構想

自然界に在る物の形、自然現象などで、自分が美しいと感じたことを写生する。
手で画いてみることで、最初に気づかなかったことが、見えるようになることもある。
マクロとミクロの世界の類似性にも注目する。
目に見えない世界を表現しようとする。
自分が感じた美の本質を探り、それを自分なりの表現へと持っていく。

日本工芸会が求める表現は、岡倉天心の「謝赫の六画の真法」をもとにしている。
「うるしのつや」(松田権六 日本経済新聞社)p39に謝赫の六法として
1気韻生動 2経営位置 3骨法用筆 4応物象形 5随類賦彩 6伝移模写
と載っている。  (詳しくは、本を見ること)

乾漆の場合、柔らかさと、ピリッとしたところがあることが、同時に求められる。
そこまでが個性の世界で、「6伝移模写」として、文様の場合は正倉院以降、形の場合は
平安朝(和様化)以降の作品を念頭に置いているようである。

増村先生の造形に関する話を書き出してみる。
  裏から見て、まず形を決める(この世の終わりをどうするか)・・・桃の形をよく見る。
  林檎の形を作ってみるなど、彫刻の勉強をしたほうがよい。
  植物の実の形や巻貝やウニなどをヒントによい線を見つける・・・
  そのままの形ではなく・・・・・自分なりのものと分かる形を・・・・・
 

◎形の上で約束事とされることを纏めてみる(基本的な考え方であり、絶対ではない)。
  甲・・・できるだけ大きく見えるようにする(痩せこんだ感じにしない)。
      中央付近を平らに近いようにする(少しだけ盛り上げる)
      肩にかけて、幾つかの直線で決め、その角の落とし方で、曲線を決める(横から見て)。
  肩・・・ピシッと締まっていること。
      ゆったりとした甲が引き締まるようにする。
      正座した武士のように威張った感じでなく、商人のようにへりくだった感じでもなく。
  腰・・・ドッシリとした安定感。それにともなって内も大きくなる。
  高台(畳擦れ)・・・腰からの線が水平になったぐらいのところに作る。
             2/3程を平らにし、残りは外へ向かって徐々に急になるようにする
              (滑らかに、擦り減る感じに変化させていく)
             ☆高台幅は品物の大きさに応じて変わる。
             ★利休形棗の地擦りが、爪先立っているとして、問題になっている(工芸会)。
  裏底・・・できるだけ大きく見える方が良い。
  立ち上がり・・・3mm(一分)の倍数のようである。 9mm,12mm,15mm
  塵居・・・隅に僅かに直線を持ってきて、締める。しかし、強すぎてはいけない。
  レリーフ表現・・・1〜2mmでも、漆を塗れば目立つ。

◎入り隅・・・作品は円に近いほうが大きく見える(円ではないようにすべきだが)。
  角数が少ないときは(六角など)辺の膨らみを少なくする。
  多いときは、それだけで円に近くなるから、多少入り隅が深くても気にならない。

「蒔絵 松田権六」(毎日新聞社 昭和四十八年)の「箴言録」より抜粋する。
  ◇今日科学は進んだといいながら 漆を溶かす薬はまだ出てこない
    この溶けないものを 剥げないように塗ればそれでいい
  ◇工芸美術において 作品の合目的性と材料適応性の規範は
    その実用と美の 内在的完全なる抱合統一を 可能ならしめ得るものである
  ◇品物から学ぶ この師匠は無言だが
    万言の言葉を尽くしたよりも もっと明白に 物をもって示してくれる
  ◇資材と技術とを渾然一体とし 本当に生かすものはデザイン(意匠または図案ともいい昔は好み
    ともいう)である 昔も今もデザイン力の巧拙如何により その人の制作に使われた
    資材や技術は活きたり死んだりしている
  ◇現象界の形や色やものの 特徴を把握することによって
    大自然の理を 学び取るのが写生である
  ◇いかに新しい内容をもっていても
    真に民族の伝統を 進展させていないものは 新しい作品とはいえない
  ◇長所を発見してこれを助長せしめ この長所に活を入れて
    全体に生命力を与えるための 具体的有効な案を提供するものでなければ
    批評とはいえない
  ◇後世において作品の価値は 純粋にその作品の良し悪しで決められ
    当時の売買価格や 制作状況などは考慮されない
  ☆242頁  後進の作品審査にあったて
          1この作品は、どういう考えのもとに作られ、どの点に苦心を払っているか
          2この作品は類型的なものかどうか、たとえ類型的であっても、
            その出来ばえはどの程度に価するものか
          3作品を大衆に紹介するに当たって、これは特にこの点が
            きわだってすぐれているといえるものを入賞とする
          特にすぐれた作品、新しい創造性をもった作品については
          1新しいものという中には、技術面と美的内容面とがある。その両方を兼ね備えれば
            理想だが、これはなかなか至難のことだ。片方でも特徴があれば、
            新しいものといっていいだろう。
          2だがその新しさというのが、真に本人のものか、他の物真似か、
            殊に他民族のものを鸚鵡がえしにしたようなものが今日多いが、
            新しいとはいえそれが民族の伝統を進展させるものでなくては、
            本当の意味での新しいものとはいえない。

富山県水墨美術館「足立美術館所蔵 横山大観展」(2001年5月12日に行く)

古画模写
橋本先生の言われた古画の模写というのは、いま考えても、とてもよろしゅうございますが、古画を見て、ただそれを写すとその精神を捉えることができない、だから古画を毎日掛けてはしまい、掛けてはしまい、一週間くらい何もせずにそれを見ていて、古画がすっかり脳裏に入ってしまってから、これを初めて写すと言うのです。・・・古画模写のときは、いつでも菱田春草君と一緒に歩きました。春草君とも話し合いまして、在学当時言われた通りのやり方で、「初から写すとだめだぞ、魂の抜けた絵ができてしまうから、三、四日遊ぶつもりで絵とにらめっこしよう」というようなわけで、お寺に言ってもいきなり写さなかった物です。

画は人なり
筆をもって絵を習うことはそう大騒ぎしなくてもよいのです。それよりも人物をつくることが大事で、それを土台にしないことにはいくらやっても駄目なことです。
人間が出来てはじめて絵が出来る。それには人物の養成と言うことが第一で、先ず人間をつくらなければなりません。歌もわかる、詩もわかる、宗教もわかる、宗教は自分の安住の地ですから大事なものですし、哲学も知っていて、そうして茲に初めて世界的の人間らしき人間が出来て、今度は世界的の絵が出来るというわけです。世界人になって、初めてその人の絵が世界を包含するものになると思います。・・・作家はどこまでも創造して行くことが貴いので、人の真似はいけません。自分の今日の作品と、明日のそれとは変わっていてよいのです。またその変化のない人は駄目です。只一つ我は日本人であるという誇りをどこまでも堅持して貰いたい。

気韻生動
画論に気韻生動ということがあります。
気韻は人品の高い人でなければ発揮できません。人品とは高い天分と教養を身につけた人のことで、日本画の窮極は、この気韻生動に帰着するといっても過言ではないと信じています。今の世にいかに職人の絵が、またその美術が横行しているかを考えた時、膚の寒きを覚えるのは、ただに私だけではありますまい。

富士
・・・富士の名画というものは、昔からあまりない。それは形ばかりうつすからだ。・・・富士を描くということは、富士にうつる自分の心を描くことだ、心とは、ひっきょう人格にほかならぬ。それはまた気品であり、気はくである。富士を描くということは、つまり己を描くことである。己が貧しければ、そこに描かれた富士も貧しい。富士を描くには理想をもって描かなければならぬ。私の富士もけっして名画とは思わぬが、しかし描くかぎり、全身全霊をうちこんで描いている。・・・富士の美しさは季節も時間もえらばぬ。春夏秋冬、朝昼晩、富士はその時々で姿を変えるが、いついかなる時でも美しい。いわば無窮の姿だからだ。私の芸術もその無窮を追う。・・・

高岡市美術館「高崎タワー美術館所蔵 日本画に見る四季の美展」(2001年6月10日に行く)

『四季の詩情を描くー雪月花の時ー    細野正信』(高崎タワー美術館館長)より

・・・岡倉天心は、・・・日本美術の特徴を四つあげている。
第一に変化に富むこと。奈良時代の理想的、平安時代の感情的、室町時代の自覚的と、いわば壮麗・優美・高淡の三者を併せ持つ多様性。
第二に適応力に富むこと。平安は唐文化を、室町は宋・元文化を渾化し、その根元を消化して痕跡をとどめず和風化する。これは単なる模倣でなく、気に入った様式を摂取しながらも換骨奪胎して有機的に成長させる。
第三に仏教の影響で唯心的に傾き、実物以外に美を求め、写実に重きを置かず写意的で精神性が高い。
第四に優美なること。平安時代の四大絵巻にみるように、わが国美術の独立をみ、以後、鎌倉・室町時代においても、古大和絵の活写には優美な趣を呈し、水墨山水画においても唐絵風に日本的な暖か味をくわえるに到った。それには四季の変化に富む風土と、それに育まれた民族的感情が働いているであろう。東洋画の伝統を僅かに伝えた狩野派が幕末に形式化し、特に京都では円山派の硬い写生に南画的柔らか味を加えた四条派がそれにとって代わったのも、このような民族的血脈のなせる変化といえよう。
そして結論としては、古人を模倣するのでなく、画系を研究してその変化と適応によるいわば革新性に学んで一歩を進め、西洋画もよろしく参照しながらも日本というところはあくまでも守って自主性の確立に努めよというものであった。

 

 

我が家の庭 スズラン

我が家の庭 薔薇

 

上へ   

次へ

戻る

akikobrand.
動くGIF画像は全て幾つかのサイトの  
free素材をダウンロードしたものです

デジタル植物園  全国植物園情報

ハイパー植物図鑑  薬用植物図鑑

バラ  WNN GARDEN

ミクロ  Migrating Birds

電子図書館(京大)  北大植物園

  

東京国立博物館