A.D. 3001
 
 

     aspect  1
 

       人工的に管理されている森に囲まれ、遠くかすかな鳥のさえずりだけが聞こえる
      静かな霊園に、ユウリはいた。両親と妹の墓に花をたむけ、ひとりたたずんでいる。
       突然の風に髪がなびき、ふと我に返るユウリ。顔を上げ、目を細める。
       染みるような空、ゆっくりと流れる雲・・・。
      「父さん、母さん、メイ・・・また来るわね」
       母の好きだった花が、風にゆれる。立ち去るユウリを見送るかのように。
 
 

       ユウリが次に向かった先は、アヤセが入院している病院だった。30世紀に多く用
      いられた建築様式のなめらかな曲線が、巨大な外観特有の威圧感をやわらげている。
       広いロビーで、汚れをサーチするランプを点滅させている掃除ロボットとすれ違
      い、ユウリはかすかな違和感を覚えた。自分の時代の、見慣れた光景のはずなのに。
      たった一年間いただけの、千年前での記憶が導く感覚。それを感じる度に脳裏に浮
      かぶ竜也の姿。
       竜也は、今でも、あの時代での記憶の中心にいる・・・。

       アヤセの病室のドアをノックし、応答を待ってから自動扉のスイッチを押す。
      「よお、久しぶりだな。今日は非番か?」
       ベッドで上半身を起こし、ユウリを迎えるアヤセ。ユウリは軽くうなづく。
      「見違えるように顔色が良くなってるわね、アヤセ。臨床に移ったばかりの治療法
      とはいっても、副作用がひどすぎたじゃない。一時はどうなることかと思ってたの
      よ」
       アヤセは、苦笑まじりの表情で、ユウリに椅子をすすめる仕草をし、
      「ああ。まあ、かなり落ち着いてきたよ。・・・あいつには・・・ずいぶん心配を
      かけたがな・・・」
       と、懐かし気にクロノチェンジャーをはめていた左手首に触れる。アヤセにつら
      れ、ユウリも思わず左手首をそっとおさえる。
      「快方に向かっているのなら・・・よかったわ」
       それを竜也に伝えることができたなら・・・。うつむくユウリに、アヤセは自分
      と同じ想いを感じ取り、窓から見える空に視線を移した。
       少しの間、会話が途切れ、静かな時間が流れる。
 
 

       五カ月前、2001年の大消滅をくい止め、3001年に帰還したユウリ、アヤ
      セ、ドモン、シオンの四人は、時間保護局の建物の中で、おとなしく投降するよう
      な形で、捕らえられるのを待った。自分たちの行為で、歴史がまた変化しているの
      かもしれないと思いつつも、それがどんなふうに変わったのか見当もつかない彼ら
      は、手探りの状態で、まわりの人間たちの言動から状況を知ろうと試みていた。
       それでも、やはり最初は、自分たちの立場の変化に戸惑った。
       2001年に戻ろうとした時、あんなに激しく追われていたにも関わらず、近付
      いてきた警備員たちが、各々に敬礼をしたからだ。
       ドモンは戸惑いを隠しきれず、アヤセに耳打ちした。
      「おい、どうなっているんだろうな・・・?」
      「さあな・・・」
       すべては自分たちの意志による、無許可の行動だった。本来ならばタイムジェッ
      トやクロノチェンジャーの強奪、時間保護法違反の罪で逮捕されるだろうに。さら
      にアヤセは、もみ合いの結果とはいえ、リュウヤ隊長を殺害した罪に問われること
      を覚悟していた。
       しかし、彼らは犯罪者として扱われることはなかった。そして、その理由は、時
      間保護局最高責任者である局長の執務室に出向くようにとの命令によって、すぐに
      知ることができた。

       局長の執務室は、リュウヤ隊長の指令室のように殺風景なものだったが、そこに
      足を踏み入れた四人は一瞬の驚きの後に、ほっとした笑顔を向けた。
      「タック!」
       側にいる局長や、数人の幹部たちの姿も目に入らず、シオンはタックに駆け寄り、
      高々と抱き上げた。
      「タック!僕たち、やりましたよ!」
       タックもそれに答える。
      「ああ。時間保護局のデータベースにある2001年の記録にも、大消滅の事実は
      残っていない。ビルが時空に飲み込まれたとの記載はあるが、数日でおさまってい
      るとある。被害の規模で言えば、3000年に起きた消滅と同じ程度のものだ」
      「え、じゃあ、僕たちのしたことは、この時代に影響していないんですね!?」
      「ああ」
       タックの返事に、シオンは満面の笑顔で喜び、ユウリたちも一様に微笑みあった。
      が、時間保護局局長の咳ばらいで、自分たちの立場が定かではないという現実に引
      き戻され、四人は一せいに表情を固くして局長を見た。

       ユウリ、アヤセ、ドモン、シオンは、局長とタックの説明によって、自分たちが
      2001年に戻り、大消滅を止めるまでに費やしたのと同じ長さの時間に、保護局
      内で何があったのかを知った。
       指令室で息絶えたリュウヤ隊長が発見されるよりも一足先に、タックは内線回路
      を使い、局長との接触を成功させていた。
       2000年に逃亡したドルネロたちを逮捕するにあたり、すべての権限を要求し、
      独善的なまでに行動していたリュウヤ隊長に対して、時間保護局上層部は苦々しい
      思いを抱いていたが、タックの提示したリュウヤ隊長の個人データファイルの内容
      により、その真意を知ることとなった。
       そして、リュウヤ隊長の死や、無許可の行動を取ったユウリたちのことよりも、
      組織の内部の人間が歴史に干渉していた事実を問題視した。歴史の保護を最優先と
      する保護局局員、しかもレンジャー隊の隊長が、個人の理由で歴史に干渉するとい
      う行為をし、上層部がそれに気付いていなかったことが外部に漏れては、非難を受
      けることは必至であり、信頼の失墜は保護局の存在意義さえ揺るがしかねない。
       それだけは避けなければならないと、組織の威信をかけての密室での緊急会議が
      図られ、結論としてユウリたちの存在を利用することとなった。
       すなわち、“上層部はリュウヤ隊長の謀略をいち早く察知し、ユウリたち四人に、
      謀略の阻止および隊長の干渉によって変化した歴史の修正を特命として与えた”と
      いうことを事実とし、“極秘事項の公表”という形で、全局員に通達したという。
      「きみたちには事後承諾となったが、悪い話ではなかろう」
       局長は、この場においてもレンジャー隊員として整列することすら頭にないユウ
      リ、アヤセ、ドモン、シオンの側をゆっくり歩きながら、ひとりひとりを見た。
      「きみたちの行為は罪に問われることはない。そして、きみたちがこのことを口外
      しない限り、大消滅の起こらなかった21世紀は、それ以上修正する必要のない正
      しい歴史として守られていくことになるだろう・・・」
 
 

       風によって流れる雲が次第に厚みを増し、窓に差し込む陽の光を遮ると、ONに
      なっていたセンサーが働き、病室のライトが灯った。
       それをきっかけにアヤセが沈黙を破った。
      「で・・・おまえのほうはどうなんだ?」
      「え?」
       突然の問いかけに、ユウリは思わず聞き返す。
      「インターシティ警察で、相変わらず命がけの仕事、やってるんだろ。せっかくの
      非番でもこんな所しか来る所がないなんて、情けないっていうか・・・」
      「余計なお世話よ。情けないっていうなら、ドモンじゃないの?この前、テレビで
      やってた試合、ずいぶん苦戦してたわよ」
       ユウリの問題をすりかえた反論に、ドモンには「グラップなんて興味がない」と
      言っているアヤセは、
      「あれはあれで、盛り上がっていいんじゃないのか?」
      と、軽く答える。
 
 

       リュウヤ隊長は、歴史の修正によって、ユウリ、アヤセ、ドモンの個人の歴史も
      変わったと語ったが、再度の帰還の結果はそれぞれに違う状況をもたらした。

       ドモンはあくまでグラップの世界から追放処分にされていたが、ファンの強い要
      望により、処分の撤回が図られていた。レンジャー隊を退任したドモンに復帰への
      打診があった時、ドモンには多少の迷いがあったものの、それを承諾した。
       アヤセの場合、オシリス症候群は、3001年の時点で完全治癒率こそ高くない
      ものの、延命につながる治療法が確立されつつあった。
       ドモンとアヤセに関しては、リュウヤ隊長の語った状況とは微妙に異なってはい
      ても、決して悪い状況ではなかった。
       だが、ユウリは・・・。
       家族が生きている事実はなかった。家族が葬られた霊園には、それぞれの名や生
      まれ年とともに没年の“2988”と刻まれた石碑が、ユウリが2000年へ時間
      移動する以前と変わらぬ形を留めていた。
       隊長の見せた映像に映る父と母、そして成長していたメイの姿ははっきりと覚え
      ている。それでも、現在残っているのは、家族の死の証だけだった。

       シオンは、仲間たちのそれぞれの状況を知ると、自分のことであるかのように一
      喜一憂した。そして、時間保護局に残ることを決めていた彼は、レンジャー隊を脱
      する仲間を引き止めるでなく、強い絆で結ばれているとの自信に満ちた笑顔を見せ
      て自らを奮い立たせていた。
       保護局上層部は、他の三人と同様、派遣先の時代に感情移入が激しすぎるシオン
      はレンジャー隊員としての資質に欠けるとの理由と、何より、ハバード星人の優秀
      な頭脳に期待し、技術開発部門への移動を命じた。
       シオンは、通勤に程よい地区のマンションに部屋を借り、保護局から譲り受けた
      タックと共に住んでいる。
 
 

      「シオンは元気そう?よく来てるんでしょ?」
       それぞれの道に散った四人は、揃って会う機会が少なくなり、特にユウリは、事
      件続きでしばらく仲間たちとは会えずにいた。
       問われたアヤセは、枕を立ててそこによりかかりながら答える。
      「ああ、おまえたちよりもずっとまめに見舞いに来てくれるぜ。時々、タックも連
      れて来たりしてな。ま、ここのところ忙しそうで顔を見せないが・・・」
      「そう。シオンも頑張ってるってことね」

       アヤセとユウリが病室で、それぞれの近況を話し合っている頃、ドモンはタック
      を抱え、一目散にその病室へと向かっていた。病院玄関の自動ドアが開くのを待つ
      のももどかしそうに足踏みをし、ドアが開ききる前にすり抜けて走り出す。
       廊下で、病職員から走らないようにと注意されても、他の見舞い客とぶつかりそ
      うになっても、
      「ああ、すんません!」
      と軽くあやまるだけで、速度を落とそうともしない。
      「ドモン!急ぐのはわかるが、気をつけろ」
       激しく揺さぶられながら、タックがとがめる。
       目的の、アヤセの病室にたどり着くやいなや、ノックもせず、勢いよく手動でド
      アを開けた。
      「アヤセ!おまえ、なんか聞いてるか!?」
       突然の訪問といきなりの質問で、一瞬言葉が出なかったアヤセだが、
      「どうしたんだよ、ドモン?」
      と聞き返す。そしてユウリも問う。
      「タックも来たのね。シオンは?一緒じゃないの?」
      「おう、ユウリ、そのシオンのことだ。まったく、信じられねぇよ」
       戸口でうろうろするドモンに、アヤセもユウリも気持ちがあせってくる。
      「ドモン、落ち着けよ」
      「これが落ち着いていられるかっての!シオンが二週間も前に保護局やめて、研究
      所に戻っちまってたんだぜ!しかもタックに嘘までついて!」
       それは、アヤセとユウリにとっても意外なことだった。シオンは、自分が育って
      きた研究所には、もう戻る気などなかったはずだ。
      「まさか・・・。二週間くらい前なら、シオンは俺のところに見舞いに来てるぜ。
      あの時だって、特に変わりはなかったが・・・」
      「タック、シオンはあなたになんて言ったの?嘘をついたって、どういうこと?」
      「それは・・・」
       タックも多少、動揺しているかのように見える。
       ドモンは、腰掛けているユウリの前を横切り、ベッドサイドテーブルの上に、向
      き合うようにタックを置いた。
       皆が、タックに視線を注ぐ。
 

                               To be continued・・・