって聞こえるわよ、もうっ」
 横道にそれた会話になり、ユウリは、んっと小さいため息のような咳払いをして
すぐに本題に戻した。
「糸口・・・と言えるかはともかく、別件でも現行犯逮捕して身柄を拘束できれば、
取り調べで余罪にも触れられるんじゃないの?実はね、レイカ」
 最初はそれほど詳細に説明するつもりもなかったが、ユウリは彼女の事情も範疇
に入れ、事の次第を話してもいいと思った。ちらっと仲間たちの表情を見渡しても、
特に異論はなさそうだ。

 

 夜はすっかり明けたが、窓の無い部屋には陽の光も届かず、人工の明かりだけが
煌々と灯っている。
 所長はハルキの傍らで、肘掛け椅子に深々と身体を預けてうたた寝をしていた。
 採血器は始動した時と変らぬ速度で、ハルキから少しずつ血液を奪っている。そ
のわずかな作動音に所長のいびきだけが交じる部屋に、突然、異なる音が分け入っ
た。
 所長はその音−自分の通信機の呼び出し音−にびくっと跳ね起き、通話ボタンを
押す前に、とっさにハルキの状態と現時刻を確認した。
「もう、9時になるか・・・。ずいぶんのんびりとしたお出ましだな」
とつぶやき、二次元の笑顔で客に応対する受付嬢の事務的な声を聞く。
「所長、アポイントメントの無い来客です」
 その報告に、眉を寄せる。まともに正面からやってくるとは限らないが、シオン
を来訪者としてインプットしてあったのだ。つまり、来客はシオンではない。この
時間になっても来ないとは、ハルキを見殺しにしてでも戻らないつもりなのかと苛
立ちを覚える。
 受付嬢は、そんな事情にはお構いなく報告を続けた。
「アヤセ、ドモンと名乗る、二人の男性です。用件は、ハバード星人のことで所長
と取り引きがしたい、とのことです」
「何ぃ、取り引きだと?何のつもりだ。まあ、いい。とりあえず、繋げ」

 研究所の通用口では、来訪者を待たせている間に流れるクラシック音楽と美しい
風景の画面の前で、アヤセとドモンが気を張りつつ周りを見渡していた。
 やがて画面は最初に見た笑顔の受付嬢に戻り、
「お待たせしました。どうぞ、所長とお話しください」
との言葉の後に、映像が切り替わった。受付嬢とのギャップが激しい顔だ。
「一応、ようこそ、と言っておきましょうかね?招かれざる客ですがね」
 所長と対峙するのは初めてだったが、やはりいけ好かない奴だと思いながら、そ
れでもアヤセはドモンほど顔には出さず、淡々と言った。
「自己紹介、なんてものは必要ないだろうな。俺たちがシオンの仲間だったってこ
とは調査済みだろうからな」
「もちろんですよ。レンジャー隊の頃のお仲間たちが、シオンの生物的価値も知ら
ずに逃亡の手助けをされたものですから、こちらとしては、大変、迷惑しているん
ですよ」
 ムッとしたドモンより一歩前に踏み出し、アヤセは話を計画通りの方向へ向ける。
「わからないでもないぜ。あんたが、人質を取ってまで取り戻したいくらいの価値
ってわけだ」
 所長の眉がぴくりと動く。アヤセはそれを鼻先で笑ってみせた。
「シオンは、すぐにでもここに戻ると言ったがな、なんとか思い止まらせたよ。そ
う簡単に戻られちゃあ、せっかく転がって来たチャンスが生かせないからな」
「ど・・・どういう意味ですかね?」
 所長が身を乗り出してきている。いいぞ、と思い、ドモンも口を挿む。
「俺たちには、ハルキって奴がどうなったところで関係ないんだよ」
「そういうことだ。あんたの積む金額次第では、シオンを返してやってもいいって
ことさ。後腐れなく、な」
 もしかして、と思っていた所長は、やはりそういうことかと納得した。どいつも
こいつも金にしか価値を見出せない愚か者だ、と。しかしまだ、幾分かの警戒心が
残る。
「仲間を売る、ということですかね?あのユウリとかいった女も承知しているわけ
で?」
「ふん、ユウリは俺たちの考えなど何も知らずに、シオンを守ってくれてるよ。レ
ンジャー隊時代の仲間といっても、辞めてしまえばただの他人だ。あいつはそれを
わかっていない。追っ手がうろついていないかしばらく見回って来ると言った俺た
ちのことも、何ひとつ疑ってないしな。まったく、甘いぜ」
 小馬鹿にした口調でにやっと笑いながらドモンと目を合わせるアヤセ。そして、
同感だとアピールするために大袈裟にうなずくドモン。
 アヤセは、内心、もっと自然にやれよ、と思いつつ、再び所長に視線を戻した。
 所長は百パーセントふたりを信用したわけではなかったが、以前、シオンを訪ね
てきたのがユウリだけだったことや、何より自分自身が仲間というものの存在を軽
んじてきたせいもあり、充分有り得るその話に乗った。
「そこに突っ立っていられては何ですからね。続きは中でお聞きしましょう」
 突然に、画面は、愛らしい受付嬢の笑顔に戻った。
「只今、御案内に参ります。もうしばらくお待ちください」
 上手く誘い出せた。
 アヤセとドモンは目を見合わせた。所長の気は、これで逸らすことができる。あ
とはユウリたちが計画通りにハルキを救い出してくれれば、監禁、障害の犯罪行為
を行ったとして、堂々と所長を取り押さえられる。偏執的な束縛からシオンを解放
できるのだ。
 ドモンは大きく背伸びをし、必要性もないのに力こぶを作るポーズをとった。
「さてと、大事なのはこれからだ。アヤセ、おまえ、ほんとに身体、大丈夫だろう
な。途中でぶっ倒れでもされちゃあ適わねぇからな」
「はっ、心配なのはおまえの方だぜ。これが芝居だってこと、見抜かれないように
せいぜい頭を働かせるんだな」
 そう言い返し、さらに返そうと口を開いたドモンを無視して、アヤセは通信機か
ら第一段階成功の合図を送った。
 

                               To be continued・・・