A.D. 3001
 
 

     aspect  4
 

          深夜の病室に、ドモンの怒鳴り声が響く。
       アヤセは、苛立つドモンに軽いため息をついてみせ、話し始める。
      「あのハルキって男が、シオンがいた研究所に勤めているってことは、俺も知らな
      かったがな。ハルキの恋人が、この階の奥の病室に長期入院していて・・・まめに
      俺のところに見舞いに来ていたシオンが、ハルキと知り合ったのは3月、いや、4
      月に入ってからだったかな・・・」
      「そうだ」
       アヤセが自信無げに言うと、タックが説明に加わる。
      「ハルキのほうから、シオンに話しかけてきたんだが、恋人の病室に飾るつもりで
      持っていた桜のひと枝をシオンが気に入って・・・まあ、最初からいい印象を受け
      ていたわけだが、彼の恋人が異星人だということを知って、余計に親近感を持った
      ようなんだ」
      「はーん、異種恋愛かよ」
       腕組みをしながら、ドモンはさらっと言い、先を求める。アヤセは、タックと目
      を見合わせてうなづき、話を続けた。
      「ハルキの恋人は、生まれたばかりの頃に地球に来たらしい。生まれ故郷を知らな
      いのはシオンと同じだがな。彼女の場合は一族ぐるみで地球に帰化した、まあ、ど
      こにでもいる異星人だってわけだ。だが、その一族ぐるみでやっていた仕事場を兼
      ねた、住まいのビルが・・・」
       アヤセは一旦、言葉を切り、口を閉じた。ドモンは、再びアヤセが口を開くまで、
      にらむような視線を向けた。
      「俺たちが2000年に行った後の、3000年に現われたっていう時空のゆがみ
      に・・・十数人いた彼女の一族がビルごと飲み込まれて、ハルキと会っていた彼女
      ひとりだけが難を逃れたらしい」
       そこまで聞くと、怒りを含んでいたドモンの表情は、凄惨な運命の異星人女性へ
      の哀れみに変わっていった。
      「じゃあ、長期入院してるって、もしかして、その異星人の女は・・・」
      「ああ。その悲しみに耐え切れなかったからだろうな。自殺を図って、命はとりと
      めたものの、ずっと意識が戻らずに、眠り続けているわけだ。まあ、この程度は、
      この病院に長くいる奴なら誰でも知っているが、シオンはハルキからけっこう立ち
      入ったことまで聞かされていたかもな」
       アヤセは、タックのほうが詳しく知っていると思ったが、タックの反応はかんば
      しくない。
      「そうだな。お互いどんな話をしていたのか・・・。僕は、シオンの交友関係が広
      がるのはいいことだと思って、できるだけ干渉しないようにしていたんだが」
       ユウリはそんなタックを見つめ、そしてうつむいて口を開いた。
      「シオンは・・・ハルキのことを、私たちよりも、自分の気持ちをわかってくれる
      人だと思ったのかもしれないわね・・・」
       ドモンは、一族を失った異星人女性や、恋人であるその女性の自殺未遂に傷つい
      たであろうハルキへの同情心を振り払うかのように、強く頭を振った。
      「だからって、シオンをこのまま研究所に置いといていい理由になるかよ!揃いも
      揃って、ほだされてるんじゃねぇよ!!」
      「ドモン・・・」
       タックは小さく声をあげ、ユウリはドモンの苛立ちが自分に向けられているよう
      に感じて身構えた。アヤセも真直ぐにドモンを見る。三人に一斉に見据えられたド
      モンは、自分の言ったことに引っ込みがつかなくなってしまう。
      「だ、だいたいな、そいつにシオンの気持ちがどこまでわかるってのかよ。恋人と
      やらが家族を亡くそうがなんだろうが、そんなこたぁシオンに比べれば、ちっぽけ
      なことだろうが!」
      「ドモン!!」
       アヤセは、家族を亡くしているユウリを前にしての、ドモンの言葉のいき過ぎを
      制止しようとしたが、すでに遅く、ユウリは握りしめた手を震わせていた。
      「ちっぽけな・・・?ドモン、あなたにそんなことが言えるの?戻りたがっていた
      この時代に、戻ってきたくせに・・・もとの生活を取り戻したくせに・・・。あな
      たにならシオンの気持ちがわかるとでもいうの?何ひとつ失っていないあなたに、
      何がわかるのよ!」
       ドモンは、自身が口走ってしまった暴言を取り消すすべもなく、ただ口を動かす
      だけだったが、ようやくのどから言葉をしぼり出した。
      「お、俺だってなあ。俺だって、戻って来て、ただ喜んでるだけじゃねえよ。竜也
      や、ホナミちゃんのことだって、あの先、幸せにやってってくれたのか見届けたい
      と思ったりするんだからな」
       ドモンは素直な心情をあかしたつもりだったが、ユウリはかたくなに、
      「ふぅん、見届けられたら、心置きなくこの時代でも恋人をつくれるってわけ」
      と言い放つ。
      「ユウリ!ドモンもドモンだが、きみも言い過ぎだぞ!」
       タックは、お互いの痛みを刺激しているふたりのやりとりを止めなければ、との
      思いで、いつになく強い口調で言った。
       ドモンは、ユウリに向って一歩足を踏み出していた自分に気付き、タックが間に
      入らなければ何を言い返していたかわからなかったことに、いたたまれなくなった。
      そして、もう、その場にいられなくなり、唸るような声をもらしてドアに向って走
      り出した。
      「ドモン!」
       アヤセの呼び止める声にも耳を貸さず、開閉スイッチを掌で叩き、開いたドアか
      ら飛び出して行く。ドアがゆっくりと閉じるまで、廊下を走り去っていくドモンの
      足音が病室に届いていた。
       ユウリはドアまで駆け寄っていたが、何を言うべきかわからないままにドモンを
      追うわけにもいかず、ただ立ち尽くす。
      「・・・ったく。直情型のくせに、ひねくれた口、きくからだよな」
       ドモンに対して、あきれているようでありながら、意外に優しい口調のアヤセの
      声を背後に聞き、ユウリは振り返る。一瞬、ユウリと眼が合ったアヤセは、ふっと
      口元に笑みを浮かべ、遠い世界を見上げるようにして言った。
      「森山ホナミはさ、自分の想いに真直ぐで、幸せだって自分自身でしっかり掴み取
      れるって感じでさ。それに関しちゃ、ドモンも心配はしていないと思うが、それで
      も記録に残っている21世紀の歴史は、決して穏やかなものじゃない。彼女に何か
      あったとしても、守りに戻れないってのは、きっと・・・」
       何も言わず、ただうつむくだけのユウリに、アヤセはさらに言葉を続ける。
      「あいつがこの時代に戻れて、ただ喜んでいるだけじゃあないってことは、おまえ
      だってわかっていただろう?グラップの世界に復帰できるって話があった時だって、
      あいつ、おまえやシオンに気兼ねがあって迷ってたんだ。なあ、ユウリ、あいつが
      だぜ?」
       ユウリは眼を閉じて、アヤセの言葉をかみしめるようにうなづき、そして顔を上
      げた。

       アヤセの病室を飛び出したドモンは、昼間には通院患者で埋まるロビーの椅子の
      ひとつに、組んだ指にあごをのせて座っていた。照度の落とされたライトが、ほの
      かにドモンを包み込む。ドモンは、ユウリたちから聞いた今のシオンの状況を、ど
      うしても受け入れる気持ちにはなれず、ぼんやりとした目で、数カ月前の記憶をた
      どっていた。
 
 

      「ドモンさん、あのあたりだと思いませんか?」
       3月下旬、シオンの住むマンションを訪れたドモンは、ながめがいいからと連れ
      られた屋上で、シオンの指差した先に視線を向けた。
      「あぁ?」
      「トゥモローリサーチがあったところですよ。川の位置からいって、あのあたりの
      はずなんですけど」
       そこに触れたいとばかりに、柵から身を乗り出して腕を伸ばすシオンの指先を見
      ながら、ドモンは、
      「ん・・・うん、まあ、そうだな」
      と、自信無げに答える。シオンはドモンの承認を求めていたわけでなく、指先を別
      の方向に向ける。
      「僕の故郷は、あっちです。大きなリゾートホテルや遊戯施設がたくさん建ってて、
      千年前とは景色がずいぶん変わってますけどね」
       ドモンは息を飲んで、シオンの後姿を見た。平然と言ってのけるシオンの真意を
      図りかね、
      「おまえ・・・行ってみたのか?」
      との問いも、シオンには届かないほどのつぶやき声にしかならなかった。シオンは
      しばらくの間、微笑みながら、広がる街の景色をながめていたが、やがてその表情
      から笑みが薄れ、ドモンに背を向けたまま語りかけた。
      「ドモンさん・・・僕、ドモンさんにあやまりたいんです」
      「・・・?」
      「僕は、30世紀に戻るために、ロンダーズの連中を全員逮捕しなきゃって、ちゃ
      んと思ってました。そのためにだって、がんばってました。・・・でも、ほんとう
      は、ずっとこの時間が続いてほしい・・・って、いつまでも続いてほしいって、考
      えていたんだと思います。ドモンさんがあんなに戻りたがっていたのに、自分ばっ
      かり嬉しくて・・・。戻りたいってドモンさんの気持ち、全然わかってなかったん
      ですよね」
      「シオン・・・」
      「ホナミさんとのことだって、そうです。仲良くなることをためらっていたドモン
      さんの、あの時の気持ちを、変だなんて言っちゃって」
       それを聞き、ドモンは慌てて口を開く。だが、言葉が出ない。何と言っていいか
      わからない。
       ドモンは、この状況にかすかな恐れさえ感じた。動悸が早くなり、指先にしびれ
      が走る。
       シオンが真顔で突然ふりむいた時、ドモンの心臓は、音をたてて打った。だが、
      シオンは、ドモンの予想に反して、穏やかに微笑んだ。
      「でも、ドモンさん」
 
 

       シオンとの会話を思い出していたドモンは、近付いてきた足音にも気付いてはい
      ず、アヤセの声を唐突に聞いた。
      「ほんとに、救急患者の付き添いって感じだな」
       ドモンはびくっと顔を上げる。そこには、ガウンをはおったアヤセと、タックを
      かかえて決まり悪そうに横を向いているユウリがいた。
      「おまえのせいで、時間外の面会がナースにばれちまったぜ。まあ、なんとか大目
      に見てもらったがな」
       ドモンは、アヤセを見たが、そのそばにいるユウリを見ることができずにもう一
      度うつむいた。そして、
      「俺・・・うまく言えねえが、シオンが20世紀のことを忘れたいと思ったなんて、
      絶対にあるわけねえって思うんだ」
      と、今度こそユウリへの暴言ではなく、本心を伝えようと、慎重に言う。
      「シオンの奴な、前に一度、20世紀にいた頃の俺の気持ちがわかった、みたいに
      言いやがったんだ。戻りたくてどうしようもなかった俺の気持ちを・・・こっちに
      帰ってきてからわかる、なんてよ。それに竜也と別れたことだって、あいつ、自分
      で考えていたよりも、こたえてたようでさ。俺、それ聞いた時、何も言えなかった。
      けっこうびびってたからな。シオンがいつ、本当は31世紀に戻りたくなかった、
      ずっと千年前にいたかった、なんて言い出すか・・・ってな。あいつにとっては、
      あの時代そのものが故郷になっちまってんだぜ。戻れる当てのない・・・な」
       ユウリも、アヤセも、そしてタックも、黙ってドモンを見つめていた。望郷の念
      にかられ、荒れた時もあったドモンだけに、逆転した立場への戸惑いがあったのは
      無理のないことだ。
      「だけど、あいつ、それからなんてったと思う?それでも、出会ったことのほうが
      大切だってのには変わりないってよ。これからもたくさんの人に会いたいし、あの
      時代の思い出があるから、何があったってがんばれる、この時代だって好きになれ
      る、とさ。そんなシオンが・・・思い出を消したいって思うか?確かに、時間保護
      局でつらい目に合わされて、気を許したハルキって男にいいように説得されて元の
      研究所に戻ったとしても、記憶を消すことまで望むなんて・・・おまえらはどう思
      うか知らねえが、俺には信じられねぇ」
      「俺だって、信じちゃいないさ」
       今まで静かに聞いていたアヤセが、ドモンが言い終わるのを待たずに言った。そ
      して、
      「だいたいな、シオンがタックを譲ってもらえるように時間保護局にかけあったの
      だって、単にタックと一緒にいたかったからだけじゃないんだろう?」
      と、ユウリが抱えていたタックをそっとドモンの右隣の椅子に置き、自分はさらに
      その隣に座った。
      「タックはバージョンアップしていけば、これから先の時間保護局での任務にも対
      応できたんだ。だが、そのためには、千年前の任務で記録された情報の中の不必要
      なデータを、残らず消去されることになる。とるに足らない出来事や、他愛のない
      会話のすべてをな」
       アヤセに頭をつんつんとつつかれ、タックは「あっ」と小さく声をあげる。
      「タックにもしっかり憶えていてほしい思い出を、自分が忘れたいなんて望むわけ
      ないだろう?」
       確かに、とドモンは大きくうなづき、タックの頭を覆うかのように手をぽん、と
      置いた。
       タックは改めて、時間保護局に残ったならば消去されていたであろうデータ−仲
      間たちとの記憶を思い返す。
      「ああ、そうだ!僕は、ハルキからシオンの状況を聞かされた時、知らなかったこ
      とばかりに気を取られてしまったんだ。データ不足などと言われて、それを認めて
      しまった。あの時、ハルキに言い返すべきだったよ。これは、自信なんかじゃない、
      僕たちのことを大切な仲間だと言った、シオンを信じているんだ、と」
       アヤセは、タックのいつもどおりのはっきりした口調に安心し、さらに自分の考
      えを示す。
      「だからな、シオンが千年前を忘れたいと望んだって言われちゃあ、ハルキに説得
      されて研究所に戻ったって話もあやしいと思うぜ、俺は。今の、記憶を無くしてい
      るシオンがどう思うかはわからないが、このまま研究所に置いておくわけにはいか
      ないな」
      「だっ、だから、そうなんだって!アヤセ、おまえ、そう思ってたんなら早いとこ
      言えっつーの!!俺だってなあ・・・」
       ドモンは立ち上がりざまに怒鳴ったが、その声は思いのほかロビーに響き渡り、
      発した本人がうろたえて、続けるつもりだった言葉を飲み込んだ。そして、恐る恐
      るユウリの様子をうかがうと、彼女はしっかりドモンを見ていた。
 

                               To be continued・・・