THE DOMINION WAR BOOK ONE

 BEHIND ENEMY LINES

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第7章

<タグ・ガーワル>の船内では、サム・ラベルが個人用操舵装置を操作していた。反物質タンカーの最初のテスト航行の目的地を決めるためである。トーリクはそばのオプス席に座って艦内システムをモニターしていた。長身のデルタ人、タムラ・ホリックは戦術コンソール担当だが、操るのは武器ではなくトラクタービームである。グロフ、鉱物担当の2人、それに転送部長も準備完了していたが、サムは、元々ブリッジ士官だったのはサムとトーリクの2人だけだとわかった。事実、他のクルーはブリッジに入ったことさえなく、転送機、採掘機、格納庫の扱いにまごついていた。

サムは、この船がジェムハダー艦でないことにホッとしていた。ジェムハダー艦では、一般的なビュースクリーンではなく、アイピースによる映像入力を使用する。クルーがその操作に慣れるのを待つほど時間がないことはわかっていたからだ。技術的にいって、カーデシア仕様は概ね連邦仕様と共通しているし、マイルズ・オブライエンによるカーデシア技術大要なる研究書で解説されている。そのおかげで今回の任務はいくらか楽になった。船はドッキングベイを離れようとしている。そして5,000キロの短い航行テストを行い、その中でダミー貨物の回収を行う。もちろん回収はトラクタービームを使うのだ。サムは、このテストは周りに曳航されている全艦の監視の元行われるだろうと思った。

サムは、椅子の肘掛にある通信パネルを叩いて言った。「ラベルからクルーへ。全チェック項目、クリア。ブリッジシステムは発進準備完了だ。まだ準備の出来ていない者はいるか?」

「いや、準備OKだ。発進しろ」エンラック・グロフの不満げな声が聞こえた。

「了解」サムが他のボタンを押しながら言った。

「輸送船<タグ・ガーワル>よりステーション管制室。テスト航行0-0-0のため、発進許可を請う」

スクリーンに見慣れた顔、ボルタ人ジョレッシュが満面の笑みで現れた。「<タグ・ガーワル>、発進を許可する。貴船のために戻りの準備を整えておく。幸運を祈る」

サムは、ジョレッシュの忠告に感謝すべきかどうかわからなかった。この程度の航行は、クルーは全員アカデミーの2年次でこなしている。しかもこれよりもっと困難な状況で。問題があるとは思えなかった。グロフの言ったことにひとつだけ同意すべきことがあるようだ。虜囚は、監視に自らの献身を常に証明し続ける必要がある。

「エアロック、減圧。発進」

サムは、スクリーン上のジョレッシュの笑顔を振り払うと、輸送船の船首部分を映した。サムは自分がナーバスになっているんだろうかとも思うが、本来訓練してきたこと、すなわち船の操舵士に戻れたことに対する安堵だった。躊躇もなくスラスターに点火し、鈍重な船はゆっくりとスペースドックを離れていった。推力全開で航行を続けると、サムはトーリクを見て笑いがもれるのを抑えられなかった。バルカン人の常として、トーリクは無表情な視線を送ってくるだけだが、代わりにデルタ人に歓びをこめて目配せすると、スキンヘッドの女性は微笑み返し、一時にせよ、この瞬間の自由の感触を共有していた。

サムはコースをセットすると、その通り航行するよう船をオートパイロットにした。一旦ブラックホールに入ってしまえば、オートパイロットに大いに頼ることになるだろうし、またそのときは人間であれ機械であれ、エラーの余地はないのだ。その進捗状況を注意深くチェックしていると、5千キロ進むのにものの数秒だった。

まるで宇宙に漂うゴミ箱のような巨大な長方形の物体が彼らの前方に不気味に迫ってきて、サムは推力3分の1に速度を落とした。

「トラクタービーム用意」彼は命じる。

「これじゃ拍子抜けね」デルタ人がブツブツいいながら「重力レベル正常、トラクタービーム、準備よし」

サムは船を停止させ、スラスターを使って回頭させた。「よし、ラッチ固定」

デルタ人がコントロールを忙しく動かす間、見えない縛りで貨物がのたうち回るように船尾近くへ牽引されていくのがサムの目に入った。

「トラクタービーム保持、レベル依然正常」デルタ人の報告だ。

「ここでワープと行きたいのは山々なんだが、」サムが言う。「そうすると我らがトレーナー様方が腰を抜かすとまずいんでね。ドックへ戻るコースをセットするぞ」

気が進まないながらも、サムは船を操作してダミーの貨物を回収し、10分もかからずその場を後にした。成功ではあったが、あっけないテスト航行の結果に、おかしなことだががっかりして、彼としてはこの任務を終わらせたくないと思った。

ある意味、これは最も残酷な罰だ。サムは意を決し、牢獄に連れ戻される前に眼前の自由と平穏な日常に思わせぶりな一瞥をくれた。彼はエンラック・グロフが如何にして裏切り者と成り果てたかを理解するようになっていた。利便性と権限を放棄することは難しかったのだろう――死を待つのみの虜囚に戻るならなおのこと。

「着艦した」サムは誰へともなく告げた。「任務完了」

ぎこちなく梯子を上ってくる足音を聞き、向き直ると晴れ晴れとした表情のエンラック・グロフがいた。「見事だったぞ!」トリル人ががなった。「実に無駄のない操縦だったな、大尉。少佐のトラクタービーム操作も天晴れだった」

デルタ人がしかめ面で言う。「あんな貨物回収程度、生まれたばかりの私の妹だってやってのけたでしょうよ」

「その赤ん坊でもできる一歩をまずは踏み出さねばな」グロフが言う。「大きな一歩を踏みさせてもらえるまでは」

トリル人はサムをちらりと見ると、梯子を降りていった。彼のもの言いには、サムが逃げだしたい思いを踏みとどまるのが如何に困難かと思わせる何かがあった。その時が来たとき、果たしてメンバーの何人が反応できるのか予想するのも困難だと思う。逃げるにせよ死ぬにせよ、その瞬間だけは慎重に選ばなければなるまい。もしグロフが抵抗すれば、彼のことは自分たちで処置することを強いられるだろう。

また別の足音がして、ジョレッシュがハッチの天辺越しにweb-earedな頭を小突いた。「創設者が、今回の成果に非常にお喜びだということを伝えたくてね」ボルタが言う。「あと2回もテスト航行を重ねれば、諸君らは晴れて自由で歴史を成すことだろう」

“誰の歴史だ?”サムは思った。“誰がその歴史を書き上げるのだ?”


ジャンリュック・ピカードは、狭く天井も低いトンネルで実体化した。ここは天然の要塞の中にある兵舎の亜空間リレーステーションに繋がっている。ラサーナが体を屈めておくよう言ってくれてよかった。さもなければ彼の頭はコンクリートの天井の中で実体化したことだろう。

状況によっては、黒服のゲリラ兵が<平和の発光体>号の転送室で護衛についただろうが、最初の強襲部隊のメンバーは、ピカード自身とラサーナ、ベイジョー人に変装した若いクルー2名だった。

ピカードと他のクルーたちは重度の麻痺にセットされたフェイザーで武装した。本来は順当に入り込み、警告を発し、敵に発見されることなく逃げたいところだったが。

ラサーナの武器はアイソリニアロッドだけだった。屈んだ姿勢で、彼女は自分についてこいと無言で促し、薄暗い入り口への湿っぽいトンネルを自ら足早に下っていった。

不意に嫌な予感がして、ピカードは顎をしゃくって部下に彼女についていかせた。その間自分は殿(しんがり)をつとめている。このトンネルは悪天候時に他の建物へ移動するために造られたものだが、今は崩落して使い物にはなりそうもない。ラサーナによれば、ここなら小部隊が転送されても検知されるようなセンサーはないとのことだが、ピカードにとっては閉所恐怖症のような不快感を感じるところだ。ラサーナから、ステーション制圧の詳細を聞かされていないため、ピカードとしては彼女を信じるしかない。カーデシア人、しかも反体制派のものを信じるなどとは、そう容易なことではなかった。

ピカードは、彼の信用する別のカーデシア人に思いを馳せた。ジョレット・ダル、カーデシア軍に浸入していた連邦スパイだ。ダルはシトー・ジャクサ少尉と共にシャトルで姿を消した。今のピカードのチームと同じ目的――カーデシア領域内偵任務を遂行中に。ダルは見つかってしまったのか?それとも彼もまた二重スパイだったのか?彼らは決して知らない。シトー少尉を失うとは何という悲劇だろう。ピカードがまた思い出していた。人員を危険に晒すことは彼が一番好まぬ指揮官の一面だった。特にシトー・ジャクサをして賭けに負けたときなどは。

しばらくして、ラサーナと2人の部下が一緒にいる無垢の金属製ドアの前に到着した。カード式の入所システムに悪戦苦闘して、ラサーナはベルトから数枚のカーデシア保安カードを取り出しては、熱心にカードスロットへ差し込み、効果のあるものを探していた。

「奴ら、そうマメにコードを変えたりしないわ」彼女がつぶやく。「結局のところ、近くに居る人員って言っても大陸ひとつ跨ぐんだから、こんなとこまでわざわざ来やしないわよ」

彼女がドアと奮闘している間、ピカードは自分のクロノメーターをチェックした。もし開錠に長くかかってしまえば船はその分遠ざかり、転送可能域を超えてしまうかもしれないと憂慮した。そうなれば船は通り過ぎたところを戻るはめになり、その行為は疑念の元となるだろう。

ピカードがラサーナに急げと言おうとしたその時、ドアの上のライトが白に変わり、ドアロックからカチっという音が聞こえた。ラサーナがドアを押し開けると、錆びついたヒンジがギィーと鳴った。一行はコソコソと金属階段を昇った。

再び動くと、ピカードは自信が出てきた。階段の天辺にあるドアを開けたとき、ラサーナは倒れこみながら突入し、そしてピカードが彼女の後ろに陣取って自身のベイジョー製ハンドフェイザーのレベルはactionになっていた。内部は電子部品やコンピューターステーション、チーチーと一定の音を立てている亜空間交信波の音で一杯で、ピカードたちはそんな壕の中を這うように進んでいった。唯一の窓は壁に開いた細いスリットにすぎず、外の地上にある巨大なパラボラアンテナの一部が垣間見られるだけだった。時刻は夜だったが、外は真昼のように明るかった。

この壕の中には誰もいないようで、ピカードはホッとすると同時に不安も感じていた。前の時と同様に、コトがすんなり行きすぎているのだ。部下の1人にドアの傍を離れるなとジェスチャーすると、彼女はそれに従い、上の踊り場に横ばいになった。もう1人の士官の方はピカードとラサーナに同行し、2人と同様に棚や箱や電子部品の列を這い抜けた。

突然、亜空間通信のコール音が聞こえたかと思うと、3人全員が腹から落ち、うつ伏せになったとのとカーデシア人の衛兵が外のドアから入ってきたのは時を同じくしていた。2人の衛兵は、ドア近くのコンソールの表示をチェックしながら冗談を言い合っているようだ。ピカードは、ラサーナが胸の間から長くカーブしたナイフを出して、震える手で構えるのが見えた。彼は素早く彼女の足を叩き、彼女の注意を引くと力強く彼の頭を振り、そしてフェイザーを握った。心では彼女が自分の意図をくんでくれることを祈っていた。ラサーナは漆黒の瞳に殺人的欲求を湛えていた。それはピカードが前にもカーデシア人にみたことのあるものだった。いくぶんがっかりしたように、彼女はピカードに頷いてみせた。

一瞬後に、ピカードは自分の脚がつつかれるのを感じ、背後の若い部下を見やった。彼に至急銃を構えるよう促すためである。艦長は、部屋の向こうで歩きながら何食わぬ顔で計器類をチェックしながら歩いているカーデシア人のひとりの方へ向き直った。彼が近づいてくる。

瞬間、機器類の山の陰に隠れたが、カーデシア人が彼らのいる通路の方へ降りてこないとは言えない。そしてまた、衛兵たちの勤務時間がどれくらいでこの壕に居つづけるのか知る由もない。時間は刻一刻となくなっていく。

双方の仲間がピカードを見据えて決断を待っている。そしてピカードは決断した。フェイザーを構え、部下に指示し、巡回中のカーデシア人に照準した。そして彼は自分に照準し、メインコンソールにいる遠くの方の衛兵に向けて動いた。その男が計器のパネルにアイソリニアロッドを挿入しようとしているのを見たとき、一刻の猶予もないという感覚がピカードを包んだ。

彼が飛び上がると、仲間たちも同じようにしているのがわかった。ピカードは素早く動いたが、ミスなく狙いを定めることには注意して赤いビームを放った。その光は部屋を横切り、標的の背中を打ち抜いた。そのカーデシア人は、うめき声を上げてコンソールに倒れこみ、意識を失った。

ピカードは、足を引きずりながら倒れこむ音を聞き、振り向くと部下の方は標的をしとめ損ねたことが分かった。2人目のカーデシア人は通路を這い降り、出口へと突進した。そしてピカードの右に動きのflashがまたあった。

自分の安全は全く顧みず、ラサーナはコンピューターコンソールを飛び越え、逃げようとしている衛兵に飛び掛った。ラサーナが衛兵ののどを掻っ切ろうとしているのをピカードは恐ろしく眺めた。衛兵の体は力なく床に崩れ落ちた。命の欠片が急速に流れ出ていくかのようなのにも関わらず、彼女は衛兵の体をゆすり続けていた。

「もうよせ!」ピカードが彼女の腕をとって制止した。

「警報を鳴らそうとしていたのよ」彼女が言い訳のように言った。

「そうかもしれん」ピカードが不満げにつぶやいた。彼女の性急な行動に失望しつつも、依然ピカードにはラサーナが必要で、彼は言いたいことの残りを飲み込んだ。

「申し訳ありません、艦長」撃ち損じた部下が言った。その若者は心底悔しがっているようだ。

「遺体を始末しておけ」ピカードが言い、部下のフェイザーを取り、設定を気化にした。部下は頷き、気の重い仕事に向かった。

ラサーナは既にメインコンソールに着いていた。彼女は、意識不明の衛兵をつかむと体を床に投げ落とし、彼に取って代わって椅子に座った。ピカードは彼女の肩越しにそろそろと除きこむと、見慣れない表示を読んでみた。

「解読できるのか?」彼が訪ねる。

「ええ、間違いなくね」ラサーナは皮肉な視線を投げると、彼女の落ち窪んだ目に、ピカードは初めて狂気をみた。

「ここから全ステーション、全セキュリティグリッドを制御できるわ。惑星全体を握ったようなものよ!」自身たっぷりの指さばきでラサーナが計器を動かしている。「ここへ入るのにどれくらい時間をかけたかわかってるか?」

自らの怒気と短気を抑えながら「ワープ船にメッセージを」ピカードは彼女を促した。

彼女はコンソールからロッドを抜き、村のリーダーからもらったものと差し替えた。「これで割り込みコードにアクセスできるようになるはずよ。ほらできた。奴らが基地に戻るような警報を送りたいんだったわね?」

「そうだ」ピカードは息をついて、ラサーナがこの機会を間違ったことをするチャンスと思い始めていないか心配した。

彼女がコマンドを入力すると、全員が飛び上がるような緊急音が鳴り響き、ピカードは非難がましく明滅する通信パネルを眺めた。ラサーナは満面の笑みで操作を続け、ついにはピカードがパネルをたたき音を止めた。すぐにパネルからはカーデシア人のがなり声で溢れ、再度ピカードがそれを黙らせるためにパネルをたたくことになった。

「急げ」彼が言った。

「あなたの目的は果たしたでしょ。私はこのチャンスにできるだけ新しいコードを手に入れなくちゃ。このロッドが一杯になるほどね」彼女が言った。

床でのびていた男が唸り声を上げたので、ピカードはフェイザーをより強い麻痺にセットし、直射で彼を撃ちぬいた。その直後、壕の外から足音が聞こえ、ピカードはもう去るべき時だと思った。

彼は辺りを見回し、その場の様子を見て取るとコムバッジを叩いていった。「<平和の発光体>号、5秒後、6名転送」

「了解」

ピカードは、トンネルの傍に陣取っていた部下に身振りで合図すると、彼女はキビキビと行動した。外の足音や話し声はどんどん増え、加えて通信パネルが再び音を立て始めた。「もう行くべきだ」ピカードがラサーナに言う。

「もうちょっと」一声がなると、彼女の指が猛烈な勢いで動いていた。

ピカードは彼女の大事なアイソリニアロッドをつかんでスロットから引き抜いた。スクリーンが消え、怒ったラサーナが叫びながら飛び上がってナイフを上段から振り下ろしてきたが、ピカードは腹部をフェイザーで撃った。麻痺させられ、床に倒れこんだところをピカードが体をささえ、それと同時に彼らの分子は飛び交う蛍の群へと変わった。一瞬後カーデシア人がなだれ込んできたときには、そこには誰もいなかった。

ピカード艦長と、ベイジョー人に扮した2人の地球人、それに意識不明のカーデシア人2人が<平和の発光体>号の転送パッド上に実体化した。ピカードはよろめきながら台を降り、ラサーナを床に横たえながら彼女のナイフとアイソリニアロッドをベルトにはめ込んだ。黒服姿の士官が素早く伏せたカーデシア人を取り囲んだ。負傷した方はもう死んでいるようだった。

「ラフォージ少佐、戦艦の状態は?」ピカードが性急に言った。

機関部長はニヤリとして「奴らは合図どおりに転送されましたよ、20秒前にね」

「軌道へ急げ」ピカードが命じる。「ローや上陸班の残りのクルーを出来るだけ早くここへ戻してもらいたい」

ピカードがラサーナを見下ろしている間に、ラフォージは転送コンソールを使ってその命令を実行した。「卓越した女性だ。時間さえあればきちんと礼を言いたいところだが。我々に協力してくれてよかったよ。彼女を惑星地表面へ戻してくれ」

「意識不明の状態でですか?」

「そうだ。我々にはさよならをいう時間もないからな」彼は生きたカーデシア人を遠くから見た。「私は捕虜をとるつもりなどなかったのだが、今は1人いる。宇宙艦隊が彼の尋問をしたいかもしれん」

「ですが艦長、」ラフォージが言った。「ここには拘束室はないんですよ?それに内部フォースフィールドもです」

ピカードは保安体制図に向き直った。「捕虜を船長室に入れろ。あそこはまだ使ってなかったからな。マットレス以外の装飾品は全て剥いでおけ。それと彼の脚に拘束具をつけろ。彼の扱いは丁重だったと思ってもらいたいが、ただよく見張っておけ」

「了解」全員が声を合わせて応えた。

「艦長、」ジョーディが言った。「もうじき転送範囲に入ります」

「上陸班に知らせて、手短に暇(いとま)を告げるようにと」


<タグ・ガーワル>での夕べはごく平穏なものだった。少なくともそんな夕べに感じられた。テスト航行は終了し、ほぼ全員が睡眠中だった。ブリッジは静かで、サム・ラベルがただ1人勤務中だった。彼が勤務しなければならない理由が殊更あったわけではない。船は停泊中で、ドミニオン勢力の保護下にいるからだ。仲間とは少々離れているが、chosen oneに危害が降りかかることはまずない。

それも明日任務に出発するまでのことかもしれない。サムが眠る気になれず、シフトが済んでも足繁くブリッジに顔を出し長く留まるのもそれが原因かもしれない。表向きの任務については何も心配していないが、問題は表向きでない方だ。彼はクルーに脱走を試みると約束している。それは戦争捕虜としての義務だ。だが彼に見事成功させられるだろうか?全く無駄な行為となりかねないことにクルー全員の命を危険にさらすどんな権利が彼にあるというのか?一応はこの地獄でとりあえず生きていられる立場だというのに。

命の安全をとるか名誉をとるか――難しい選択だ。

梯子に重い足音を聞いて驚いたが、振り向かずともサムにはそれがグロフであることは分かっていた。大柄のトリル人は、段をドシドシと歩くとサムに向かってきて、戦術ステーションにドサリと腰掛けた。

「眠れないのか?」サムが訪ねる。

グロフがしかめ面で言った。「ああ、眠れるわけないだろう。隣の部屋の大声のお陰でな。あのデルタ人のやつめ、一晩中起きててお友達のエンリクとお楽しみだ」

「まあ、ほっといてやれよ」サムが腰に手をやって答えた。「デルタ人にとって、セックスってのは宗教的意味合いもあるしな。それにアンタもそれが気になるほど若くもないだろう…、いつ死んでも不思議じゃない身だしな?」

「死んでたまるか」グロフが歯をくいしばりながらつぶやいた。「ドミニオンの連中、この船でも部屋は男女別にしときゃいいものを」

「連中もなんでもかんでも構ってる暇はないんだろうさ」サムがはにかんだ笑い顔で言った。「それにもし我々が生き延びることができれば、そりゃ奇跡ってもんだ」

「いい加減そういう言い方は止してくれんか。危険ではあるが、この任務を成功裏に完遂できないという理由もないんだぞ」

いや、完遂できないんだよ。サムは思ったが、グロフにその理由は言わなかった。そして話題を変えるべきときだ。「ところで任務の目的地のことを教えてくれ。“タレクの瞳”のことを」

グロフが肩をすくめてみせた。「アレはカーデシア領域にあるブラックホールの中では最小のものだ。そしてまた最古でもある」

「爆発した恒星ではないんだな?」

「違う」グロフが答える。「タレクの瞳は宇宙形成のころからある。少なくともカーデシアの伝説によればな。そして宇宙学でもそれは否定していない。爆発した恒星へ行こうとすれば、重力が大きすぎてこの任務には適さない。ほら、典型的なブラックホールってのは、爆発前の恒星と同じ質量をもつからな。タレクの瞳みたいな小さなものだろうと銀河の中心にある化け物みたいな巨大なものだろうと、その起源なんて推し量るしかない状態だ。

「宇宙を造った至高の種族だっていう連中がいるな」サムが言った。「我々呼ぶところの神だ。ところでアンタが人工ワームホールを建造するのを嫌悪する連中もいる。アンタ、神になったつもりになってないか?」

「そのとおりだ」グロフは誇らしげにいう。「だが、今は神にでもならにゃならんときなんだ。時空が歪んでいることを発見したとき、それ自身が逆に歪むポイントを発見することが重要だった。神の失敗というのは、ワームホールを不安定にしてしまったことだ。ベイジョー人は預言者を神とみなしているが、その訳は単純、彼らが安定なワームホールを造ったからさ。想像してみろ、銀河中を繋ぐ安定なワームホールを何百と造った後、ワシがどんな神になるかをな」

サムは、ただ驚いて首を振った「この仕事をするにはアンタぐらいエゴを抱えてないとだめなんだろうね」

「誉め言葉と取っておくよ」グロフが勝手なことを言った。

大尉は欠伸をひとつするとブリッジ後方の寝室を指して言った。「もし下へ戻る気がないんなら上の寝室使っていいぜ」

グロフは本来禁止されていることにしかめ面をしつつも最後には受けた。「ありがとよ」

トリル人のbearは起立して服を脱ぎ捨てると振り返って言った。「なあ、ラベル、この任務の成否は全くのところお前さん次第だ。リーダーはお前さんだ。もし邪魔をするとか、バカな真似をするようなら、ワシら全員お前さんと一緒に奈落の底なんだからな」

「俺にプレッシャーかけるのはよしてくれよ」サムがつぶやいた。

「ワシはただ、この任務にどれだけのものが乗ってるのかお前さんにわかってほしくてな。対等な関係は――」

「対等?」サムは噴出してしまった。「俺たちは奴隷だぜ、グロフ。俺たちの誰かが、いつかジェムハダーやボルタの地位に昇りたいと熱望してみたところでな。ああ、言わなくていい。成りたい種族はただひとつだよな――創設者か。残りはみんな部下にすぎないよな。アンタが神になりたがっても、やつらはアンタを虫けらのように踏み潰すだけさ。この辺りじゃ、創設者こそが神なんだからな」

グロフが口を開いて反論しようとしたが、飛び上がってサムとすれ違うことでやり過ごした。いかついトリル人と同じくらい大きく足を踏み鳴らすと、サムは梯子を降りていった。


船長室の外の通路で、ロー・ラレンは不機嫌に唇を硬く結んでいた。隔壁の中で捕虜たちが壁を蹴っている音が聞こえる。手足を束縛されていてなお、ボートの底の魚のごとく辺りを叩きまわっていた。ローには理解不能だった。なぜピカード艦長があのカーデシア人を船で一番の船室をあてがったのか。例えいい印象をもたせたいのだとしても、明らかに正気の沙汰とは思えない。

艦長が彼女のそばに立ち、口が堅く閉ざされていた。彼は背後に立つ4人の武装した士官に目配せして言った。「フェイザーを麻痺最大にセット」

「四六時中麻痺させておくという訳にもいきませんよ」ローが言う。

「わかっている。他に意見があるなら聞こう」

「エアロックから放り出すべきです」

艦長がしかめ面で言う。「それはあり得ん。彼を尋問できれば、役に立つ情報が得られるかもしれんのだからな」

「可能性というなら、彼は人工ワームホールのことを何一つ知らないということもあり得ます」ローが言う。「彼のような中間階級の者は特にね。カーデシア人は機密保持に優れています。仲間同士ですらね。彼をバッドランドまで連れて行けば任務の成否を危うくしかねません。バッドランドはすぐそこですよ」

「それでもだよ、船長」ピカードが断固として言った。「対話というのは常に試してみる価値はある」コムバッジを叩いていう「ゴッチから船長室。少し静かにして私の言うことを聞いてくれ。諸君らは客人だ。我々は諸君らを故郷へ送り帰したい」

だが獰猛な物音は止むことなく、それどころか音はドアの真ん中からするようになってきた。こんな風にひとり取り残されたらどこかおかしくなっちゃったのかもね、とローは思った。

ピカードは手を貸しに集まったクルーを一瞥すると、一番屈強そうな士官2人を選ぶと、「そこの2人、彼を取り押さえるぞ。私の両側に立て。武器は他のものに預けておけ。残りの者はフェイザーの準備を」

ピカードがドアへ近寄ると、ローは自分のベイジョー製フェイザーライフルを取った。無腰の士官2人が言われた位置についた後、壁に触ろうと隔壁越しに長い腕を取ると、船室のドアを開けた。

ドアがスライドして開くやいなや、カーデシア人がピカードに頭突きをかましてきたが、束縛のせいで隔壁に叩きつけられた。無駄な憤慨は、カーデシア人が飛び出し、両足が硬く結ばれ、両手は後手に縛られていた。両肩を落とすと、丸腰の護衛に突進し踵で殴り返してきた。デッキに延びていたときはそれほど大柄にも見えなかったが、今はコブラのように盛り上がった筋肉のある細い首のせいで凄い巨体に見える。

「降伏しろ!」ピカードがよろめきつつ立ち上がりながら命じた。

「くたばれ!」カーデシア人が金きり声を上げた。彼は頭を落とし艦長に突進してきた。

ローは艦長を護るためライフルを構えたが、ピカードは素早くそのタックルから身をかわすと同時に膝蹴りを放っていた。その蹴りはカーデシア人の鼻をとらえ、床で撥ねるとピカードがほえた。そしてカーデシア人のズボンの尻をつかむと、デッキに頭から放った。取り押さえる必要はあった、だが血まみれのカーデシア人はピカードの膝に飛び込み、再度立ち上がろうとした。

「抵抗はやめろ!」ピカードが警告した。

「いやだ!」目玉が眼窩から飛び出し、そのカーデシア人は背中から落ちながらもピカードを蹴ろうとした。彼の怒声と唸り声の中、艦長のコムバッジが鳴った。

「もういい」ローに言った。「眠らせろ」

彼女がフェイザーを撃つと、赤いビームが暴れる捕虜の背中にあたり、意識不明の状態へと戻った。

「こちらゴッチ」

「艦長、ブリッジへお越し下さい」神経質な声が言った。「後方に敵船を検知しました。急速接近中!」


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