THE DOMINION WAR BOOK ONE

 BEHIND ENEMY LINES

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第5章

サムは、梯子に足音を聞きき、その音にオプス席から向き直った。そこに<タグ・ガーワル>のブリッジに上がってきた、死人と見まがうような細身のカーデシア人が現れた。その男がまず最初にしたことといえば、自衛のために武器に手をのばすことだったが、直後正式な任務なのだと気づいたようだった。やつもまたドミニオン側の人間だが、しかしこれは俺の船だ。サムは改めて自らにそう言い聞かせていた。

にもかかわらず、そのカーデシア人は疑わしげにサムをひと睨みすると、ハッチの脇によってボルタ人ジョレッシュをブリッジに招きいれていた。梯子の足音はなおも止まず、次の瞬間にはトーリクの顔がハッチからのぞいていた。その優美なるバルカン人は、ひょろ長い体を押し上げ、ブリッジに入るとサムの前に立った。いかにもバルカン人らしくこの突然の境遇の変化にも動揺した様子は全くないようだった。

「トーリク!」サムは、思わず歓喜の叫び声をあげ、昔通りに抱き合った。「会えてうれしいよ」

「私もだ」トーリクが軽くうなずいて言った。「そしてここに呼ばれたのは我々だけではないのだ」

彼が脇によって通路を空けると、呆然とした表情の艦隊士官4名がブリッジに入ってきた。バルカン人とは違って、彼らの表情には困惑から好奇心まで、ありとあらゆる感情が見て取れ、ボルタ人やカーデシア人を不安そうに一瞥していた。

「さあ、君のクルーですよ」ジョレッシュが尊大に言った。「グロフ教授がまだですが、程なく合流するでしょう。トーリク大尉はご存知ですよね」

「ああ」

ジョレッシュは、男性2人、女性2人を紹介したが、いずれもサムの知らない顔だった。全員きちっとした経験豊富な士官と見えた。「チーフ・レニ・ションシー、転送担当です。タムラ・ホリック少佐、トラクタービーム担当。チーフ・エンリク・マセレリ、システムエンジニア。ジョザーニー・ウォイル中尉、鉱物資源担当。元々乗り組んでいた艦では、それぞれの部門長だった方ばかりです。

ジョレッシュが、きわめて満足げに微笑んで言った。「男性2人、女性2人。地球人2人、デルタ人1人、アントシア人1人。それからバルカン人と、我々のスタッフのトリル人を入れれば、ちょっとした連邦種族の代表会議のようじゃありませんか?全員ヒューマノイドというのが難点ですがね。できればホルタとか、もっと変わった種族にも参加して欲しかったですよ。とはいうものの、この船はヒューマノイド向けの設計ということもありますし」

にわかに混み合ってきたブリッジ内で、サムはカーデシア人を指差して言った。「やつの担当は?」

「アドバイザーです」ジョレッシュが答えた。「あなたがカーデシア船についてよく研究していることは知ってますが、経験豊富な士官にしか答えられない問題というのは起こりうるものですよ。特にトラクタービーム操作に関して憂慮すべきと考えています」

そこでジョレッシュが手を叩いて言った。「おっと、もう少しで忘れるところでした。あなたの紹介がまだでしたね。さて皆さん、こちらが本船の船長、サム・ラベル大尉です」

新しく召集されたクルーたちは、疑わしげにサムを見た。まるで周りのにあるカーデシア製の見慣れないコンソールと同じといわんばかりに。新入りたちから忠誠や尊敬を得られるとは思えない。従って、サムは恐怖と好奇心で使いこなしていくしかない。さらに、サムは彼らの生存本能を握っていると認識していた。

「誰でもいい、どれくらい状況説明を受けた?」サムはきいてみた。

「ほとんど何も」トーリクが答えた。「特別な任務に必要だと言われただけだ。ここで見るまで、君は死んだも同然と思っていた」

「死んだも同然ね。でもまだ死んでない」サムは、つるりとした顎を掻いた。他の者が今だボロ同然の衣をまとい、ボサボサの髪に髭だらけの顔をしているにもかかわらず、サムは髭を剃っているだけでなく新しいつなぎ服を着ていた。

「話は単純だ」サムが説明をはじめた。「我々は、コルザニウムをブラックホールから採取する任務に出発する。楽しそうだろ?」

アントス人資材担当士官のウォイルがポカンと口をあけて言った。「コルザニウムだって?そんなこと言ったって、採取できる量なんてたかが知れたものじゃないか。やつら、そんなもの何にするつもりなんだ?」

「コライダー入り口の補強材だ」サムがぼそりと言った。「だが、そんなことはどうでもいい。問題は、俺たちが船をもって、任務にあたるということだ。首尾よく勤め上げれば、ドミニオンは俺たちを自由にすると言ってる」

クルーたちのサムを見る目つきは、疑惑から敵視までの反発心ばかりだった。トーリクはただただ思慮深く見えた。こいつら、俺の本当に言いたいことをわかっただろうな?サムはもどかしげに考えた。ボルタやカーデシアのいる場所で本心を打ち明けられるわけがない。今は、滅多にないチャンスをつかめるところなんだと自覚すべきときだ。

思い返すに、グロフも同じ思いだったのだろう。サムがせっかくのチャンスにすぐに飛びつかなかったのを見ていたときは。サムは眉をひそめて言った。「進んで志願する者がいないだろうことはわかっている。だが、諸君らは特に選ばれたのだ。それぞれドミニオンの御めがねにかなった者ばかりだ。もしこの任務を拒否し、元の場所へ戻りたい者がいたら、そう言ってくれ。収容ポッドに戻って通常作業につけばいい」

薄笑いを浮かべながら、ジョレッシュが面白そうにサムを見つめていた。何が起ころうが、ここにいる誰も元のポッドや作業に戻りたい者などいるはずないことは分かりきっている。サムのハッタリにのる者がいないことが確定し、ジョレッシュは満面の笑みを浮かべた。

「結構です」ジョレッシュが言った。「でははじめましょうか?」

全員新しいユニフォームに着替え、輸送船での任務についた後、団結への長い道のりが始まった。ブリッジ、トラクタービーム、転送室、保護フィールド、コルザニウム収納用に改造された反物質コンテナの各々について特に入念な説明があった。その日が終わる頃には、当初しぶしぶだったクルーの面々もそれぞれの仕事に取り組み、積極的に実施方法の提案さえするようになった。サムには、ジョレッシュが彼らの進歩にきわめて満足していることがよくわかった。カーデシア人アドバイザーは、見下した態度を隠そうともしなかったが。

採掘用探査機に搭載されたロボットアームの操作法を習得中に、サムとトーリクは自分たちを監視する目に気づいた。

「トーリクにはちょっとした内職を頼もうか」サムがバルカン人にささやくように言った。

「何だ?」トーリクが、これも低い声で答えた。

「船内を調べて、監視装置の有無を確認してくれ」

トーリクがサムを見て言う。「監視の目の届かない場所を探れということか?」

「そういうことだ」

トーリクは頷いて、ふたりは操作講習へと戻った。

長いシフトの終わる頃、寡黙なエンラック・グロフが合流した。他のクルーへの紹介があったとき、不平はほとんどなかった。合流の遅れた理由について、グロフが簡単に説明した。プロジェクトを完成させるために、どれくらいのコルザニウムが必要かを計算していたとのことだ。しかしもはや研究室に戻る必要はなく、こちらの任務に専念できると請合った。

訓練を続ける間、サムはクルーたちを観察していた。彼らはそこらの艦長が望んで得られるどんなクルーよりも経験豊富で有能だった。しかし、彼らは数週間の捕虜生活で態度を硬化していた。グロフを除けば、彼らの忠誠は連邦にある。とはいえ、その忠誠とは命をかけるほどのものだろうか?xxxx。この無謀な任務は、彼らが全員死んでしまうということにこそ、絶好の機会かもしれないのだ。

「すばらしい!」ジョレッシュが、手を叩きながら驚きの声をあげた。その声にサムは幻想から覚めた。「想像以上の成果ですね。予定よりずっと進んでる。これなら次のシフトには船のテスト航行に移れるじゃありませんか。創設者もきっとお喜びになりますよ」

ジョレッシュは、カーデシア人に向かって頷いて言った。この男は終始しかめ面だったが訓練においては非常に有能なトレーナーだった。「あなたはもう結構です」

去りぎわ、どなり声で捨て台詞を残し、そのカーデシア人は梯子を降り姿を消した。ジョレッシュは優等生からなる幹部候補のことを考えていた。「我々ドミニオンはあなたたちに想像を絶するような期待をしています。そのことを自覚してください。そう、あなたたちは任務を怠って不満分子としての意思を体現することができるます。しかし、科学の進歩と、ドミニオンと連邦の関係改善に貢献することもまた可能なのです」

クルーたちを見渡したところ、この曲解したこじつけの理由付けに表情を硬くしていた。遅れて合流して以来、ずっとサムを避けていたグロフでさえもだ。先刻目撃した襲撃のことが頭にあるのか?それともカーデシア人の責任で起きた、無駄な人命損失にまだ怒っているのか?

無骨なトリル人は、トレーナーだったカーデシア人に対する軽蔑をほとんど隠そうともしていなかった。その様子を見て、サムはグロフが味方でないせよ敵でもないと思い始めたが、その一方やはり油断ならないとも感じていた。xxxx。

ジョレッシュは、無表情な聴衆を前に悪戯っぽい笑いをうかべていた。「このシフトはずっと大変でしたでしょうし、あなた方もお疲れなのは承知しています。この船には12人分のクルー用個室があります。好きなようにお使いなさい。食堂のレプリケーターは連邦食をプログラムしてあります。その他、この船の設備はすべて完全に機能します。無論武器システムは別ですがね。xxxx」

ジョレッシュが梯子へ向かい、振り向いてサムたちに手を振って言った。「知的に振舞いなさい。愚かな真似はせぬように。テスト航行でまたお会いしましょう。そう、創設者がお喜びになられますように!」

ボルタ人が船を離れるやいなや、トーリクはオプスコンソールにつき、システムチェックと船のスキャンを始めた。サムはトーリクの肩越しにその様子を見守り、グロフ他4人の新クルーは不安そうに互いの顔を見合っていた。

「つまり、何が狙いなんだ?」エンリクが尋ねた。「奴らが俺たちに船をくれるなんてありえない。ましてそのまま任務につかせるなんてこともな。そうだろ?」

「いいや、そんなことはない」グロフが答えた。「ワシは我らが船長にはずっと言ってきたんだがな、ドミニオンとカーデシアの結束はもろい。なぜなら、カーデシアは無能だからだ。ワシらが有利な立場に立てるチャンスを得たんだ。」

「やめて!」はげ頭のデルタ人、タムラ・ホリックががなった。「どんな奇麗ごとを並べたって、敵に協力することにかわりはないでしょ」

「声を落とせ」サムが注意を促した。「監視されてないとは限らんのだぞ」

「それがだな、サム、監視カメラも盗聴器も全く検知されなかったのだ」トーリクが言った。「ジョレッシュが言ったとおり、この船はさほど改造されていないようだ。資材の封じ込めシステムが改良されているのと、武器が取り外されている以外はな。つまり、忌憚なく話をしていけない理由は何もない。事実、成功の帰趨は我々のコミュニケーション能力にかかっているのだから」

「どうやら誰かさんはまともな見解にたどり着いたようだな」グロフがぼそりと言った。「バルカン人の言うとおりだ。これは冗談でもなければ、単なるテストでもない。歴史上最も偉大な発明を成功させるために不可欠な任務なんだぞ。このことは既にラベル大尉には全部話して聞かせたんだがな、この人工ワームホールは我々が全員死んでもずっと残る。それこそ連邦もドミニオンが滅んだ後もな。この発明のおかげで、全銀河がどこもお隣さんとなるわけだ」

「ドミニオンが天の川全部を制服するチャンスにもなるよな」レニ・ションシーが怒鳴った。

「言うだけ無駄さ」サムがつぶやく。「俺だって、君らがいいそうなことはさんざん言ったさ。だけどこいつは聞きやしないんだから」

「で、あなたはどうしたんだ」レニが訊いた。「ドミニオンで船長になって何をする?」

「俺も君らに同じことを訊けたらね。この船のクルーになって何ができるかってね。幸か不幸か、俺たちは運命共同体ってわけだ。ここに居て、船があり、任務がある。ひとつ乗ってやろうじゃないか。他のことは後で考えりゃいい」

エンリクがそろそろと梯子へ歩み寄った。「あのレプリケーターで、好きなものを食えるってのは本当なのか?」

「多分な」サムが応えた。「行って、せいぜい楽しんでくれ。どんなにうまくやったとしても、生き残る可能性はほぼゼロだからな」

「撃墜されずに任務を完遂できるオッズは、10対1というところだな」トーリクが付け加えた。

サムがクックッと破顔一笑して言った。「どうも、トーリク。わかったろ?今は仲間割れしてる場合じゃない。これはチャンスだぜ。経過がどうあれ、船で仲間に看取られて死ぬチャンス。それでも少なくとも宇宙で死ねるじゃないか。監獄に鎖でつながれて死ぬよりましだろ」

グロフが、しかめ面をして梯子に向かって歩き出し、エンリクを押しのけて言った。「我々は死にに行くんじゃない。成功しに行くんだ!」グロフが殊更音を立てて梯子を降りていき、その足音は小さな船全体に響いた。

サムは、グロフがハッチに消えるのを見届けてからささやき声で言った。「奴がいようがいまいが、俺たちは脱走する。だが俺の指示までじっとしてろ」


「接近する船があります」データが警告する。

ウィル・ライカーは、エンタープライズの指揮官席で硬直した。「数は?どこから来た?」

ジェムハダーの戦闘巡洋艦3隻、セクター9462からワープ8で航行中。インターセプトコースです」データが答えた。

艦長代理のライカーが立ち上がってデータへと歩み寄った。「奴らが追っているのは?我々か?それとも<平和の発光体>か?」

「我々のようです。<平和の発光体>がカーデシア領域に入って9分32秒経過しました。探知可能圏外です」データが生真面目な顔でライカーに報告する。「ジェムハダー艦と遭遇するのは、概算で21分30秒後です」

「援護を頼めそうな連邦艦は近くにいるか?」

「間に合う艦はいません」

ライカーがつぶやく。「3隻も相手にできる余裕はない。逃げる時間はありそうだが、艦長たちの追跡を休止しないといかんのは...」

「必要ありません」データが顔を上げて言った。「<エンタープライズ>は退却せねばなりませんが、私がシャトルでクリール星系の第6惑星におります。危険がなくなるまでシャトルのセンサーで転送をモニターします。その位置関係を維持できれば、艦長たちをモニターしつづけることは可能です」

「あれはQクラスの惑星だぞ」極寒の世界、死に至るメタンの大気を想像し、ライカーは顔をしかめた。しかし、クラスがQでもMでもデータには同じなのだ。

「その劣悪な環境が、ドミニオンの追跡に対する格好の目くらましになるでしょう。メタンが凍っている極地に着陸しようと思いますが」

「転送でいいじゃないか」ライカーが言う。

「移動手段確保の意味でも、シャトルで行くのがよいかと」

瞬時に決断し、ライカーがターボリフトを指差して言った。「行ってくれ」

飛び跳ねるように席をたち、データは慌しくブリッジを離れた。ライカーの娘といってもいいくらいの女性士官が、データに替わって席についた。

「ブリッジより第1シャトルベイ。シャトル発進準備。データ少佐が向かう」

「了解」応答が返ってきた。

艦長代理は髭をいじりつつ、円形のブリッジを歩き回った。これは最悪の悪夢だ。戦闘区域で艦を指揮する――ピカード艦長も、ジョーディもデータもいない。友人として安否を気遣うと同時に、上級士官としての彼らを欠くクルーの統制も心配だ。

彼の周りにいるのは、アカデミーを出たてのルーキー少尉ばかりだ。半数は顔と名前も一致しない。ライカーは、ビバリー・クラッシャーが艦の指揮を取って代わりたいと言っていたのを思い出した。この情況でもそう言うだろうか?

「敵艦接近まで約19分です」若いオプス士官が少し震えた声で報告した。

ライカーが操舵席の後ろで立ち止まって言った。「我々の追跡が目的なのなら、僚艦とのランデブーポイントまで引き寄せて協力して叩こう。コースセット、方位258、マーク64」

「了解」青い肌のボリアン人がコンソールを操作した。「コースセットしました」

ライカーは戦術コンソールに歩み寄って言った。「クレイクロフト少尉、艦隊にメッセージを送れ。今から戻るが、お客さんのジェムハダー艦3隻をお連れすると」

「了解」少尉が通信パネルのスイッチを入れ、メッセージを入力し始めた。

ライカーがオプス席に振り返った。「データ少佐は?」

「シャトル<クック>に乗り組みました。発進シーケンス進行中です。シャトルベイのドア、開きます」

「スクリーンへ」ライカーは、シャトルの急発進の様子をスクリーンで見た。艦から小型船が発進するのを見るのは、この日2度目になる。まるで蝙蝠が洞窟から夜の闇へ逃げ出していくのを見るようだ。

「距離、500キロ、600キロ、700キロ――」オプス士官が繰り返した。

「データ、幸運を」ライカーは呟いた。「操舵士、ワープ最大用意。発進」

艦が金色の光のハレーションに包まれ、艦体が長く延びたかと思うと星の海に消えた。数千キロ離れたところで、ちっぽけなシャトルが有害のアイボリー色の大気が渦巻く大規模惑星に向けて方位を変えた。


ロー・ラレンは、<平和の発光体>号の、趣深いながらも狭苦しいブリッジを闊歩しつつ、カーデシア領域への帰途について思案していた。今のところ平穏で退屈だが、困難なことは間違いない。重大任務の遂行中、かつドミニオン艦のほとんどが占領されているという事態でなければ、とっくに呼び止められ、インターセプトコースに割り込まれていただろう。とにかく、ドミニオンの最重要エリアのひとつに向かって戦闘域を真っ直ぐつっきっているのである。

「他の船影は?」ローが操舵席のピカードに尋ねた。先の合意のとおり、船の指揮官はロー、任務の指揮官がピカードである。ベテラン士官らしく、ピカードはローの下位に甘んじることをよしとしていた。思うに真の指揮官というものは、艦長席に座っているとか、階級章の星の数とか、周りの敬礼とか、そういったものは必要としないのだ。態度や威厳といったものが、その人の存在に対し皆の尊敬を受けるのだ。

ピカードが首を横に振って言う。「進路上、いくつか星系の通信が入ってるが、特にこちらに注目している様子はない」

「そう簡単には」ローが思慮深く言った。「監視されてます。私にはわかる。追い始めたらもう遅いでしょう。決断中ってところかしら」

ピカードが耳飾を引っぱる。意見を決めるときの癖だ。

「ではコースを変えて、適当な居住者のいる星系に行こう。そこで商取引をして商人の振りをするというのはどうだろう」ピカードが提案した。

「それでは時間をロスすることになります」オプス士官が言った。

「捕まって殺される方がよっぽど時間のロスでしょ」その士官を見上げながらローが言った。

ピカードが自分の部下たるその士官にうなずいてみせた。「適当な星を探せ。直ちにな」

「取引する品物はあるんでしょうね?」ローが尋ねる。

「ああ、」ピカードが答える。「ザジャベリーワイン、ベイジョーシルク、tetralubisolなどをレプリケートしてある。加えて、ベイジョーの宗教誌を箱一杯用意してあるぞ」

「もし生き残れたら、その本を読んでみますよ」ローがつぶやいた。

「カーデシア人入植地でそんなものを取引しようとしても意味ないのでは?」オプス士官が尋ねた。

「その点はさほど心配してない」ピカードが答えた。「艦隊情報部によれば、カーデシア人はベイジョー占領中に、ベイジョー文化にずいぶんと感化されたらしい。そしてベイジョー人は今もなおその販路を開拓中とのことだ。そういう状況だから、まっとうな商行為と見られるだろう」

ローの背後で、そのオプス士官が大げさにため息をついた。彼としては好ましくない選択だった。「H-949星系の第6惑星に、カーデシアの農業植民地があります」

「オーケー。それじゃそこに向けてコースセットよ」ローが命じた。「できればコースを変えたことに気づいてくれるといいんだけど。

船長がローであっても、命令に従うかどうかはピカード次第でありブリッジクルー全員はピカードを注視していた。「コースセット完了。コース変更のため、一旦ワープを解除すべきかと」

ワープを解除してのコース変更時、外見どおり小さなこの船では少々の振動がある。そしてワープエンジンが再度発動し、カーデシア植民星に向けて航行を開始した。

ローは一息ついた。それがコース変更を終えたことによるものか、偽ベイジョー人クルーが彼女の命令に従ったという事実によるものか自分でもはっきりしなかった。彼女の権威を支えるものはピカード艦長以外の何者でもない。彼の支持なしには、彼女などエンタープライズクルーにとっては何ほどの者でもない。彼女がコソコソしていた間、彼らは勇敢に敵と戦っていたのだ。カーデシア領域で、敵に包囲されながら xxxx

「いたぞ」ピカードが表示パネルを読んで厳然と言った。「2隻の戦艦が我々を追跡に入っている。1隻はジェムハダー、もう1隻はカーデシアだ」

「わかってます。監視されてたことは。コース、スピード、そのままで」ローは振り返り、クルーに面と向かった。「これから我々は敵と対峙することになる。我々の素性を納得させ、追跡を止めさせなきゃいけないわ。コース変更が遅すぎたせいで、我々がスパイだと確信させてしまったようね。インターセプトまでどのくらい?」

「11分です」オプス士官が言った。へりくだったような声は、恐怖の表れだろうか。

「向こうが呼びかけてきたら、」ローが言った。「愛想よくして、言うことにはなんでも従うのよ。いい?カーデシアはベイジョー人の扱いより、猟犬の扱いの方が余程手馴れたものなんだから。まだジェムハダーが一緒で本当によかったわ」

「そんな風に感じたことはなかったな」ピカードが微笑して言った。

ローは、ベイジョー型の記章を叩いて大声で言った。「こちらロー船長。全クルーに告ぐ。非番の人員は直ちに貨物室へ行き、ゼジャベリーワインの荷を解くように。全貨物の見本を見せられるように準備して。いつも準備してあるという風にうまくやってちょうだい。ブリッジ以上」

「警戒警報を発令しますか?」オプス士官が不安げに尋ねた。

「いいえ、向こうに挑発的と思われるようなことは一切禁止よ。うまく切り抜けるか、ここで死ぬかなんだから」

長身のベイジョー人がチラッとピカードを見た。「そういえば、この船に加えた“改良”の中には自爆シーケンスも含まれてるんでしたよね?それを使うのもいいですよね。個人的には拷問は御免なんで。あなたはいかがです?」

ピカードは、咳払いして視線を合わせた。「こちらのコンソールで準備はしておくよ。ここから動くつもりはないからな。差し迫ったら10秒で起動する」

ローが頷いた。「いつも同じ意見で助かります」

「呼びかけです」戦術士官が言った。

「スクリーンに」ローは決まり文句を言ってスクリーンに向き直った。恐怖が思わず背筋を硬直させた。期待したトゲトゲのジェムハダーの顔の代わりに、骨っぽい鱗顔のカーデシア人が彼女のほうを見つめていた。まるでサドっ気のある教師が遅刻した生徒を捕まえたときのような満面の笑みを浮かべていた。

「で、ここで何をしてるんだ?」いかにも高慢な態度で言った。「ベイジョー人がカーデシア連合の領域で?勝手にうろうろできるとでも?」

「ごきげんよう、艦長さん」ローは、可能な限り媚びた声で答えた。「私たちはもう敵じゃないでしょう?実質的には同盟国ですよ?慈悲深いドミニオンのお陰さまで」

その台詞が、カーデシア人の顔から笑みを消した。「船を停止し、乗船に備えろ」

「もちろんですとも」ローがにこやかに言った。「いつかあなた方の種族と取引の機会をと思っていたんですよ」

「我々の望む物があるというのか?」カーデシア人が疑わしげに訊いてきた。

「ゼジャベリーワインなどは?」ローがいたずらっぽく答えた。ピカードの情報が正しいとわかっていた。カーデシア人は、ベイジョー占領中にそのワインに慣れ親しんだ。ローは、かつてディープ・スペース・ナインのクワークの店からいくらか密輸したことがある。マキ捕虜と交換するために。

「乗船に備えろ」カーデシア人はひと睨みし、スクリーンから消えた。


人間の目にはとてもついていけないような動きで、データはタイプ9個人用シャトル<クック>の状態をチェックした。2つの密閉用ケースの中に、手早くトリコーダー、武器、工具、救難ビーコン、医薬品、食料、水を詰め込んだ。最後にコンソールを一瞥し、ジェムハダー艦がこの星の軌道上から去ったことを確認した。クリール6号星、データが隠れ家に選んだ居住者のいない惑星である。

シャトルが発見され破壊されることのないようにするには、全てのシステムを落とさねばならない。そして、ジェムハダーが探査機を送ってきた場合に備え、念のためシャトルからは距離を置く必要もあるだろう。都合のいいことに、惑星に生命体スキャンをかけたとしてもデータを検知することはできない。だが都合の悪いことに、システムを落とすと<平和の発光体>号をトレースすることができなくなってしまう。危険がなくなり次第、あの貨物船が最後にいたはずのところからスキャンを始めるしかない。実に不確実なやり方だ。緊急事態という状態を経験し、データはシャトルのシステムを落とした。しばらく後、小型船の室内は漆黒の闇に溶け込んでいった。周囲の状況は完全に把握できた。手動でシャトルのハッチを開けておいたからである。これは、クリール6号星の超重力の中では、データでなければ二人がかりの大仕事だろう。

途方もない風と凍ったメタンのあられがデータを打ちつけたが、両手に大きな荷物を持っていたために避けようもなかった。データは凍土を踏みしめつつ進んだが、彼ですらこの状況がいかに寒いのかを知りたいとも思わなかった。ドアを閉めるために幾分離れたところに荷物を置き、改めて周囲を確認した。

ブリザードのせいで、視界はほぼゼロだった。データは内臓のセンサーを使い、3キロほど離れたところにあるむき出しの岩の位置を確認した。周辺では、それが唯一の目標物だったからである。

早足で歩き、裂け目を跳び越え、くすんだ氷を足元に意識しながら平坦ならざる地表面を横切った。この不毛の地でジェムハダーがデータを発見できたとしたら、彼らのテクノロジーは驚嘆すべきものと言える。彼らは終始敵である。彼らはバイオテクノロジーの産物であるにも関わらず、データは近親感を持っていた。データ自身と同様、彼らは様々な状況に遅疑なく対応できるよう人工的に作られた生命体であり、事実不平不満もなくそのように行動し、自己の欲求とも無縁である。

きしむような破裂音が背後で聞こえ、凍ったメタンの薄板がデータの方に向けて押し寄せてきた。人間ならその衝撃波の振動で転んでしまうところだったが、データは自分の足も見えないほどの流れる雪、起伏のある地形を冷静にロープを手繰っていた。突然、データは生物を殺すに足る高い放射線反応を検知した。

感情チップはオフにしてあったので恐怖を感じることはなかったが、深刻な状況だと判断するのに1マイクロ秒を費やした。シャトルはおそらく大破しただろうし、彼の僚友も見当違いの方向で霧散することになる。データは完全に孤立した。例外は、数百のジェムハダーを乗せた敵巡洋艦だけである。もしエンタープライズが沈むことになれば、例えデータがこの状況で生き延びたとしても、この宇宙広しと言えど彼がここにいることを知るものは誰もいないのだ。

しかし、データがまず心配したのは任務に失敗したことだった。もしシャトルが大破していれば、<平和の発光体>号を追跡することはできず、彼らが救難ビーコンを発してもそれを拾うこともできない。xxxx

データは、自分の足が氷や瓦礫の上を上り始めていることに気づいた。どうやら目的地についたらしい。岩だらけの丘は、シェルターとするには貧相ながらも40m以上の高さがあり、含まれる金属成分が敵のセンサーを妨害してくれるだろう。

何も見えないために、データはより有利な地点を見つける必要すらなかった。2つの荷物を最初の到着点に降ろし、その間にうずくまった。荷物を風除けにするためである。この岩山は岩床になっているらしく、データには何がしかの慰めになった。なぜなら攻撃の際に盾になるからである。データは、周りを渦巻く厚く垂れ込めた雲や雪の間からジェムハダーが現れるのを監視しながら待ち続けた。


精一杯のダボガール・スマイルを満面に貼り付け、ロー・ラレンは貨物室の一角に立っていた。そこは、即席のショールームに改造されている。ローは、数人のカーデシア人が商品見本を手に取ったり、クルーを小突き回しているところを見ていた。また別の数人のカーデシア人は、か弱いベイジョー人相手にことさら武器をちらつかせて脅かしたりしている。グレーの髪をした、ガル・ディトックという名の男が、査察班を引き連れて転送してきていた。彼は、シルクを銃でまさぐった後、赤いワインケースに移った。

「ビンテージワインですよ?」ローが金切り声をあげる。「お試しになります?」

ディトックがローを睨みつけて言った。「思い違いをしているな。私が任務中に飲むとでも?私がこんなベイジョーの小便にも劣る物を好むとでも?」

ディトックがワインのボトルをつかみとって品定めをする間、部下のカーデシア人たちが小声でクスクスと笑っていた。「全部じゃないにしても、どうせレプリケートされた物だろう」

「真贋はわかりますわ」ローが請合った。「テイスティングをしてみればすぐです」ローは、艦隊のレプリケーターがそれに耐えうる性能であることを祈った。一部のカーデシア人は、ゼジャベリーワインにはうるさいのだ。

「真贋などどうでもいい」ガルが怒鳴った。「重要なことはだな、お前は書面による許可証を持たないということだ」

ローは、さも遺憾だという風に微笑んだ。「ですから既に申し上げましたように、我々はこのセクターに着いたばかりで、今まさにしかるべき所へ寄航しようとしていたところですのよ。正規の手続きを踏める場所にね。ディカット様の方からお越しいただいて、誠に相すみません」

ガルは渋い顔となった。まるでベイジョー人なら揉め事を起こせと望んでいるかのように。誇り高きベイジョー人も落ちた物だな。安物の商品をかかえてコソコソとうろつくとは。薄汚いフェレンギ連中の同類だ」

ローが声を低くして言った。「実を言いますとね、我々はドミニオンのことをもっとよく知りたくて、興味津々なんですよ。この戦争じゃ私たちは中立ですし、それにもう終局は見えたも同じですから」

ガルが笑い飛ばして言った。「なるほど、貴様らは腰抜けに違いないが、少なくともバカではないようだ」

若いグリンが、ガルに近寄り耳元で何事か囁くと、彼は一同を睨みつけた。「貴様らのフライトデータによると、連邦領域から来たということだが、どういうことだ?」

「ええ、我々は連邦領域から来ました。最初はあちらで商売するつもりだったんですよ。xxxxxを手に入れましてね。お求めになれる物の中では宇宙で一番と名高い潤滑油ですよ?」

「説明はいらん」カーデシア人がつぶやいた。

若い偽ベイジョー人のひとりが、手に冊子を持ってガルに歩み寄った。「何かお読み物などは?とても感銘を受けるものばかりですよ?」

ガルは手にあるパッドを跳ね除けた。「寄るな!貴様らベイジョー人など、囲いの中の羊の群れだ!ヌクヌクと安寧をむさぼりおって!」彼は唾を吐き捨てた。

思わずカッとなったものの、ローは計画を違えることはしなかった。「本当に我々は平和目的で来てるんです。ドミニオンがふたつの宇宙域にまたがり覇権を唱えようとする今、連邦に忠義立てする理由は何もありませんもの。実際連邦なんて、何の役にも立たないくせに干渉だけはするんですから」

「xxxx」

「あなた方カーデシア人も、かつてはドミニオンと戦っていた、そして今は同盟関係にある、ということだけです。我々とも同じようにできるんじゃないですか?」

一瞬、老カーデシア人兵士はローの和平の申し出を受けるような素振りをみせたが、大きく笑い飛ばした。「親愛なるベイジョー人諸君、貴様らはドミニオンにはなり得ない」

彼の沈んだ目が、ローのスリムな体をなめるように見て言った。「ベイジョー人は好かんが、船長、君自身は非常に魅力的だな。君なら私に貢げるものがあるんじゃないか?ひとつ二人きりで、そのことをじっくり話そうじゃないか」

ローは、ヘドの出そうな気持ちをこらえて歯ぎしりした。「では、後ほどワインをお持ちしましょう」

「それは無理だな」彼は気の毒そうに笑って言った。「ワインは全て没収する。禁制品だからな」

「え?何ですって?!」そう来るだろうと予想しつつ、ローは驚いてみせた。「積荷を全部持っていくなんてあんまりよ!代償は払っていただけるんでしょうね!」

「経験というものは、常にかけがえのない代償だよ」ガル・ディトックが指を鳴らすと、部下の兵士がベイジョー人クルーを押しのけてワインケースに群がった。ほんの数瞬で、貨物室内の全てのワインはカーデシア艦に転送された。

ローは、内心賄賂代わりの酒を受け取ってくれたことにホッとしつつ、憤慨しならが怖くて言えないといった振りをした。これで開放してもらえると思っていいのだろうか?

「ご満足かしら?行ってもよろしくて?」ローが言った。

「まだだ。ブリッジと武器装備を確認する必要がある。スキャンによれば、光子魚雷があるようだな」

「たったの6発ですわ」ローが答えた。「ご存じないんでしょうが、小惑星帯や盗賊や、その他干渉しようとする障害に対抗するには必要なんです」

「カーデシア連合領域内に海賊など存在せん」ガルがイライラしながら言った。

「ああ、でも、我々は連邦領域にいましたもので。あちらでは法律や命令など意に介さないならず者が多いんですよ」

再度ガルは、余りにも従順すぎる今回の獲物に失望したようだった。「ブリッジへ案内しろ」

歯ぎしりしたい気分で、ローは彼らをブリッジへ案内した。といっても、らせん階段を1階上がるだけだったが。制御室に入ったとき、明かりが薄暗く落としてあることに喜んだ。そこには、ピカード艦長他2名の当直クルーがいるのみだった。

カーデシア人ガルとその取り巻きが、狭苦しいブリッジに割って入り、装備と人員の全てをチェックした。ピカード艦長は、来訪者を見てすぐに立ち上がり微笑み返したものである。

ガルが操舵コンソールを見て言った。「最大スピードは?」

「ワープ3です」ピカードが言った。

カーデシア人があざ笑って言った。「こんなポンコツで飛んでて恥ずかしくないのか?」

「戦闘域にあっては、むしろ適切かと」ピカードが肩をすくめて言った。「我々はドミニオンに平和のメッセージを届けに来たんですから」

「そのメッセージとやらを拝見しようか」ガルが脇の側近を一瞥して言うと、側近たちは訳知り顔でニヤリとした。

「ガル・ディトック!」怒鳴り声が上がった。「こんなものが。見てください」

全員が女性グリンに向き直ると、開いたキャビネットの傍で宇宙艦隊型のフェイザーを携えていた。ローにとっても他の全てのクルーにとっても衝撃だった。明らかに艦隊のものとわかる物資は持ち込まないよう、極力注意していたのだから。彼らの所持するフェイザーは、全てベイジョー製ないしフェレンギ製としてあった。

「ああ!」カーデシア人がいわくありげに言った。いかにも芝居がかった態度に、ローはピンときた。そのフェイザーは、カーデシア人が持ち込んだのだ。

「お前たちはドミニオンの敵、連邦の味方だ」ガルが決め付けた。「この船は拿捕し、お前たちを捕虜として連行する」

ピカードがローの方をチラリと見たかと思うと、コンソールに向き直った。ガルが打ち払うより早く、ピカードの指がいくつかのパネルを押していた。殴られ、席から床へ倒れこんだピカードだったが、満足げな表情で見上げていた。

「何をした?」ガルが、野太い声で怒鳴った。

「後8秒で自爆する」


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