THE DOMINION WAR BOOK ONE

 BEHIND ENEMY LINES

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第4章

サム・ラベルは皿を置き、可変種を凝視した。何というポーカーフェイスか、その表情からは何もわからない。いずれ何か裏があってのことだろうが、これは単なる性質(たち)の悪いジョークか?それとも本当にその任務を任せようというのか?アルファ宇宙域まで出張っている可変種はそう多くない。といって、人をからかうためだけに呼び出すのが可変種の趣味とは思えなかった。その船でどこへ行くにせよ、危険かつ重大な背信行為になりかねない。

「船の指揮をまかせたい、だって?」サムはゆっくりと繰り返した。「いいとも。それじゃ食べてる間に目的を教えてもらえるかな。具体的にな」

「まず訊くが、今日起きた破壊工作について何か知っているのか?」可変種が言った。

サムは、上品な観察ラウンジを見渡して、真面目な顔から真剣なのだと知った。「破壊工作?あの事故のことか?俺はあの時外にいたんだぜ。あの事故の原因はカーデシア人のヘマだと思うけどね」

いつもの癖で、サムは思わず部屋の中を見回したが、カーデシア人はひとりもいなかった。主要な種族はすべてこの会合に集まっているようだったが、カーデシア人はいなかった。やはり下僕扱いだからか。それで、サムも自由に発言しようと決意した。

「アンタ方が何を運び出そうとしていたのかは知らないが、奴らは固定フィールドを遮ってたみたいだったぜ」

「あのバカモノどもめ!」グロフはもはや自制などできないというようにつぶやいた。「いつも注意していたのに!」

「全面的に彼らの責任というわけじゃないと言ってたじゃありませんか」ジョレッシュが哀れっぽく言った。彼はグロフを責める様な目で見ていた。

トリル人グロフが腕を組んで言った。「あの化合物はとても不安定だとお前にも警告しておいたはずだ。カーデシア人には扱いきれんともな。どちらも私の正しかったことが証明されてしまったな」

「しかし全てのモデルで――」

サムはボルタとトリルの口論を楽しんでいたが、そこに可変種がやんわりと仲裁に入った。「もうよせ。それよりラベル中尉にもわかるように説明してやりたまえ」

この愚かな地球人にもわかるように言ってやれ!可変種の声の感じからすると、そんな風に言いたいのだろとサムは思った。料理がつきるまで聞き役に徹っしてやると決めた。

グロフは非難がましくボルタ人を指差して言った。「現場ではワームホール入り口の補強素に、不適切な素材が使われていたのだ。君は物理学の造詣もあると思うがね、中尉、入り口に使う素材はそこらにありふれた建設資材ではダメなのだよ。適切なものを使わねば、コライダーは巨大な重圧に耐えられずに粉々になってしまう」

科学者グロフがテーブルの脇を歩いてきた。その目はボルタ人に向けられ、失望と敵意丸出しだった。「その物質とは、サブクォーク粒子で出来た素材だったのだ。カーデシア人の浅はかな考えさ。アレは揮発性が高いというのにな。固定フィールドが崩壊するとサブクォーク粒子は再結合する。

もっと美しいやり方があるのだ。連邦ではつい2,3年前完璧な物質を取り出すことに成功した。その物質は、抽出、再結合後は安定するのだ。我々のチームが唯一その抽出作業に成功した」

「コルザニウムか」サムが答えた。

「ほほう、」グロフが満足げに言った。「君は最新の研究成果にも詳しいのだな」

「それほどでもないさ、」地球人が言う。「友人のトーリクがそのことを話していたよ。彼は教授の業績は賞賛していたが、教授個人のことについてはあまりよく思ってなかったようだったよ」

「大方の意見だな」トリル人がつぶやく。「だが、間違った評価だ。我々は偉大な発見、偉大な躍進の際にいるのだ。文化の結合後にな。短期間で、コルザニウム発見および抽出の準備をせねばならん。連邦の人間でだ。カーデシアどもは当てに出来ん」

「ラベル中尉、その船の指揮だ。やってくれるな?」創設者がぶっきらぼうに尋ねた。ジョレッシュの大きな耳が、サムの返事を待ってピクピクしているようだった。

「ブラックホール行きの船ってことか?」思わずせせら笑った。「ここにいる人間はみんなそこ出身ってわけじゃないだろう?アンタがなんでカーデシア人をいやがるのかわかったよ。カーデシア人は利口すぎて、こんなばかげた任務を引き受けないもんな」

虚勢を張ってみたものの、サムはもっともらしい口実を考える時間稼ぎをしているにすぎなかった。例え宇宙艦隊の歴史に最悪の裏切者として名を残すことになろうと、指揮下の船でこの牢獄から逃げ出すというのは見逃すには惜しすぎる。長く眠っていると想っていた生存本能が突然表面化し、自由を求めてコトを起こす気になっていた。

さらに言えば、仮にこの話を断ったとしても、どの道死ぬだけなのはわかりきっている。ドミニオンは、サムを18番ポッドに返してただの捕虜のひとりに戻すとしつこく言ってるのだ。

「返事を聞かせてもらえますか」ジョレッシュが言った。「それともまだ食べたりずに無意味なはぐらかしを続けるんですか」

「見返りはあるのか?」サムが言った。

「君を自由にしてやる」創設者が不機嫌そうに言った。最大限の見返りである。

「クルーは俺が選ぶぜ」

「若いの、ゴチャゴチャ言わずにただイエスと返事すればいいんだ、創設者サマにな。そうすれば万事うまくいく」

サムは、創設者とその取り巻きに倣い、ポーカーフェースを決め込むのが得策と思った。そうそう安売りする必要はない、意見を言える立場だぞと。サムの忍耐力、雄弁、勤勉が昇進をもたらした――彼本来の役職に。サムは、自分を凝視するグロフを見て、表情から気持ちを悟られていなければいいがと思った。いずれにせよ、この決意を熟慮する暇(いとま)があるとは思えなかった。

「やるさ」サムが言った。「18番ポッドにはもう戻らなくていいんだろうな?」

「もちろんです」ジョレッシュが答えた。「身の危険を感じてるんですか?」

「ここでだって同じことさ」サムが笑って言う。

「食事を続けたまえ」幾分友好的な声で、創設者が言った。彼の性別はハッキリしないが中性ということもなく、男性的特長が少しあるようだった。サムは、もしこの創設者が女性の形態をとったらどうなるかと想像した。可変種は研究熱心な種族で、椅子に化けないように頼むのが精一杯だった。サムは想像してみたことがある。可変種の母星はどんなところかと。そこは「偉大なる繋がり」と呼ばれる海で全ての可変種が一体となっているのだそうだ。

サムは、ときどき可変種に聞いてみたくなる誘惑に駆られる。彼らにとって、なぜアルファ宇宙域を征服することがそれほど重要なのかと。それは征服者を駆り立てる共通の傲慢な欲によるものなのだろうか。ヨーロッパ人をしてアメリカ大陸を征服せしめた欲。カーデシア人をしてベイジョーを征服せしめた欲。確実に彼らの道徳的かつ知的な高慢ちきさの現れだ。

創設者がわずかに頷くと、護衛のジェムハダーが皿をもって部屋を出て行った。創設者がその後に続き、さらにその後を2人のボルタ人随行者が続く。これで部屋には、サムとグロフ教授、それにテーブル満載の料理だけが残された。

「別れの挨拶も言えないのかね」サムが意見を述べた。

「言おうとはしたんだろうと思うがな、」グロフが言った。「多分もう液体に戻る時間なんだろう。アルファ宇宙域にいるドミニオン上層部はまれで、非常に薄く広いという体制だ。それに目的は果たしたわけだしな」

「俺のことか?」サムは信じがたい思いで聞いた。

「そうとも。ただしな、連中にもう少し敬意を見せてやれ。これは名誉なことなんだぞ」

「みんなそういうよな」サムは部屋を見渡して言った。「ここで本音を言っちまって大丈夫か?監視されてんのか?」

「断っとくがワシに説教なんてごめんだぞ」グロフが言った。「ワシのことを密告者だの裏切者だのなんだの言うつもりだったんだろう?それに脱出したいとか人工ワームホールを破壊するとかな。いいか、ひとつ言わせてもらうが、ここでワシらが建造中のワームホールはな、ドミニオンや連邦なんぞよりずっと長く存在し続けるんだ。戦争のことなんか、この発明の脚注ぐらいの価値しかない。ワシは科学の味方だ。そしてこの人工ワームホールは銀河系における革命となるのだ」

「どんな犠牲を払ってるかわかってるのか?」サムが聞いた。「その機械のために、連邦に属する何百と言う惑星を滅ぼすんだぞ?何の味方だって?おい、どっちの味方なんだよ、あんたは?あんたは捕虜の仲間なのか、それとも看守の方か?」

グロフは表情を曇らせて低い声で言った。「両方だ。ワシは研究の成果を見届けたい。そこに政治信条の入る余地はない。ワシはこの成果を連邦にもって帰るぞ。この研究を両陣営で発表できたらなあ、この愚かな戦争も終結できるというのに。差当たり、ワシはやはり捕虜だということなんだな。脱出の機会を待ち望んでるか?いつかそのうちにはというところだ。ただし、バカでも失敗しないような確実な手段があればだが」

サムは、黄色いメロンを一切れほおばった。甘い汁がヒゲまで垂れた。「あんたはそのために正しいと思うことをやってるんだろうさ、間違いなくな」

「ワシは自分の仕事をやってるだけだ」グロフがつぶやく。

その瞬間、サムはエンラック・グロフを金輪際信用すまいと決めた。自分の関心事しか見えていないようでは信ずるに値しない。脱出計画はこのトリル人抜きでやらねばと思った、ただしグロフの存在が必要なく、それこそバカでも失敗しないような場合なら、だが。

「どんな船なんだ?」サムが尋ねた。

「カーデシアの反物質輸送船だ、特殊装備のな。すぐにでもその船で訓練を始めろ。6名の追加クルーが必要だ。ジョレッシュとワシで候補者のリストは用意しといた。すぐここで必要なやつばかり揃えてある」

「さぞかしできる面子なんだろうさ」サムがつぶやいた。

グロフはサムの嫌味を無視して続けた。「必要なのは、希少物質の取扱いに関するスペシャリスト2名、トラクタービームスペシャリスト、センサー転送装置オペレーターの各人員だ」

「それとトーリクだ。あのバルカン人は頼りになる」

「それじゃあと一人、」グロフが言った。「ワシだ」

サムが目を白黒させて言った。「あんたもこの採掘任務に同行するだって?」

「全てはあの物質にかかっとるんだ」グロフが答えた。「ドミニオン側の技術者が使い物にならんことは証明された。この仕事を完遂できるのはワシらしかおらん。奴らにワシらの有能さを見せてやろうじゃないか」

「どのくらい危険なのかねえ?」

グロフが笑っていった。「なに、任務を遂行できんほどじゃないさ。ギリギリかもしれんがな」

「危険すぎます」ライカーが言った。「艦長、お願いです、ご再考を」

ピカード艦長は、医療室の手術台に横たわり、目をつぶって副長の心配そうな声を遮断しようと努めていた。副長の声の代わりに、ドクタークラッシャーとナースのオガワが道具を準備する音の方に耳を傾けた。それは、晩餐に使われる銀の食器の音のようだった。

「艦長、この艦には他に任務遂行に適したものがいくらでもいます」ライカーががなった。

「ウソだな」ピカードが言った。「この艦の人員不足は深刻で、熟練クルーは欠くべからざる存在だ。つまり、君が艦の指揮をとれば、その分私がいなくてもなんとかなる。それにロー・ラレンとのつきあいは私の方が長いし慣れている。彼女の扱いは少々難しいんだぞ」

「そもそも彼女の存在が、この任務が危険な理由のひとつなんですよ」ライカーがいらつきながらかみついた。

「彼女が何を投げてこようと、ラフォージュと私がいればどうとでもできるさ」ピカードは、ローの手に負えないほどの負けん気に、比喩的にも文字通りの意味でも本気でそう考えていた。「それにデータ少佐が我々を長距離スキャンで補足していてくれることだし」

「バッドランドでは消失の危険性があります」ライカーが食い下がった。

「危険のない任務などないぞ、副長。救助が必要なときは、亜空間ビーコンを救難信号付で打ち上げる」

「しかし、艦長――」

ピカードは、ついに目を開け、副長を同情の目で見つめた。「もうそれぐらいにしてくれ、ウィル。事実は、私がこの一撃離脱の戦闘中に隙を必要としていること、そしてその任務については、君のほうが私より上手だということだ。もしローの報告が真実と確認できたら、それも違って感じられるかもしれん」

「当てが外れることにならないといいのですが」

「いや、外れてほしいよ」ピカードが真面目に言った。「誤報とわかる方が――たとえそれが我々を捕らえるための罠だったとしても――ドミニオン領域に人工ワームホールを発見するよりましだ。もし実際に人工ワームホールの存在を確認したら、連邦の運命は我々の行動にかかっている。今ここにおいての行動にな」

ライカーがヒゲをこすりながら言った。「戦争の真っ只中でこんなことをいうのも的外れでしょうが、お気をつけて」

「君もな」

ビバリー・クラッシャーが手術台に歩み寄り、頭を振って言った。「ライカー副長――あら、今は艦長代理さんね――あなたの異議は日誌にちゃんと記録しておくわ。でも今の彼は説得に耳を貸す状態じゃないの。私たち二人がかりでも説得はムダなのよ。やるべきことをやりましょ。私も今日のスケジュールは予約で一杯なの」

ライカーは、オガワの持つトレーに並ぶ単純なインプラントをちらりと見た。ピカードも、それらの器具をそばで見ることは敢てしなかった。ピカードが起き上がるとき、顔はベイジョー人となり、イヤリングを手渡されるだろう。

「<平和の発光体>号の修理情況を確認しておきます」手術室を後にするとき、ライカーが言い残した。

ビバリーがハイポスプレーを手に、艦長にプロの笑顔をみせて言った。「さあ、ジャンリュック、おとなしくして。麻酔を打たなきゃいけないから。でもすぐ目が覚めるわ」

ピカードが、2,3分などなんでもないさと思いながら頷いた。それはある意味至福のときだろう。ピカードが首にハイポの圧力を感じると同時に肩の力が抜いてもいいなと感じた。何かしなければという衝動はじきにおさまる。ドンキホーテよろしく、風車や王国最大のドラゴンにいどみかかるのだろうか。

サム・ラベルは、輸送船<タグ・ガーワル>の、薄暗い灰色のブリッジに立ってた。目下、自分の指揮する船の概要なりと把握しようと奮闘中であった。カーデシアの艦船については何年も研究してきたが、戦争中のこの数週間ほど集中したことはなかった。このデザインは、連邦の似た型の輸送船と同様によく知られている。スピードや豪華さはないが、頑丈で頼りがいがあり、素直な設計だ。操船をマスターするにあたって、彼とそのクルーが苦労することはあるまいと考えていた。

グロフ教授は補助コンソールに陣取って、各デッキごとのトラクタービームと転送装置にチェックをかけていた。ときどきサムの方を見ては、何をしているか確認しているようだった。二人の間に気まずい沈黙が流れ、サムはいらついてきたため、輸送用タンクの安全性について考えて気を紛らわせていた。

「マニュアルを翻訳してくれて助かったよ」サムが言った。

「どういたしまして」グロフが無愛想に答えた。「だが、それはジョレッシュが言ったことだ。船はどうだ?満足か?」

「スピンさせてみるまではなんともいえないな」

「そのスピンとやらも、間近で監視されているんだ」グロフが言った。「脱走は自殺行為だぞ」

「頼んでいてもらってる訳じゃないんだぜ」サムが怒声を発した。「情況ぐらい俺だってわきまえてるさ。俺たちはジェムハダー以上に使い捨ての存在だ。カーデシア以上かもな」

「お前はそうかもしれんが、ワシは違う!」グロフが抗議した。「ワシにとって代われる者などおらん。このことじゃ誰もな」

「だったら安心だな!」サムがにらみつけながら言った。「何も心配しなくていいってことだよな。あんたはもうドミニオンの仲間なんだから」

「現実を直視できないんなら捕虜のままでいるがいいさ!」グロフがつぶやいた。「連邦は、アルファ宇宙域では依然強大だ。だからこそ我々は常に試されている。お前には何も見えんかもしれんがな、この秘密基地で我々が手がけたものは、全てチェックの対象だ。例えばだな、奴らがお前のすぐそばで監視を行ってるなんてことは想像もつかないんだろう、しかしなお前の不平不満を口に出す能力――しかも平静を装いながらだ――は奴らの興味を引くと思うぞ」

グロフはいらいらしながらため息混じりに言う。「知っての通り、ドミニオンはカーデシア人を心底信用はしとらん。所詮は出先の小間使い程度のものだ。いつの日かこの戦争が終われば、ワシらはドミニオンと共に生活せにゃならん。お前とワシでこの任務を成功させられたら、全連邦領域は創設者の視野に入ってくるんだぞ」

「そいつは結構だね。奴ら、俺を昇進させてくれるかな?」サムは、この話題では勝てないことを悟ってたじろいだ。この裏切り者に哀悼の意を覚えて何か言う前に、話題を変える必要があった。

「いいか、グロフ。俺はこの任務をやり遂げる。奴らと一緒に仕事するさ。だが、好き好んでやるわけじゃないってことは覚えとけ。生き延びるためだ。科学上の発明なんてどうでもいし、ドミニオンにゴマをするつもりもない」

グロフは深く失望したようだったが、努めて冷静に言った。「理由がどうでも、ちゃんと働くかぎり成功は間違いないさ」

「そうだな」サムが短く言った。ここは口をつぐむべきとわかっていたが、エンラック・グロフはどうしてもいけ好かなかった。行動指針以外のことでグロフをからかう方法があるはずだ。

「そういえば、合体しないトリルでいるってどんなだい?」サムが訊いた。

グロフが鼻息も荒くしていった。「つまりなんだ?二級市民でいる気持ちはどんなかっていいたいのか?想像してみるがいい、ごく一握りの者が何の苦労もなく他の者より上位にいるという社会を。そしてそいつらは何の苦労もなく最上のキャリアを得るんだ。それにこれも想像してみろ、やつらは何人分もの人生経験を持っているのに、お前は自分の人生きりしかないんだ。どうやったらそんなやつらに勝てると思う?」

「適正試験に通らなかったって意味と思っていいのか?」

「そうだ、ワシは不合格だった」グロフはすんなり認めた。「ワシの態度やなんかを、当時の担当教官が気に入らなかったようでな。それに、一体の共生生物に対して、18人もの候補生が試されるんだ。教官連中の選り好みも無理ない」

「すると、あんたは連中を見返すことのできる秀でた分野を開拓した訳だ」

グロフがいつものむっつりしたヒゲ面を破顔一笑させて言った。「奴らにはある意味では感謝しなきゃならんな、野心や反発心を与えてくれたことに。だが、ワシは断固として主張するぞ。例え共生生物と合体していたとしても、同じ成果をあげていたとな」

「つまるところ、それが教官連中があんたを選ばなかった理由じゃないのか?」サムが言った。「頑固すぎる」

グロフが仏頂面で言った。「とにかくだ、そのせいでワシの実績と理論を認めさせるのに倍の時間を費やしたんだぞ。ワシひとりにやらせるべきだったんだ。合体したトリル人なんぞを責任者にせずな」

「しかしドミニオンは初めからあんたが正しいと認めた」と、サムは話をまとめにかかった。

「そうだ、」グロフが反論した。「ここじゃ、合体してないトリルだからということは不利にはならん。彼らはワシを科学者として認めている。あらゆる点で、ドミニオンがアルファ宇宙域の代表となるべき存在なんだよ」

「俺たちを一掃した上でか?そしてあんたはそれに手を貸している訳だ」サムは、小声でグロフの独善性をののしった。これは、サムが話題をそらそうとしていた会話そのものだった。

グロフは、ヒゲをなでつつ辺りを見回していった。「わからんのか?この技術があれば、両陣営をぶったぎれるんだ。我々が、奴らを攻撃できるようになる。この発明のお陰でな。銀河系が民主化されるのだ」

グロフがシミの浮いた頭をかきながら言った。「半ば御伽噺みたいな連中――預言者だったか?――が中に住んでるベイジョーのワームホールに依存しているなんてバカバカしいだろう?しかも、その預言者とかいう連中を認識できるのはたった一人の地球人ときた。今我々がここで建造中なのは、未来の輸送手段なのだぞ。これはワープ航法や、人工重力と同じくらいすばらしいことなんだ!船はもはや反物質のような危険なものを推進剤にする必要がなくなる。なぜなら人工ワームホールを使えば、隣の星系だろうが宇宙域だろうがあっと言う間に行けるんだからな」

「そしてそのために、あんたは膨大な人数の奴隷をこき使って建造を続けるというわけだ」サムがぼそりとつぶやいた。「まあ、考えてみたら、俺もやってることは大差ないけどな。知り合いも俺のことを戦闘をなくした勇敢な男と思うだろうぜ。ここにいれば、喰うには困らないし、自分の船も持てるんだしな。そういうことにしとくさ。俺はどこで寝りゃいいんだ?」

「ここだよ」グロフは、クランプだらけの実用一辺倒といった雰囲気であるところブリッジそのものを手振りで示してみせた。「ワシの知る限りじゃ、船長の私室というのは実に立派なもんらしいぞ。睡眠用のアルコーブまであるようだな、ちょうどワシらの後ろ、ブリッジを出たところだ」

グロフの背後を見ると、宇宙艦隊の艦ならちょうど作戦室があるところにカーテンで仕切られた小さなラウンジがあるのが見えた。「そうだな、このオンボロ船は客船じゃなく長距離輸送船だからな。もしこの船が故郷へ向かうんだったら娯楽施設もあったんだろうに」

サムがコンソールのボタンを押すと、スクリーンに映像が映し出された。閉じたエアロックの列が、しばしサムの目を迎え入れた。そして視界は空の貨物室に移り、その後ろにはバーテロンコライダーや収容施設が見えた。愉快なことに、収容施設は予想と違って宇宙に浮かぶ巨大な分子モデルの模型とはとても見えなかった。

「おい、俺たちは今保安部の仕事を手伝ってやってるってことになるよな?」サムが言った。「ギャングの真似事みたいにコソコソすることなんかないぜ」

外部に係留されている様々な宇宙船は、二人に危険な考えを起こさせるに十分な光景で、衝動を抑えるのに必死だった。サムはせかせかとコンソールを操作し、自分たちの四角い輸送船を手早く映し出す方法を探し出した。その船体は、黄色の縞模様が入った灰色で、あちこちデコボコが目立つ以外はこれといって特徴のない船だった。

「これが我らが船ってわけだな?こりゃ美人コンテストで優勝するのは至難の業だな」

サムは、スクリーンを切り替えつつ興味深い風景を観察し続けた。その中には研究室や工場、護衛詰め所なども含まれていた。サムは、セキュリティチャンネルの映像を見るにしたがってグロフの機嫌が悪くなってくるのがわかり、女性捕虜の収容ポッドのシーンでは思わず見るのをやめようとした。サムは羞恥で目をそむけ、次のシーンに切り替わるのを待った。

とある行動の、ぼやけた映像にサムの目が留まり、背後のスクリーンに向き直った。それは、カーデシア人のパトロール隊20人ほどが、あるポッドに殺到していくところだった。カーデシア人は棍棒を振り回しつつ、その身はヘルメットや防弾チョッキなどの暴徒鎮圧用装備で固めており、すばやく丸腰の捕虜たちを取り囲んだ。自動的に切り替わる映像は、すぐに次の主要ポッドの画面になった。あるところは寝具で溢れている一方、他方ではひとつも寝具が支給されていないポッドもあった。サムは、初めのポッドの映像をもう一度出そうと死に物狂いでコンソールを操作した。

「もうよせ」グロフがやわらかく言った。

サムはグロフを無視して、ついに先ほどの鎮圧隊のポッドを探し当てた。二人のカーデシア人衛兵が、捕虜女性の腕をつかみ、乱暴に振り回していた。映像のみで無音だった。サムは涙を拭いきれず、スクリーンから目を離せなかった。別の部隊が捕虜への突入を開始したが、女たちは自分たちの仲間に何が起こっているのかすら把握できずに不安な表情だった。まるで災害のようで、サムは目の前の手すりを握り締めていた。

明らかに、看守がその女の顔を殴ったとき、仲間の女たちは考えていた。このことは、残酷な取締りの結果となった。カーデシア人どもが棍棒を振り回しながらのし歩き、壁に向かって手を突くように強制していた。サムは恐怖を感じながらみていたが、これが無音でよかったとさえ感じた。

グロフは、いい加減手を伸ばし、立て続けにコンソールを叩いて映像を切った。その複雑そうな表情からすると、このトリル人もようやく良心の呵責を感じたかのようだった。

「見なよ、カーデシア人ってのは案外役に立ってるんじゃないか?」サムが舌打ちする。「連邦の人間が奴らにとってかわれるか、疑問だね」

グロフが早口に何か言いかけたが、言いたいことがあっても言葉が見つからないといったようだった。次いで<タグ・ガーワル>のブリッジを去り、サムの耳に梯子を伝って下層デッキへ降りていく足音が聞こえた。

殺したくなる衝動にも関わらず、サムは努めて冷静たらんとした。スクリーンをもう一度つけようかと思ったが、それが何になるというのか。この憎悪は、既にサムの心に刻まれた。これ以上カーデシア人の暴力行為を見ても、何も変わらない。サムは冷静さを保ち、従順なふりをすると決めた。ドミニオンに手痛いしっぺ返しを食らわせるチャンスがくるときまでは。ダメなら死ぬだけだ。

結局サムはスクリーンをつけてみたのだが、そこにはガス雲につつまれた星の点在する、バッドランドのごく普通の風景が映し出されただけだった。この広大な宇宙に、あの捕虜たちを救ってくれるものはいないのだろうか?宇宙艦隊や連邦ご自慢の力はどこへいってしまったのだ?

サムの知る限り、戦争は終結しそれを気にするものも他にはいなくなるだろう。いずれにせよ、自分の本心がばれないように、副長については警戒すべきなのだろう。

サムはブリッジを離れ、粗末なベッドに横たわって眠ろうとしたが、宇宙服をきた捕虜が冷たい宇宙空間で風船のように破裂するイメージがちらついて、とうてい眠ることはできなかった。

ロー・ラレンは<平和の発光体>号のブリッジで、クルーたちの姿に驚嘆していた。赤茶けたユニフォームにイヤリング、くっきりとした鼻のしわまである、典型的なベイジョー人の若者だ。無論年かさのベイジョー人もいて、操舵席に陣取っている。彼は、耳の上のグレーの髪以外はほぼハゲで、一見すると単なるウスぼんやりとした、ボケた役人とも見えた。イヤリングが曲がってたりして、自分の元上官とはいえ、ローは笑いをこらえきれなかった。

「この船の指揮官は君だ」その老パイロットが言った。「出航させてくれたまえ」

「あなたを呼ぶときのコードネームが要りますね」ローが言った。「あなたの本名は、ちょっと有名すぎます。今のあなたを見て思い出したんですが、ゴッチはどうです?アカデミーの庭師の老人ですが」

ピカードがニヤリとして答えた。「それは光栄の至りだな。この変装は彼をモチーフにしてるんでね。ベイジョー人の名前ではないが... ニックネームとして問題なかろう、無論コードネームとしてもな」

「決まりね。じゃあ、ゴッチ、バッドランドに向けてコースセットよ」ローがベイジョー独特の記章型をしたコムバッジを叩いていった。「ローよりラフォージ。準備はいい?」

「はい、船長」艦隊随一のエンジニアの陽気な声が返ってきた。「ワープを使わずにすむところではできるだけ使わずに、だましだまし行くしかないですよ。これは長距離船じゃないですからね。最大ワープで何時間も飛び続けることはできません」

「私たちはレースに出るわけじゃないわ」ローが同意した。「こっそり、慎重に――マキで存分に学んだわ」

「それならよかったです」ラフォージが言った。「でも、バッドランドのプラズマストームも心配なんですが」

「ストームには間欠的に静かな部分もあるのよ」ローが説明した。「私に任せて。スキャンはやってみた?」

「はい、最大精度のスキャンでも、我々はベイジョー船と出ました。バイオスキャンでも全員ベイジョー人です」

「ありがとう、ラフォージ。ブリッジ以上」ローは、再度コムバッジをたたいて言った。「<平和の発光体>より<エンタープライズ>。こちら、発進準備完了」

ライカー艦長の沈んだ表情がスクリーンに映し出された。彼は未だにこの任務にたいして賛成しきれずにいるのだ。「発進シーケンス完了。シャトルベイのハッチを開く。成功を祈る」

「ありがとう」ローが答え、スクリーンの映像は薄いハッチと銀の滑らかな壁が近づいてくるシーンに切り替わった。その映像に、<エンタープライズ>が如何に巨大かを実感させられた。この輸送船が丸ごとシャトルベイに格納されていたのだから。ゆっくりと巨大なハッチが開き、星々がちりばめられた深宇宙が見えてきた。

ローが操舵手にうなずいて言った。「発進。推力4分の1で一千キロまで」

「了解」褐色の肌の女性がきびきびと言った。

ピカードが船長に微笑んだ。「正規の手順だな。まだ忘れてはいなかったか」

「クセになってますね」ローが肩をすくめて言った。「意外と役に立つようですよ」

スラスターの噴射とともに、輸送船はシャトルベイを離れハッチへと移動し始めた。<エンタープライズ>のふたつのナセルを残して、<平和の発光体>号は宇宙へと消えていった。


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