THE DOMINION WAR BOOK ONE

 BEHIND ENEMY LINES

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第6章

ローは、かつてカーデシア人の目が大きく開いたところなど見たことがなかった。というのも、彼らは眼窩の骨格そのものが細いからである。だが、ガル・ディトックの目は、ピカードの言葉を聞いて大きく見開いていた。<平和の発光体>号ブリッジの全員が恐怖を感じていた。ローは、本能的にスクリーン脇の宗教的文句に目をやっていた。「預言者の御手に自らをゆだねよ」なんとも今の状態にピッタリの言葉ではないか。

ガル・ディトックがコミュニケーターを叩いて怒鳴った。「転送しろ!直ちに!」

彼らの姿がきらきらとブリッジから消えると、ピカードは椅子に飛びつき、操作パネルを叩いた。ローは、次の瞬間にはもう終わりだと覚悟を決めた。

爆破を回避したとき、ローは目を開き辺りを見渡した。「もう10秒以上過ぎたわよね」

「気が変わってね。設定は30秒にしといたんだ」ピカードが認めた。「防御スクリーンも張ったから、奴らに転送されることもない。向こうと話した方がいいんじゃないか?」

ローが戦術士官に向けて言った。「ジェムハダー艦に呼びかけて。応じようが応じまいが、私の映像を送るのよ」スクリーンの前を闊歩しながら怒りの表情で言った。「こちら、<平和の発光体>号船長のロー・ラレン。伺いますが、これが中立のパートナーに対するドミニオンのやり方なんですか?!平和目的で来たというのに、積荷のジェジャベリーワインを盗んでいくわ、クルーを殴打するわ、違法な拿捕目的でこちらの船に照準を合わせているわ!」

量子魚雷が打ち込まれるかもと、ローは再び目を閉じた。それが起こらなかったことで、ローは先を続けた。「戦争中なのはわかっていますが、仕事をしないと食べていけないのでね。我々は修道会所属の商人で、ただ物品の貿易と布教活動がしたいだけなのです。我々は慎み深き者です。決してドミニオンを害することなどありません」

どれほど大それたウソをついているかは敢えて考えないようにし、この一方通行の会話について最大限の努力をした。ローがピカードをみると、彼は自爆シーケンスを一時停止させただけなのがわかった。残り時間は15秒。彼の指はいつでもシーケンスを再会できる構えをとっていた。

スクリーンには、2隻の戦艦が映っていた。からし色のゲイラー級戦艦と、青い船体のジェムハダー戦闘巡洋艦である。ローが戦術士官に言った。「交信終了」

「了解」

「武装の状態は?」

「いいえ、」戦術士官が答えた。「暗号通信をやり取りしているだけです」

ローがピカードを見ると、その笑顔に元気付けられた。「よくやった」

言ったことが全てウソでなければ、大声で叫びたいくらいだった。

戦術士官が驚きを隠せず言った。「連中から… 連中から文書が送られてきました。1通はこのセクターにおける航行許可証。もう1通は命令書で、本件吟味のために72時間以内にカーデシアプライムにくるようにといっています」

「反則切符を切られたか」幾分楽しげな声色でピカードが言った。

いぶかしげにその顔を見た。「切符?」

「テラン人の古い言い回しさ」ピカードが言った。「つまり、出頭令状を受け取ったということで、裁判や罰則は回避できたと。ありがたく了承すべきだろうな」

「了解」

2隻の巨大な戦艦がゆるやかに旋回して宇宙に消えるまで、ローは落ち着いて息もできなかった。数秒間、ブリッジクルー全員がきらきら光る宇宙の光景をただ見続けていた。やっと危機を脱したと確認するまで。

「今の船を、可能な限りセンサーで追跡しておいて」ローが言った。

「了解」オプス士官が答えた。

「完全に去ったと確認できるまで、農業植民星へのコースを維持して」ローが、喉カラカラといった風情で言った。

「了解」ピカードが答え、命令を実行した。「だが遅かれ早かれ、バッドランドへ向かわにゃならんぞ」

「わかってます」ローが厳然と答えた。「向こうへ着くまでどの程度かかるのか、正確に計算してみましょう。機会をみて、そちらへ」

「楽な機会だといいがな」ピカードが付け加えた。


嵐と重いメタンの雪を避けながら、データはごつごつした岩場でスキャナーをセットし数値を読み取っていた。磁気障害と放射線レベルの高さにも関わらず、氷の地表に鎮座した異星人のシャトルを破壊するには至らなかったようだ。少なくとも全壊はしていない。

船の周囲に、他の機器、艦船、探査機、生命反応といったものは一切認められなかったが、だからといって安全とは限らない。今あるポータブルの装置では、もしジェムハダーがクリール6号星の軌道上にいたとしても検知できないのだ。

データは、こらえ性がない方でも無分別な方でもない。その気になれば、確かに安全と思われるまで、何週間でもじっと待つことはできる。だが、遅れれば遅れるほど、シャトルのセンサーによる<平和の発光体>号発見の見込みが薄れることになる。彼自身の安全は問題ではない。ただし、彼が破壊されたり捕まったりしない限りだ。その場合彼の任務は遂行不能ということになる。

シャトルが無事かをまず確認すべきという必然性の前に、そういった諸々の配慮は無効となった。降りつける嵐の中、データは再び荷作りして岩山の坂を下り始めた。嵐はますます酷くなり、おまけに日の光も落ちてきた。データがシャトルまでの3kmを歩くうちに視界はどんどん悪くなり、データは辺りをスキャンするために、トリコーダーを自分に直結するはめになった。

シャトルから30mのところに、放射線反応の顕著なクレーターを発見し、ケースを設置してそこにかがみこんだ。これは先にデータが感じた爆発でできたものと思われ、ジェムハダーが彼のシャトルを攻撃して外れたものだろう。あるいは、データをいぶりだすための警告の意味だったのかもしれない。データは、フェイザー、トリコーダーをつかみ、光子手榴弾をつめた帯を肩から下げた。

あらゆる計器類が、ジェムハダーはデータ乃至シャトルの捜索を諦めて去ったと出ているにもかかわらず、信じきれずにトリコーダーと自分自身の内部センサーの双方を使い、スキャンを続行した。友人のジョーディがよく言っていたものだ。「話がうますぎるときは、多分ウソ」と。この場合も、信じるには都合がよすぎる。

データが秘密のパルスやエネルギー反応を走査していると、ある光源からの低い共鳴波を検知した。この霧深い闇のなかではありえない光である。それほど強い光ではなく、光子セルか光子レセプターの類と見えた。

モーション検知器だ。動くものに反応する。生命体のいない星では、単純かつ有効な警報装置だろう。データは、シャトルの前方数メートルを集中的にスキャンし、検知器の場所を特定した。ハッチの真ん前だ。この警報器は、データが戻ったらジェムハダーに知らせるものだろうか?それとももっと単純に、てっとり早くデータとシャトル双方をスクラップにするための爆弾の起爆装置だろうか?あと1歩近寄っていたら、おそらく検知されていただろう。

問題は近寄らずに接近することだ。アンドロイドは慎重に計算し、警報器まで17m離れており、かつそれが地表面にあることをつきとめた。数歩後ろにさがると、前に走り出し、20m分宙を跳んだ。

高く弧を描き、メタンの大気中を飛んでシャトルの屋根にドサっと着地した。じっとして、検知器に引っかかったかどうかを確かめたが、相変わらず低い作動音をさせているだけだった。地面に設置されていたために、シャトルの屋根の上は範囲外となり、シャトルの船体自体がデータの動きを隠してくれたのだ。

目下、爆弾の方が検知器よりもよほど問題なので、それを解除しなくてはならない。しかし、近寄りすぎると逆効果だ。予防策を考えたにも関わらず、結局直接素早くやるしかなかった。

シャトルの屋根を見回すと、ディフレクター盤が目に付いた。少なく見積もっても200キロ以上はあるだろう。データは両手でディフレクター盤をつかむと、まるでベニヤ板か何かのように固定具から引っ剥がした。地面上の検知器の場所を正確に計算すると、屋根の端に寄りかかり、その上からディフレクター盤を放り投げた。

バリバリと予想通りの音が響き、機器の作動音は止まった。

データは、自身とシャトルに問題がないことがわかったが、そのまま伏せフェイザーを抜くと、設定が麻痺になっていることを確認した。

実に素早かった。グレーの気密服を着た4人の人影がデータの眼下で実体化した。データは彼らに反撃の暇(いとま)を与えなかった。フェイザーを2回発射すると、2人の敵が倒れこんだ。敵が撃ち返してきたので、シャトルの屋根から飛び降りた。

データは伏せた状態でさらに2発撃った。宇宙服の人影は、データのフェイザービームで地面に倒れこんだ。ジェムハダーなら麻痺からはすぐ回復すると考え、データはプラズマ手榴弾を取り出して構え、ピンを抜く。それを即座に間近のジェムハダーの胸あたりに投げる。その間1秒とかかっていない。あまりの素早さにジェムハダーたちは誰も追随できず、データは全員に手榴弾を投げて遠のいた。それは、障害を取り除く手段としては、余りにも非情だとデータも自覚していた。だが戦争においては、その非情な手段が不可避なのも事実である。

暗闇に霧が渦を巻く中、倒れたジェムハダー兵たちがキラキラと輝き、惑星から転送収容された。ほどなく仕掛けた手榴弾4発がジェムハダー艦の転送室で爆発し、艦内は大混乱となるだろう。データはそれを0.5秒後と計算した。幸運にも、爆破の被害は船体まで及び、データが逃げるまで、追跡するどころではなくなった。

データは、装置を操作してシャトルのハッチを開き、後方に防御スクリーンを張った。計器類は消えていたが、データはシャトルのスイッチを入れ、スラスターに点火し、地表面からあっというまに飛び立った。ジェムハダーからの反撃が今もってないところをみると、データの作戦はうまくいったらしい。

数秒で通常スピード最大に達し、データはシャトルを惑星の反対側に向けた。敵のセンサーから逃れるためである。暗い水平線の向こうに消える前に、スキャンを行ったデータは、結果を満足げにログに記入した。ジェムハダー艦は今や高度を下げ、なお急速に降下中であると。あの大型艦が、大気圏再突入機能を備えているとは考えにくい。となれば、ジェムハダー艦は撃沈されたも同然ということだ。

敵大型艦を向こうにまわしての予期せぬ勝利だったが、余韻に浸る余裕はなかった。なぜならデータにはベイジョー輸送船を探すという任務があったからだ。シャトルは周回軌道を離れ、ワープに入った。後にはクリール6号星のアイボリー色の雲を引き裂く壮麗な大爆発があった。


ウィル・ライカーは、指揮官席の肘掛をギュッと握った。<エンタープライズ>は、ジェムハダー艦の魚雷で大きく揺さぶられていた。艦全体で大きな衝撃音が轟いた。

「防御スクリーン、30%に低下!」戦術コンソールのクレイクロフト少尉が叫んだ。

ライカーは計器を眺めて言った。「あとほんのしばらくだけ持ちこたえられれば... 一体艦隊はどこにいるんだ?!」それは反語表現と言ってもいいかもしれない。なぜなら、ライカーは返事など期待していなかったからだ。どうやら、ドミニオンはカーデシア境界一帯に艦を配置しているらしく、<エンタープライズ>追撃にまわっているのは2隻程度だった。その2隻程度ということが、逆に悩みの種でもあった。つまり、1隻と相打ちにでもなったら、残る1隻がデータか<平和の発光体>号を追うだろうからだ。今は彼らの心配をしている余裕はない。また魚雷の命中で艦がゆれ、防御スクリーンもさらに低下した。ライカーは、クレイクロフト少尉を一瞥すると、その蒼白な顔色に、知りたい情報は全て得たという気がした。

「残っているエネルギーは全て防御スクリーンに回せ」ライカーが歯を食いしばりながら命令を下す。それは危険なことだったが、敵に対する唯一の手段だったろう。そしてライカーは、それが最後の手段であることもわかっていた。ライカーは動けなくなる瞬間まで、<エンタープライズ>を失うつもりなどなかった。僚艦がそこまで来ている... どこかにきっと。

「副長!」クレイクロフト少尉があえぎながら言った。「<カーラ・ロムニー>と<シャランスキー>の両艦より呼びかけの応答がありました!2分以内に合流するとのことです」

ライカーは思わず安堵のため息をついた。「よし、ジェムハダーに呼びかけろ。降伏したいとな。操舵士、ワープ解除。通常エンジン最大」

「確認しますが、降伏ですか?」クレイクロフトが言った。

「そうだ。やつらの狙いは捕虜の獲得だからな。防御スクリーンそのまま、フェイザースタンバイ。操舵士、命令次第ですぐワープに入れるようにしておけ」ライカーは椅子に座りなおし、制服のシワを直した。彼は戦争開始以来、10キロは痩せている。xxxx 誰も彼が痩せたことに対して感謝する時間はなかった。

クレイクロフトは、レシーバーを注意深く聞き、ライカーに告げた。「シールドを下げろと言ってます」

「スクリーンへ」ライカーは、右の椅子に移りながら命じた。

首に白いチューブを繋げた強面のジェムハダーがスクリーンに現れると、ライカー一番の笑顔を作って答えた。

「私は、宇宙艦<エンタープライズ>副長、ウィリアム・ライカー中佐。我々は降伏する用意がある。だが、目下艦は非常用コンピューターバックアップシステムの制御下にあり、防御スクリーンをおろせない。その点については謝罪する。この問題は程なく解決できると考えており――」ライカーは計器表示を眺めて言った。「少々お待ちを」

「敵艦、フェイザー発射準備中!」クレイクロフトが警告した。

「フェイザー発射!」ライカーが吠えた。

ジェムハダー艦は一斉射撃を受けることとなった。直撃を受けた艦は激しく揺さぶられ、反撃の弾幕は数秒の遅れをとった。

「ワープ最大!」足で軽いステップを踏みつつ、ライカーが命じた。

操舵席の若いボリアン人士官が即座に応えた。エンタープライズが宇宙に消え去ったその後を、ジェムハダー艦の砲撃が鳴り響いていた。

ライカーは、これでジェムハダー艦の足止めをできたなどとは夢にも思っていない。命からがら逃げている。<カーラ・ロマニー>と<シャランスキー>が後をついてくるのは、最大望遠でも漆黒の闇の中の2つのしみのようにしか見えないのだ。

「針路反転、推力3分の1。ひとつ戻って成果のほどを確かめようじゃないか」ライカーが命じた。

周りの若いクルーから「了解」の言葉が上がり、ライカーの命令を実行していた。一瞬の後、鳥のようなエンタープライズの姿は、優雅な航行パターンをみせ、穏やかな星空に滑り出していった。

スクリーン上では静寂だが、ジェムハダー艦は<エンタープライズ>に空しく反撃の後、2隻のアキラ級宇宙船に不意打ちをくらっているはずだ。敵艦が攻撃を受け、宇宙のさざなみとなって散っただろう。

「間近の敵に光子魚雷ロック。4発だ」ライカーが命じた。

「ロック完了」クレイクロフト少尉が応えた。

「発射!」

ちょうど僚艦が追撃に現れたとき、動きのとれなくなっていた間近のジェムハダー艦に向け、エンタープライズが流星のような魚雷をお見舞いした。敵艦のつややかな船体がワープのために光を帯びていたが、それより早く魚雷が命中したため、回避は適わなかった。爆発が船体全体で起こったため、もう1隻のジェムハダー艦は首尾よくワープに入ることができた。

ライカーは、<カーラ・ロムニー>と<シャランスキー>が視界に戻ってきて、10発以上の魚雷を敵艦に向けて撃つのを満足げに見ていた。その弾幕は敵艦の防御スクリーンを突破し、船体に到達した。そして新星爆発を起こす恒星のように爆発を起こし、宇宙空間に残骸を撒き散らした。拿捕する暇(いとま)とてなく、そもそもジェムハダーが降伏したなどということは聞いたこともない。

敵艦撃破を喜ぶ間もなく、<カーラ・ロムニー>と<シャランスキー>はもう1隻のジェムハダー艦を追ってワープに入った。ライカーは、大きく息をついて椅子に倒れこんだ。「付近に他の艦影は?」

「いいえ、ありません。」クレイクロフトが、緊張した声で答えた。

ライカーが目をこすりながら言った。「トロイ中佐にブリッジ任務交代を知らせろ。第209宇宙基地へコースセット。次の任務に移る前に、マキの連中を降ろす」

「了解」

ライカーは指揮官席からさっと立ち上がると、まるでバーラウンジでの口論に巻き込まれたように感じた。彼は、データのシャトルやベイジョー船や逃げるジェムハダー艦を追いたかった。だが、一度にできることは限られていた。全ての用事が片付いてないにもかかわらず、まずすべきは休息であり、英気を養うことだった。

オッズは低かったが、今日はなんとか生き残れた。明日また同じように生き残らねば。ライカーは、友人たちもまた明日を生き延びてくれることを願うのみだった。


ピカード艦長は、腰まである黒い穀物が見渡す限り実った土ぼこりのまう畑に立っていた。雲ひとつない空や、葉の繁った地平線をみて、地球の農場にいると錯覚するほどだった。暖かいそよ風が顔をなでていき、カーデシア料理の油っぽい匂いがした。

こんなに自由を感じる時間を持てたのはいつ以来のことだったか、ピカードには思い出せもしないほどだった。商品の品定めをするしかめ面のカーデシア人に囲まれながらも、戦争がどこか遠くのことに感じられるような、平和そのものの農村だった。貿易商人に化けている行きがかり上立ち寄らざるを得なかっただけの土地だが、予期せぬ休暇となった。

ピカードはカーデシア人の村長と話すローを見やった。この男はひょろ長く、シンプルな茶色の服を着ている。当初彼らはよそよそしく懐疑的だったが、今はもう打ち解けて友好的だ。ここの農民たちは、ピカードが接してきた典型的カーデシア人とは全く違う。ひとつには、彼らは惑星に降りたときに使ったような、宇宙船や転送装置というものを持っていない。テトラルビソルという潤滑油に少々興味をもったぐらいだが、ベイジョーシルクはあるだけ全部欲しがった。彼らはまるでカーデシア人のもつ傲慢さが抜けきったかのように控えめな所作をとった。

ローは、農夫たちがシルクに見合う代価を払えないと知りつつ、値段を吹っかけてみた。彼らに払えるのは、せいぜい食事や宿の提供ということぐらいだろう。ピカードは、おそらくここの愛すべき住人たちは、外部からの訪問者は誰でも迎えていれてくれるのだろうと感じた。例えそれがベイジョー人であろうとも。また、彼らは取引の結論を急ぐ様子もない。

ピカードは、お客たるカーデシア人たちに愛想よくすべきとは知りつつ、調査任務のことが気になっていた。そもそもの目的は、人工ワームホールに関するローの話が真実かどうかを見極めることなのだ。一刻の遅れが致命傷になりかねない。ピカードは、窓もないフラードームの間に天幕を張っただけの青空市からぬけだした。ドームの方は、多目的なデザインになっていて、地球人でも不自由はなかった。ただし、近代的な設備がほとんどないということを除けばだが。ここまでくると、わざと原始的な状態を保っているようにも思える。

ピカードは、穀物畑の横を走る小道をぶらぶらと歩いていた。バザーの買い物客たちの耳に入らないところまできたと思い、通信バッジをたたいて言った。

「ゴッチより<平和の発光体>」ピカードが言った。

「こちらブリッジ」ジョーディ・ラフォージのうれしそうな声が返ってきた。「下の様子はどうです?」

「上々だ。ベイジョーシルクがほとんどはけたよ。ただその御代の方に関しちゃ、我らが船長がどうお考えなのか心もとないがね。実り豊かな土地だ」

「こっちのお友達のことがご心配でしたら、彼らはまだ近くをうろついてますよ。さぞ退屈してることでしょう」

ピカードは、努めて失望感を隠した。ゲイラー級の戦艦とジェムハダーの巡洋艦が単なる貿易船を見張るわけがない。それも場合によりけりだ。「状況に変化があれば逐次連絡を。以上だ」

通信を終えて振り返ったところに、道を歩いてきたカーデシア女性と鉢合わせすることになった。彼女ははじけるように後ずさり、肘にかけたバスケットを揺らした。ピカードをまるで強盗をみる目つきで見つめた。

「これは失礼。お怪我はありませんでしたか?」ピカードは慎重に言った。

「あなた何者?」責めるような口調で言った。

ピカードが弱弱しく空を見上げて言う。「私たちは商人なんです。この星に商売にきました。船が軌道上にいます」

「ベイジョー人が?」彼女が疑わしげに聞いた。

「そうですが、ベイジョー人にお会いになったことが?」ピカードが答えた。

「ええ、監獄でね」それで全てを語りつくしたかのように言い、ピカードを押しのけて小道を下っていった。

だが、今度はピカードの方が興味をそそられ、その女性についていった。「マダム、何かお役に立つものを差し上げられるといいのですが」

「差し上げるですって?」その女性は、労いの言葉などかけられたことは初めてだと言わんばかりの目でピカードを見た。ピカードもまたそうなのだろうと思い、悲しい思いを味わった。この女性の鮮やかなグリーンの瞳に見える不幸な境遇に対しては、アルファ宇宙域中のラチナム全部をもってしても償いきれまい。

「奴らに言われて来たの?」

「奴ら?」

「とぼけないで。ここがどういう星か知らないとでも言うの?」

「いや、この星のことは本当によく知らないのです」ピカードは女性の言葉を肯定した。「ちょっと前まで、星図上の名前しか存じなかったんですよ」

彼女が鼻で笑って言う。「は!あんた達のご一行にはシャレのきついのがいるのね。この植民星の農場はね、教化センターよ。看守やフェンスはないけど、要するに強制収容所ってこと」

ピカードはまじめに頷いた。それならこの星に転送装置や近代設備がないことの説明がつく。「何の罪を犯したんです?」

「今やってることさ」女性はおどけて言った。「ヤバい相手にヤバいこと言ったのよ。言わずにいれなくてね」

「反体制派なんですね」そう言いながら、ピカードはよりによってまずい星を選んだものだと思った。ドミニオンの疑惑を晴らそうとしたのに、この星へきたことでより疑惑を深めてしまった。

「所詮無力で哀れな反体制派よ」女性がつぶやいた。「もう刑期は済んだけど、ここを出てはいけないの。遺伝的に改造されててね。この星で自分たちで育てた以外のものを食べたら、私たちは死ぬの」

「食べてみる?」彼女がピカードに黄色い果物を見せていった。

ピカードは首を振った。彼女と、仲間の政治犯を気の毒に思った。ドクター・クラッシャーなら、その遺伝的改造を元に戻せると言ってやりたかったが、ビバリーは同行していない。ピカードは、ローと交わした会話を思い出していた。捕虜を救うことまではできない。とにかく連邦を救うのだ。それすらも成功すれば僥倖なのだ。この星は、カーデシア人が非武装地帯内に入植を試みた土地であることは疑いがない。そして連邦もそれを容認した。一見牧歌的なこの酪農星が、忘れられたカーデシア人すなわち彼女の同胞の犠牲者捕虜収容所なのだ。

「どれくらいここに?」ピカードが聞いてみた。

彼女が流し目視線を送って言う。「あなた、本当にスパイじゃないの?」

「違いますよ」ピカードはウソをいいつつ、彼女はどちらの味方ならいいと思っているのかと訝った。「逆にあなたがスパイでないという保証は?」

「ないわね。でも私にぶつかってきたのはあなただし、ここじゃあなたの方がよそ者よ。それプラス、この星を自由に出て行けるのもここにいる者の中じゃあなただけだわね」

「自由ならいいんですがね、」ピカードがつぶやいた。「軌道上には戦艦が2隻いて、私たちは見張られる身です」

彼女は微笑んで「わたしたちなんか全員が見張られる身よ。xxx。やましいことがないなら、なぜカーデシア人に見張られるのが問題なの?」

「私はゴッチと申します」ピカードが彼女の皮肉に答えて言った。彼女は目を細め、この平凡なニックネームに対する反応なんだろうと思った。

「私はラサーナ」そう言うと、彼女はもう何も言う気はないと言いたげにバザーのある方向へぶらぶらと歩き出した。「もしその戦艦から逃げられたら、次はどこへ行くの?」

ピカードは慎重になるべきとわかってはいた。だがこれは状況確認任務だ。ささいと思われることでも情報は見逃すわけにいかない。とくにそれが反体制派のカーデシア人からといえばなおさらだ。それに、ピカードは人物の見極めは得意としており、その彼は彼女を味方と判断した。

そう言いながらも答えるときには警戒しながら言った。「カーデシア領域に来るなんて、もう二度とできないかもしれませんからね。二度と見られない有名で重要な見所を訪ねたいと思いますよ」

「ふーん。ここら辺じゃ、バッドランドっていうザラにはない領域があるわよ」

「ええ、そこにも是非行かなきゃいけませんね」ピカードが眼鏡違いじゃありませんようにと願いつつ彼女を注視した。

「でも見張ってる船が黙って行かせるわけないわね。他の任務で呼ばれでもしない限り」

「そうですね。それだと一番なんですがね、呼ばれて去っていくというのが」ピカードは、畑をぼうっと見ながら言った。

彼女の顔見知りが何人か通り過ぎる間、手にある果物をずっとピカードに差し出していて、今度はピカードもその果物を手に取った。「この星にあるのは、何も農場だけというわけじゃないのよ」ラサーナがそっと囁く。「南の大陸にはね、亜空間通信中継基地があるの。そこからなら、見張りの船に偽の警報を送って基地に引き返させられるかも。すぐばれるだろうけど、逃げる時間くらい稼げるんじゃない?」

思考に没頭する間、ずっと手の中の果物を見つめていたピカードは、最後にラサーナが自分をみて微笑んだのを見た。「大丈夫。食べても平気よ」

ピカードは、もうラサーナを信じると決めたのだと思いながらうなずいて見せた。感謝の笑顔を見せ、ピカードは果物をほお張った。「ここを離れられないというのは本当なのですか?」

「ええ、私たちの体は生きるのに必要な栄養素を自分で作り出せなくされてるの。そしてその栄養素が採れる食べ物は、この星でしか実らない作物なのよ。うまいやり方よね。警備なんかほとんどいらず、この星に囚人を閉じ込めておけるんだから。でも当局には便利なのよ。非武装状態の職民星を見たいという部外者の見世物にできるからね」

ピカードは、カーデシア人こそがこの拷問や投獄の仕切り人なのだと教えたかった。xxx だが、この女性はとっくに知っているようだった。

「ご助力、忘れませんよ」ピカードは請合った。

「あら、ご助力はまだまだ続くわよ」ラサーナが言った。


ロー・ラレンは、信じられないと言った様子でピカードを見ていた。「ここの住人の一人を船に乗せて、我々の目的を教え、亜空間通信中継器を奪う手伝いをしてもらうと?」

「いや、奪う必要はない。単に監視の船に通信を送れればいいんだ。偽の警報をな。その中継器から十分届く範囲に船はいるし、我々がここを逃げる時間を稼げる」

ローは大げさに首を横に振ったが、声は落ち着いたままで言った。「艦長の言うことは事実でしょう。ここの住人が反体制者だということについては。ですが、それはここの住人が信用に値するかということとは別です。中に政府の監視人が紛れ込んでるに違いありませんし、半ば狂ってしまってる者だっています。その女が単にこの星を脱出したいだけ、あるいはこの船の乗っ取りが目的だったらどうするんです?」

「彼女はこの星を離れられん身なのだ」ピカードが言った。「それよりも、2隻の戦艦が星系の端に居座って我々を監視してる。そいつらを追っ払うもっといい手があるというのなら聞かせてくれるか」

ローはピカードを睨みつけたが、他にいい手がないことは明白だった。ピカードがさらに押して言う。「我々は三日以内にカーデシア・プライムに行けと言われている。だが行けばカーデシアの収容所に入れられてしまうだろう。奴らにすれば、我々がきびすを返してベイジョーに戻って終わりだと思っているだろう。だがそれは断じてできん。xxxx」

ローは歩きすぎざま、カーデシア人グループに低調にお辞儀をし、その脚でバザーから離れていった。「ここにいるのは、どういったレジスタンスなんです?」ローがピカードに訊く。

「ラサーナによれば、xxxx」

「失敗したときのプランも用意しておくべきですね」ローが呟いた。「いつ行きます?」

「見張りの目をそらすために、君や他の者はここにおいていこうと思う。君は、積荷の果物が満載のようだし、我々の転送装置を使えば1時間以内には行って戻れるだろうとラサーナは言ってる。だから船を軌道から外す必要もないぞ」

ピカードは、サーモンピンクから鮮やかなオレンジ色に変わっていく空を見上げて言った。「南の大陸はもう真っ暗だろうな」

ローが応える前に、村のリーダー格の男が訝しげな顔をしながらローたちの方に歩み寄ってきた。「浮かない顔だな。何か問題でも?」痩せて長身のカーデシア人が尋ねる。

「別に何も」ローが作り笑いをして答えた。「部下のこの男が、シルクと交換したものが気に食わないと言ってましてね。説き伏せたところなんです」

「ただの野菜だけってのはどうもね」愛想笑いをしながらピカードが言った。「とにかく、私は船に戻って積荷の収容準備をしますよ」

「ではこれを収めてくれ。勉強してくれた礼に心ばかりの贈り物だ」カーデシア人が言った。

男が差し出した小さな巻物をピカードが丁重に受け取った。

てっきり紙だと思ったものが、実は固いものだとわかってピカードはその品物をしっかり掴んだ。それは紙に巻かれた筒状の物だった。ピカードがカーデシア人の顔を一瞥すると、中身については何も聞かず、黙って受け取れと言いたげな表情だった。

「ありがとう」ピカードはまじめに言って、コムバッジをたたいた。「一名転送」

数瞬の後、ピカードは<平和の発光体>号の、小さいが厳かな転送室で実体化した。制御席にはラフォージがついていた。その鼻には皺、耳にはイヤリングを揺らした派手な格好をしており、目のインプラントを隠すためのパイロットゴーグルをつけていた。

「艦長、」ジョーディが言った。「他には誰か?」

「あと一人いる」ピカードが転送台から飛び降りながら言った。「だがその前に、このプレゼントの解析を頼みたい」

ピカードが注意深く紙を剥がすと、先っぽにラベルが貼られたマゼンダの縞模様のcopper色の棒が出てきた。

「ふーむ、」機関部長がうなる。「アイソリニアロッドじゃないですか、カーデシア仕様の。何用のものなんです?」

「じきにわかるだろう」ピカードは、転送台につくと用意していた座標をコンピューターに入力した「この座標から1名転送」

「了解」ラフォージが手順どおり操作すると、光の柱の中にもうひとつの人影が実体化し始めた。到着したものが何かはっきりするにしたがい、ゴーグルの上からですらラフォージの瞳が見開かれたことがよくわかった。

転送台から飛び降りたラサーナは、周りの過多な装飾を一瞥した。「また宇宙にこれるなんてね... しかもベイジョー船に」

「残念だが、船を案内してる暇はないんだ」ピカードが言う。「用意はいいか?」

ラサーナがピカードの手の中のものを指して言った。「あら、アイソリニアロッドじゃない。それ、役に立つわよ」

ピカードは再び嫌な予感にとらわれた。任務そのものを台無しにするような予感である。ラサーナについて見込み違いをしているとしたら、もし彼女の思い込みにすぎなかったら、チームを監獄という破滅に導くだけである。自分自身を納得させるために、聞かずにはいられなかった。「君の目的は何だ?」

「私が裏切り者かという意味なら違うわ。ドミニオンは私たちが恐れていたものそのものよ。カーデシア軍の上層部が、ドミニオンを味方につけて誇らしげな顔をしてる間に、裏ではカーデシア市民を虐待してる。テラン人の言葉じゃなかったかしら?『絶対的な権力は、絶対に腐敗する』って。絶対的な軍事力が、カーデシアを脆弱に、野卑にしている。ドミニオン傘下に与する誘惑に抗えないようにね。それが私があなたに味方する理由の全てよ。私はあなたの正体が何でも関係ない」

ピカードはラフォージに視線を移すと、既知の2人は肩をすくめ合ってみせた。賭けに出るのは何もこれが初めてではない。

「ジョーディはここにいてくれ。熟練の転送オペレーターが必要になるだろうからな」ピカードが言った。


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