1.マイグレーション現象とは
電子部品を長時間使用していると故障を起こす。この故障の一つに絶縁不良がある。絶縁不良を起こした原因を追究していくと、配線や電極として使用した金属が絶縁物の上を移動し(マイグレーション現象)、電極間の絶縁抵抗値が低下した為に生じた故障がある。故障の最終的な姿は短絡であり、システムの破壊を伴うことがある。
1.1 マイグレーションの定義
マイグレーションとは電界の影響で金属成分が非金属媒体の上や中を横切って移動する現象である。この現象では、移動の前後で金属成分は金属状態であり導電性を示す。この意味に於いては、金属の腐食(酸化やハロゲン化など)によりシミがにじみ出た様に見える現象(腐食性生成物:corrosion_product)はマイグレーションとは呼ばない。しかし、腐食性生成物はその発生状況がマイグレーションと類似している(例えばデンドライト状)ため、しばしば混同されることがある。2つのマイグレーションの大きな違いは、電界の有無である。腐食性生成物は電界が無くても発生するが、マイグレーションは電界が無いと発生しない(1)。
1.2 エレクトロマイグレーションとイオンマイグレーション
マイグレーションも、移動現象の違いにより、さらに2つに分けることができる。一方は電子運動によって運ばれるエレクトロマイグレーション(electro_migration)であり、もう一方は電解現象によるイオンマイグレーション(ionic_migration)である。この2者の間には、次のような特徴がある。
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イオンマイグレーション | 低温(<100℃) | 小(<1mA/cm2) | 高いほど顕著 |
エレクトロマイグレーション | 高温(>150℃) | 大(>104mA/cm2) | ほとんど乾燥 |
さらに、イオンマイグレーションは目に見える水滴が存在する場合(Wet_migration:濡れた)と見えない場合(Humid_migration:湿った)に分類される。湿ったイオンマイグレーションの方がフィールドの条件に近く、イオンマイグレーションの発生には長時間(数100時間〜)を必要とするが、濡れたイオンマイグレーションは低電位(数V)でも短時間(数秒)で発生する。
イオンマイグレーションは過去にはいろいろな言葉で呼ばれていたが、日本では電気学会によりイオンマイグレーションとして定義されて用いられ、海外ではElectro_Chemical_Migrationが良く用いられている。、
1.3 イオンマイグレーションの種類
イオンマイグレーションは、その発生の場所や、見え方によりいくつかの種類がある。
(1) 樹状(dendrites)
絶縁物の表面を、陰極から陽極に向かって成長する。
(2) CAF(Conductive Anodic Filaments)
絶縁物中に繊維などが含まれる場合、その繊維に沿って陽極から陰極に向かって成長す る。
(3) 橋状(bridges)
デンドライトやフィラメントが対向する電極に達すると、橋状となり、急激な絶縁抵抗 の低下が現れ始める。
(4) 雲状(clouds)
絶縁物の表面を、陽極から陰極に向かって、雲が広がるように進行する。イオンマイグ レーションの初期の段階で見られることもあるが、フェノール基板上の銀電極の場合で は、沢山のブリッジができるようになってから観察される。
また、フェノール基板のように吸湿しやすい基材の場合、樹脂の内部に移行生成物が入 り込み、層方向に雲状に成長する場合がある。
(5) 山状(hillocks)
導電電極が導電塗料の場合、導電電極内部での金属が移行し、その一部が山の様に盛り 上がることがある。山の内部は通常は空洞で、膨れ上がったものと思われる。
(6) 山崩れ状(landslides)
山状の状態が更に進むと、山が陰極に向かって雪崩が崩れたように導体金属が移行す る。このような現象はイオンマイグレーション以外のメカニズムであるとも考えられて いるが、まだ明らかではない。
(7) ひげ状(whiskers)
陽極または陽極付近で、ホイスカが試料表面から突き出ている場合がある。この現象も、 イオンマイグレーションによるものかどうかまだ明らかではない。
1.4 イオンマイグレーションのメカニズム
イオンマイグレーションは種々の金属で発生するが、電気的によく用いられる金属としては、銀、銅、錫、鉛、ニッケル、金、ハンダなどがよく知られている。このうち銀はイオンマイグレーションが最も発生しやすい。また、配線基板によく用いられる銅についてもイオンマイグレーションのメカニズムの研究がなされてきた。しかし、これらのメカニズムも、現象に関与する因子が多く、異なった考えもあり、完全に明らかとはされてはいない。
(1) 銀のイオンマイグレーションメカニズム
銀のイオンマイグレーション現象は1950年頃から知られていたが、発生のメカニズムを調べるために Kohman(2)らによって実験が行われた。銀の棒2本を電極としてその間に紙を置き、電極間隔 12.5 mm、電位差 45V、相対湿度 98%RH の条件下で6時間維持した。実験の結果、陰極より陽極側に向かって生長する銀のデンドライト結晶および陽極側から陰極に向かう二酸化銀(Ag2O)のコロイドが見られた。そして、このイオンマイグレーションの機構は次のように説明されている。
@Ag電極間の電位差と周囲雰囲気中から表面に吸着された水の存在により電離が起こる。
Ag → Ag+
H2O → H++OH−
AAg+とOH−は陽極側でAgOHを生成して析出する。
BAgOHは分解して陽極側で Ag2Oとなりコロイド状に分散する。
2AgOH ←→ Ag2O+H2O
Cこの後に水和反応により
Ag2O+H2O ←→ 2AgOH ←→ 2Ag++2OH−
の反応が進むと、Ag+ が陰極側に移動しAgのデンドライト状の析出が進む。
(2) 銅のイオンマイグレーション
銅のイオンマイグレーションも、銀と同様に、電界と水が存在すれば、陽極では
Cu+4H2O → Cu(OH)2+O2↑+3H2↑
の反応が起こり、陰極では
Cu(OH)2 → CuO↓+H2O
の反応が進み CuO のデンドライトが陰極側から陽極側に向かって成長する。
さらに、陰イオン X−n(例えば Cl−)が関与して、
Cu2O+2/nXn−+2H+ → CuX2/n+H2O+Cu
Cu+nX− → CuXn+ne−
CuXn → Cu+n+nX−
Cu+n+ne− → Cu
の反応が進み、金属 Cu が析出する(3)(4)。