THE DOMINION WAR BOOK ONE

 BEHIND ENEMY LINES

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第2章

かつて、青々としていた惑星ガリオンは、今や宇宙に浮かぶ黒焦げの切り株のようだった。それも生けるものといえば申し訳程度に生した苔がある程度の切り株だ。オリーブの木が茂っていた広大な森林は、黒焦げの水浸しで、湖は泥水で濁っていた。市街地はクレーターと化し、今もなお地獄の火山のように燃え続けている。どう少なくみても50万人は死んだだろう。<平和の発光体>号のブリッジでは全員悲嘆にくれていたが、ローにそれを咎めることなどできなかった。思わず直ちにスクリーンを消せと命じたくなるような惨状だったが、逆によく見て記憶に刻み込めと言われているように感じたほどだった。

ローはナビゲーションコンソールに歩み寄り、そっと聞いた。「生命反応は?」

若い士官が答えた。「いいえ、皆無です……。 極度の放射線がセンサーを妨害している可能性はありますが」

「そんなにもスピードに差があったのか」シャーファー提督がショックを隠しきれずに言った。「奴らは数分でここに着いた。我々が2時間かかったところを」

ローは、大また歩きで背後のクルーに近寄り注意を促した。「生命反応のスキャンを続行して。市街地を中心にね」彼女の目にも心にも、もう絶望なことはわかっていた。ガリオン星は、今や火葬場に過ぎなかった。デレックは死んだ。多くの友人や同志とともに。

ブリッジは乗客やその家族であふれ、その悲痛な叫びがどんどん大きくなるのがローには耐えられなかった。ローはそれらの人々に向き直り、手を挙げてむせび泣きを制止した。「あなたがたは全員証人です。挑発すらなしに、ドミニオンは我々の最後の居留地、故郷を破壊しつくしました。私はここに宣言します。この戦争において、我々はもはや無垢な傍観者ではありえません。その当事者となったのです」

ローは操舵席に歩み寄り、若いパイロットの肩越しに計器の表示を読んだ。「ベイジョーまで4日の距離です、途中どこでドミニオンにやられてしまうかわかりません。運良くベイジョーに着けたとしても、DS9に陣取っているカーデシア支配の元、ションと私以外は隠れ住まうことを余儀なくされるでしょう。私には、あなた方がこの戦争から逃げ切れることができるとは思えません。立ち上がるしかないと思います。反撃に転じましょう」

ローはパネルを操作しながら続けた。「ここから非武装地帯を真っ直ぐ横切って連邦領域へ向かいます。そして救難信号を挙げます。そこまでなら2,3時間で到達できるでしょう」

「そうだ!嘘つきのクソッタレどもをぶっ殺せ!」元交渉団代表のひとりが叫んだ。彼はマキの生き残りを逃がしてくれるよう、ドミニオンに平身低頭する日々を送り徒労に終わった。

「しかし我々の安全は……」別の男が言う。

「安全なんて幻想さ」シャーファー提督がそれを受けて言った。「敵さんがわざわざそれを見せてくれただろう。連邦に戻るしかないんだよ」

「それじゃ我々の大部分が収容所送りに……」別の提督がつぶやいた。いい加減にしろという感情がローの顔に浮かんだ。

「罪の重さなら、犯罪者リストのトップに載ってるのは誰でもない私よ」ローが答えた。「でももう連邦とともに戦うしかないのよ。個人的リスクになんか構っていられないわ。今更ドミニオン側につけるわけじゃなし。その後、地表に生命反応は?」

「依然反応ありません」答えが返ってきた。

「では連邦領域に向けて最短コースをセット」ローが命令を下した。「それとブリッジの照明を元に戻して」

<エンタープライズ>のスクリーンには、胸が張り裂けるような光景が映し出されていた。宇宙を漂う連邦宇宙艦――いずれも真っ暗で生命感のない、船体にいくつも亀裂が入ったものばかりである。<ガラント>はネビュラ級の宇宙艦で、<エンタープライズ>よりもコンパクトにできている。2本のナセルが直接円盤部に結合されており、船体の天辺に大規模なスタビライザーを備えていた。その船体にもはや輝きはなく、破棄された宇宙艦はただのゴミであった。

「生命反応は?」ピカード艦長が、無駄と知りつつ尋ねた。

データが首を振って答えた。「皆無です、艦長。船体が14の破片に分解されています。どの部分をとってみても、生命維持に必要な状態を保っていません。救難信号は自動発信されたもので、それも消えかかっています」

「奴ら、<ガラント>を砲撃演習の的に使ったみたいじゃないか」ライカーが歯を食いしばりながらつぶやいた。

「位置を記録しろ」ピカードが命じた。「後で牽引しに来られる者がいるかもしれない。医療室と転送室の待機命令解除。ここには救助対象はいない」

データが計器類の表示を見て眉をひそめた。「この付近6パーセクの距離に新たな救難信号を2つ受信しました。1つは宇宙艦隊のもの、もう1つは…… ベイジョー船です」

「コースセット。ワープ最大だ」ピカードが直ちに命じた。「この大量殺戮の中で、1人でも人命を救うことができるなら御の字だ」

数分の後、<エンタープライズ>は肌寒さすら感じる宇宙の死と破壊の坩堝に接近していた。ピカードは、今度こそ救助が間に合うように祈るのみだった。

「長距離スキャンによれば、前方に敵船発見」データが報告する。「アンバサダー級の宇宙艦<オーロラ>と、名称不明のベイジョー船籍の輸送船が、ジェムハダーの巡洋艦に追撃されています」

「防御スクリーンを張れ」ピカードが命じた。「ワープ解除後直ちにフェイザー発射。そしてそのまま打ち続けろ。ジェムハダーに反撃の猶予を与えるな」

「30秒でワープから出ます」ライカーが補助コンソールから言った。「ベイジョーは中立だと思ってたんですが」

「戦争だ。思いどおりにいかんこともあるさ」ピカードが答えた。「スクリーン、オン」

ジェムハダーの戦闘巡洋艦は、短いひれと鮮やかな青を船体にまとった弾丸のようだった。そのジェムハダー艦は、大破寸前の船と交戦しつつ、薄い紫のガス雲の中を<オーロラ>の追跡していた。<オーロラ>は既にかなりの損傷を受けていた。その追跡の中、四角い輸送船がジェムハダー艦に向かって光子魚雷を放ち、船体を揺らした。しかし、敵艦はベイジョー船など眼中にないかのようだった。

艦長が椅子の通信パネルを押した。「医療室および転送室、死傷者の収容に備えろ」

見事な操縦で、<エンタープライズ>は敵艦にピッタリ合わせたスピードとコースでワープ解除し、フェイザーの掃射が敵巡洋艦を捉えた。そのドミニオン艦は突如3方向からの一斉射撃をくらうこととなった。それでもなお、ジェムハダーは意志強固に逃げる<オーロラ>を追撃し続けていた。

魚雷を受けた左舷ナセルが大破という状態にも関わらず、<オーロラ>はあきらめずによく反撃した。かつての誇りある連邦宇宙艦は、鳴りそこねのクラッカーのように徐々に出力を弱めていき、最後にはきりもみ状態になっていった。

ピカードは、救助しようと努めたが、転送収容するには距離がありすぎた。たとえ<オーロラ>がジェムハダー艦を最後までしとめられなかったとしても、結局は同じ運命をたどるはずである。

「量子魚雷発射準備」彼が命じた。「同時に防御スクリーンを下ろす準備をしろ」

「魚雷発射準備完了」クレイクロフト少尉が答えた。「防御スクリーン下げ!発射!」

ピカードは、あの巡洋艦の防御スクリーンが、この戦闘中に連邦の魚雷が通用するぐらいに弱まっていることを祈るのみであった。魚雷がジェムハダー艦に命中するまで、<エンタープライズ>ブリッジの誰もが息を呑んで見守った。初めの2発は、敵艦のシールドに阻まれたが、次の2発が船体後尾のヒレに命中した。その爆発でジェムハダー艦は損害を被ったにもかかわらず、なおも<エンタープライズ>と勇気あるベイジョー輸送船を破壊すべく、フェイザーを撃ってきた。形勢はジェムハダー不利にもかかわらず、思わずひるんでしまいそうな勢いだった。

<エンタープライズ>もブリッジまで損傷を受けたが、艦長は肘掛に捕まりながら叫んだ。「砲撃を止めるな!」

クレイクロフトは、ふらつきながらもコンソールを連打した。すぐに一連の魚雷群が<エンタープライズ>の円盤部からドミニオン艦に向けて発射された。命運尽きた敵艦の船体を爆発が覆い、反物質コアにまで達した。ついにはガスと炎と残骸となって飛散した。

「艦長、」データが言った。「ベイジョー船はかなりのダメージを負っています。生命維持装置が作動していません」

「全転送室、ベイジョー船をロック、直ちに転送を開始せよ」ピカードが命じた。「医療班、転送室へ急行せよ」

ピカードがデータに向き直って言った。「<オーロラ>は……」

言い終わらぬうちに、その質問に答えるかのように、アンバサダー級のその艦がジェムハダー艦以上の大規模な爆発を起こした。全宇宙がその爆発で切り裂かれたかのようで、まるで紙ふぶきが渦を巻くような波動を起こしていた。

ピカードの肩ががっくりと落ち、スクリーンの悲劇的光景から目をそむけるように向き直った。

「生存者、なしです」ライカーが沈痛な面持ちで言った。

「記録しろ」ピカードは、再度スクリーンに向かいベイジョー船が同じように爆発する可能性もあると思った。しかし、小さく質素なその船はそのままに宇宙に浮かんでいた。

「艦長、」データが、少々困惑気味に言った。「ベイジョー船から95名の負傷者を転送収容しましたが、そのほとんどは地球人です」

「地球人?」ピカードが尋ねた。「ベイジョー人ではないのか?」

「ベイジョー人は2名のみです」アンドロイドが答えた。

ライカーが眉をひそめていった。「つまり、それがドミニオンと交戦状態にあった理由ということですね」

「あの輸送船はサルベージ可能か?」ピカードが尋ねた。

データが頷いた。「可能です。生命維持装置と人工重力装置以外は比較的損傷軽微です」

「彼らがただの民間人なら、船は必要でしょう」ライカーが提案した。「あの小さな船を牽引してもさほど影響はないでしょうし」

「トラクタービーム用意、」ピカードが命じた。「今は、いくばくかの生命を救うのに間に合ったことに感謝するとしよう。クリール星系に向けてコースセット。亜空間を静寂に」

ピカード艦長は、どうやって戦いをうまく運べばいいかで思い悩んでいた。今日みてきたことからしても、勝利はほとんど期待できない。前線を広げている今、連邦はそこかしこの小競り合いでは勝っている。これに疑いの余地はない。しかし、ピカードにはこのままの状態でドミニオンやカーデシア軍に対して大きな打撃を与えられると考えられるほど楽観的にはなれなかった。今や、戦火を拡大しないようにすることで精一杯なのである。

「トラクタービーム、ロック完了」パイロットが答えた。「コースセット」

「ワープ最大」ピカードが命じた。「発進」

<エンタープライズ>のクルーたちは、これまで通り勇敢だった。しかし一旦連邦領域へ進路をとると、ブリッジに安堵の雰囲気が生まれたことは事実である。ピカードは知っている。敵側はこのまま戦闘を続けてもなんら問題はない――ドミニオン艦に不足はなく、前線に穴があくこともない――しかし、ピカードのクルーは疲れきっている。医療室は負傷した民間人でいっぱいだし、<エンタープライズ>も修理すべき損傷がある。生還さえできなかった多くの艦の艦長やクルーを思えば罪悪感さえ感じるほどだが、ピカードは引きどきだと思った。

通信パネルの呼び出し音がなったとき、ピカードは目をこすりながら、起きあがって紅茶を飲む力さえあるのかどうかと感じた。「ピカードだ」だるそうに答えた。

「ジャンリュック、」聞きなれたビバリー・クラッシャーの声だった。「医療室へ来てくれないかしら」

「問題か?」

「ごねる患者を廊下に放り出したりしてるけど、それは最近じゃいつものこと」ドクターが言った。「輸送船から転送された乗員の中に、あなたも知った顔がいたのよ。至急保安部員を手配しといたわ」

ピカードの興味をいたくかき立てる言葉だった。すかさず立ち上がって言った。「すぐ行く。副長、ブリッジを頼む」

ロー・ラレン!医療室の診療台に横たわっている意識不明の人物を見て、ピカードは驚くというよりあきれてしまった。医療室がこんなに込み合っていなければ、金色の制服をきた保安部員4人は、ローのベッドの周辺およびマキの大物のまわりを取り囲んでいただろう。ピカードは、自分の元部下だったこの人物に再び生きて会うことがあろうとは思ってもみなかった。しかし、現実に彼女はここにいる。

突然、ピカードの脳裏に幾多の記憶が奔流のように蘇ってきた。彼は思い出す。若きロー少尉が初めて<エンタープライズD>に乗艦したときのことを。その時、彼女は既に疑惑の人であり、艦隊司令部から断罪されたも同じという状態だった。ローの打ち解けない態度や問題の多い経歴は、瞬く間にウィル・ライカー他クルーの半数から不信感を買うこととなった。しかしそれは、ローがマキの大物テロリストに接近するための偽装だった。他の任務と同様、ローはその困難な任務も無事こなし、目的の大物テロリストの右腕とまで目されるほどになった。

そして、ローはピカードと艦隊を裏切った。

それとも、艦隊がローを裏切ったのだろうか?ローが昇進し、対テロリスト戦術の訓練を終えると、ナチェフ提督はローをカーデシアとの非武装地帯での政情不安定な地方での任務に送り込んだ。ローのような、ある意味背教的な敗残者が同じ境遇のもの同情するのは自然の成り行きだったのかもしれない。 マキは背教者の最たるものなのだから。いずれにせよ、ローは連邦でなくマキの側につく方を選んだ。連邦市民の入植者や、かつての僚友たちと争うのは、ピカードの経歴の中でも確かにつらい任務だった。それでも人生において、今回のような酷な対峙を求められるほどの情況はかつてなかった。

ピカードは、ビバリー・クラッシャーに向き直って言った。「彼女は大丈夫なのか?」

「そのうち回復するわ」ドクターは答えた。「あと数秒無酸素状態にさらされてたら、誰も助からなかったでしょうけどね。彼らのほとんどは意識を回復させられるわ。だけど、彼らを自由にしておくのは危険なんじゃない?」

ピカードは首を振った。「彼らを救助したとき、ドミニオンと交戦中だった。彼らが改心した結果だと思いたいんだがね」保安部員に言った。「外で待機しろ」

保安部隊がいなくなると医療室もいくらか動きやすくなり、ピカードはローのベッド横に陣取った。ビバリーに頷いて見せると、彼女はローの首筋にハイポスプレーを注射した。

ゆっくりと、恐怖と混乱にたじろぎつつも、ロー・ラレンは目を開け座り直そうとした。目の焦点がピカードの心配そうな表情に合うと、ローは弱弱しく笑って見せた。

「つまり、現実なんですね」ローが驚きをかくせずに言う。「ここは本当に<エンタープライズ>なんですね。私はあなたの拘束下にあるのですか?」

「今のところ、あなたは私の保護下にあるの」ビバリーが言った。「でもピカード艦長のことなら心配しなくてもいいと思うわよ。艦長はあなたと、あなたの船を救助にきたんだから」

「ありがとうございます」ローは座り直して辺りを見回した。「私の乗客の具合はどうでしたか?」

「5名を除いて全員無事よ」ビバリーが答えた。「あなたが船長ということで記録しておいていいの?」

「はい」ローがしゃがれた声で答えた。「あの、どこかで話せませんか?」

「いいだろう」ピカードが答えた。「この艦にもかつてのテン・フォワードのようなバーラウンジがある。何もかもと同じとはいかんがな」艦長はクラッシャーを見ると、頷いて同意を表していた。

ピカードがコムバッジを叩いていった。「ピカードからトロイ」

「はい、艦長」快活な女性の声が答えた。

「カウンセラー、すぐにバーラウンジへ来てくれ」

「了解しました」

ローは診療台の脇を長い足をぶらぶらさせながら、おぼつかない足取りで立ち上がった。「私を信用しないでくださいね、艦長?事実を話してるかどうかは確認を要しますよ?」

「戦争中だからな」ピカードが真剣に言った。

「そうですね。ところで手を貸していただいてよろしいですか。まだふらつくようなので」

「いいとも」かつてのとおり紳士的に、かつての敵に手を貸していた。

確かに以前と同じというわけではないようね。閑散としたバーラウンジを見てローは思った。狭い部屋の一角だけに照明が入り、ほんの少しのテーブルが用意されているだけだった。テーブルはあっても、今は他に誰もいない。自分と艦長と、カウンセラーのトロイ――彼女はかつての通り、快活で美しかった――だけだ。ピカードと同様、トロイも以前とは違う制服を身に着けていた。艦隊の制服がローが去った後変わったのは明らかだった。

ピカード艦長が、レプリケーターからとりだした飲み物満載のトレーを持ってテーブルに戻ってきた。「今はセルフサービスなんだ」艦長がすまなそうに言った。「バーテンダーを置くほどの贅沢はできなくてね。どの道、落ち着いて座って談笑する時間もないしな」

「艦隊の人間に会うのがうれしいなんて言う日がくるとは思ってもいませんでした」ローが、トマトジュースのグラスを傾けながら言った。「でも本当にうれしいです、今は」

ディアナがローの手をとり、陽気に笑って言った。「あなた自身の口から話してもらえるでしょう?今まで何があったの?」

ローが頷いて言った。「罪状を増やしたくないので、連邦と戦っていたときに何をしていたかは敢て語らないことにしますが、クリンゴンがカーデシアと戦争を始めたり、連邦がボーグに攻められたりしてからこちら、生活は落ち着いていたんです。マキのメンバーは、かつての入植地に戻ることさえできるようになってました」ローはトマトジュースを一口すすり、沈痛そうな面持ちで笑った。「私がトマトを育ててたんですよ?私のトマトはこれよりずっとおいしかったわ」ローは一呼吸置いて続けた。「私たちに何が起きたかは想像できるでしょう?ドミニオンが現れて、カーデシア軍を再編してかつての敵であるマキを攻撃させたんです。我々は中立を保とうとしました。ベイジョーのように。もう戦闘には飽き飽きしてましたから。でも無駄だったんです。奴らは我々の入植地を攻撃して皆殺しにしました。何千もの人々を」

「大変だったわね」ディアナが心からの同情をこめて言った。

ローが肩をすくめて見せた。「でもどこでも起きてることじゃないですか?マキなんて、もうなんでもないんですよ。意味もない難民の集団に成り下がってます。幸い、私は難民として生活した経験がありましたので、逃げるヒマがあれば戦うヒマもあることを知ってました。つまりベイジョーに逃げ込むくらいなら代わりに戦う決心をしたんです。あの艦が攻撃を受けているところに通りかかったんで、参戦したんです」

「勇敢というか無謀というか…… 両方かな」ピカードが言った。

「私の身の上話はそんなところです」ローが椅子に持たれかかりながら言った。「で…… やはり私は逮捕されますか?」

「いいや、」ピカードがキッパリと言った。「今の我々は、遺恨を気にする余裕すらないんだ。戦況がますます悪化しているのは言うまでもないだろう?」

ローが顔をしかめていった。「実はもっと悪い情報があるんです、艦長。ドミニオンは、カーデシア領域の奥で人工ワームホールを建造しています」

「なんだと?」ピカードがはっとした表情で聞き返した。「確かなのか?」

「確かです」ローはディアナ・トロイに向かっていった。「艦長に私がウソを言ってないって言ってあげて」

ディアナがため息とともに言った。「本心です」

「ドミニオンは、連邦の捕虜を建造に駆り出しています。奴隷労働者というわけですね」ローが付け足した。

ピカードがカップの紅茶に手もつけず立ち上がった。「この話を他のクルーにもしてくれないか。いろいろ聞きたいこともあるだろう」

ローが厳粛に頷いた。「構いませんが、私の運んでいた乗客に寛大なご処置を願えませんか」

「それは私の一存では決められないが、」ピカードが答えた。「君の輸送船は確保してある。データが修理可能だと言ってたぞ。ちょっと失礼」

ピカードがラウンジを闊歩した。その背中は断固とした決意にあふれているようだった。ローはピカードが出て行くのを見送り、頭を振りながら言った。「変わらないわね、ピカード艦長は」

「そうね」ディアナが同意する。「艦隊一の名艦長は健在よ」

ローは、報告を終えると両手を下ろし、観察ラウンジに集合した士官たちを見つめた。ピカードの思ったとおり、ローの表情には緊張と無関心さが奇妙が交錯して見えた。彼女の情報は又聞きにすぎず、なんの証拠もない。それでも彼女の説明はぞっとするものだった。特に連邦捕虜満載の船のくだりなどは。彼らは皆、それが悲しい現実であることを知った。

ピカードは、それでも一部のクルーの目に疑念の色を見て取った。特にウィル・ライカーの目に。もしくは、ライカーの困惑した表情は、ローの報告に存在する悲劇的な含みによるのもだったのかもしれない。ドミニオンがカーデシア領域にワームホールを持つことになったら、ベイジョーのワームホール前に敷設した機雷は何の役にも立たなくなる。それどころか、ベイジョーのワームホール自体を破壊しても構わないことになってしまう。ドミニオンはDS9防衛を止め、別の目標を攻めるだろう。例えば地球を。

「質問は?」ローが締めくくった。

「なぜドミニオンはバッドランドのそんな傍にワームホールを建造しようとしてるんだ?」ライカーが疑しげに尋ねた。

「そこなら連邦の長距離センサーでも探知しにくいと考えてのことだと思われます」

「多分そんなとこだろうな」ジョーディ・ラフォージが同意した。

「そのワームホールの位置をチャートで示せるか?」ライカーが聞いた。

「大体ですが」ローが答えた。「実際見たことはありませんが、セクター283の辺りのようです」

ライカーが顔をしかめて言った。「君にこの情報を伝えた人物は、さぞ信頼できる人なんだろうなあ」

ローは口をきっと結び、目が冷徹なものになった。「全幅の信頼をよせていただいて問題ないかと考えます。彼はウソをついたことがありませんでしたし、またその必要もないでしょう。彼は連邦がこの戦争に負けると思っていました、だからこそドミニオンと友好関係を築こうとしたのです」

気まずい沈黙の後、ピカードが笑顔を作っていった。「ありがとう、ロー船長。クレイクロフト少尉に医療室まで送らせよう。君の乗客たちも回復していると思う」

痩せこけたベイジョー人は、観察ラウンジの壁に飾られている模型をチラリと見た。歴代の<エンタープライズ>の模型だ。ローは悲しげに微笑むしかなかった。「艦隊士官としての生を投げ捨てたことがどれほど愚かなことだったのだろうかと何千回も自問しました。で、どうなりました?結局あなたも――つまり<エンタープライズ>もということですが――私と同じ状態ということですよね。いつも命がけで戦っている。滑稽だわ」

「滑稽ってこともないだろう」ライカーがつぶやくように言った。その仏頂面が少し和らいだようだった。「とにかく、君を救助できてよかったよ。それに<オーロラ>を援護してくれたことに感謝する」

「どの道死に場所を選べるような立場じゃありませんから。選べるとしたら死に方ぐらいでしょうしね」ロー・ラレンは傍らの保安士官を一瞥して言った。「行きましょうか」

クレイクロフト少尉がパネルを叩くとドアが開いた。ローに付き添って観察ラウンジを出た。

再びドアがぴしゃりと閉まるやいなや、ライカーが言い放った。「彼女は所詮裏切り者です。何よりも彼女の証言には一切裏づけがない。罠という可能性もあります」

「カウンセラートロイはウソは感じ取れなかったと言った」トロイが頷いてその言葉を肯定した。ピカード艦長がピカピカの会議テーブルの端から端をゆっくりと歩いてみせた。「ドミニオンが連邦捕虜を捕らえていることは事実だ。しかしその理由はずっと不明だった。実際に敵戦線の後方で生活していた人物に、連邦が話を聞くことのできたのはローが初めてということもある」

「総合的な健康状態を診たところでは、」ビバリー・クラッシャーが言った。「彼女は余りいい暮らしはしてこなかったようね」

「私は彼女の言っていることは真実だと思います」ディアナ・トロイが付け足した。「少なくとも彼女は真実だと思っています」

「ともかくだ、」ピカードが言った。「この情報は事実なのか、それとも単なる噂にすぎないのか?いずれにせよ無視するわけにはいかん。データ、人工のワームホールなんてものが実際建造可能なのか?」

「理論的には可能です」アンドロイドが答えた。「3年前、リナーラ・カーン博士率いるトリル人科学者チームがその難問に挑みました。完成には至らなかったものの、ベイジョーのワームホールをモデルに、ワームホールを人工的に作り出せることを証明したのです。プロトタイプもなしで、全長が最低でも8kmからなるバーテロンコライダーを構築する必要があります。よろしければ詳細についてもっとご説明しますが?」

「またそのうちにな」ピカードが言った。ジョーディが身を乗り出して何か言いたげだった。「ラフォージ少佐、なんだ?」

「私の考えでは、」機関部長が発言した。「最大の問題はそのサイズではなく、ワームホールを安定させるために使う必要のある未知の材質です。人工ワームホールの入り口では途方もない圧力がかかりますので。最も重い中性子星の中心核並みの圧力です。現在のところ、そんな圧力に耐えられるような素材は開発されていません」

「ジョーディ、コルザニウムを忘れたのかい?」アンドロイドが尋ねた。

機関部長は人工網膜の目を細めて言った。「おいおい、データ。全連邦領域を駆けずり回っても集められるコルザニウムはティースプーン一杯程度なんだぞ。それすら超フェイズシールドエンハンサーを使ったトラクタービームでブラックホールから取り出す必要があるってのに。それでも…… 仮に十分なコルザニウムがあれば実現可能は可能だな」

「ドミニオンのもつ資源量は驚異的だ」ピカードがつぶやいた。「それはまた人的資源についても然りだ。諸君らが考え付くことは向こうも考え付く。とにかく、この人工ワームホールは現実的と考えられるんだな?」

「その通りです、艦長」データが答えた。「ロー船長の報告は重く受け止めるべきと考えます」

その簡潔な宣言が、観察ラウンジでの会議の幕となった。人工ワームホールが完成すれば、ドミニオンはジェムハダー戦艦や慇懃無礼のボルタ人や自由に姿を変えられる可変種をどんどん送り込むだろう。そうなったらどんな惨状が展開されるか、今更繰り返すまでもないことだった。

「行って確かめるしかないようだな」ピカードが宣言した。「もし実在すればなんとしても破壊しなければならん」

「艦長、」ライカーがヒゲをなでながら言った。「指摘せざるを得ないと感じるのですが…… その任務は…… 自殺行為では?」

艦長がため息をつきつつ言う。「もし我々が行かずに、かつローの報告が真実だったら?それは連邦全体の自殺行為となる。艦隊司令部にメッセージを送ってローの報告の確認調査の許可を求める。意見は感謝する。下がっていい」

ロー・ラレンは、ション・ナボが痛めた右肘と右膝の腱のリハビリに付き合って小さなセラピー室にいた。負傷したローのクルーの中では彼の傷はごく軽いものだったが、ションにとっては傷よりも疎外感を感じていた。何しろ嫌悪する艦隊記章の元で航行する地球人で一杯の艦なのだ。ほとんど全生涯を通じて、ションは艦隊には憎悪以外の何も感じないのだが、今はその保護に依存しなければやっていけない情況を余儀なくされていた。

ションが肘を曲げたり伸ばしたりするのを、ローは医療用トリコーダーで観察していた。「経過は良好よ」ローが言った。「あと10回もやれば、膝は動くようになるわ」

ションが腕をテーブルの上に投げ出して言った。「それが何になるって言うんです?どうせ僕らは殺されるか投獄されるかだってのに」

「それはわからないわ。私たちに関しては、ベイジョーに送還されるっていうチャンスもありうるんだし」

「ベイジョー星系の近くを通ればの話でしょ」ションがつぶやいた。

故郷から遥か彼方にいる事実を否定できず、ローは渋い顔をした。もっとも故郷と呼べる場所があればだが。故郷を持たない根無し草の生活はつらく、ションは多分にローに似たところがあった。すなわち、世にすね、幻滅し、当局に期待してない。現状、より多くの難民や囚人が生まれるだろう。負傷しても見向きもされない人々が。

ローはコップのトマトジュースを一口すすり、ゆっくりと答えた。「地球人とその同盟国の人々は決して捨てたものじゃないわ。事実、彼らは互いにとても信頼し合い、常に最善を模索している。カーデシア人ですらね。彼らがこの戦争を生き延びることができたら、悪いようにはしないと思うの。とにかく重要なことは、今では私たちは全員味方だということを認識するということよ」

ションの虚勢はたちまち消えうせ、元の怯えた少年に戻った。「でも…… 連邦は僕らを収容所とか監獄に送るんじゃないですか?結局ドミニオンが捕まえに来るのを待ってるだけとか…… みんな言ってますよ、連邦は負けるって!」

「とにかく自分を大事になさい。必要なら戦う、人助けもいい、でも死んじゃだめ。ベイジョー人になるにはいい頃合いね」ローはションを友人として心配していた。

ドアが開いた。見ると、通路にピカード艦長が立っていた。心配そうな表情だった。かつての癖で気をつけの姿勢をとったが、ピカードがローを同じ船長として敬意を示してくれているのがわかり、楽な姿勢に戻った。ローは、他の艦隊士官たちもピカード艦長と同じくらい寛大な態度で接してくれたら、この同盟も悪くないのにと思っていた。

入室してションに微笑んだ。「ジャマしてすまんな。至急ロー船長と話す必要があったんだ。担当士官が、君らのリハビリの役に立てて喜んでたぞ」

ローがションを見て頷いた。憎しみを隠そうともせずに、ションはピカードを睨みつけて去った。しかし意志強固な艦長は他に気を取られてションの態度には気づかなかった。

「私の乗客とクルーに対する処置はどうなりましたか?」ローが尋ねた。

「保護される。しかし連邦が戦争に負ければ――、」ピカードの渋面が言葉をより強調していた。「とにかく君の言うとおり、ドミニオンが人工ワームホールを建造中だとすれば、連邦は負ける。我々がそれを破壊しない限りな。私は艦隊司令部に君の報告について裏付調査を行う許可を求めたのだが…… 回答はあまり芳しくなくてね」

ピカードはため息をついて言った。「司令部は<エンタープライズ>でこの任務に赴くことを拒否した。つまり、別の船ならという選択肢は残っている訳だ。しかもなるべくなら艦隊の船じゃない方が疑われずにすむ」

ローは得たりとばかり顔を上げて微笑んだ。「例えば<平和の発光体>号のような?」

「そういうことだ。ラフォージ少佐は30時間で修理が完了するといってる。少々改良を施すことも含めてな。潜入が発覚して連邦捕虜を危険にさらす可能性を考えると、カーデシア領域への潜入部隊はごく少人数としなければな」

ローの笑顔がますます広がった。「ずいぶんと危険なスパイ任務になりますよ。しかも破壊工作がメインとは。もし捕まったら、どれほどの間拷問が続くかわかってらっしゃいますか?死なせてくれと懇願するようになるでしょうね」

「カーデシアの拷問のことはよく心得てるよ」ピカードが厳然と答えた。「もし乗客とクルーのことが心配なのなら、公平に接するように命じておくし、別の船も用意しよう。私が問題にしているのは<平和の発光体>号自体のことだ。君に任務に加わってくれといってる訳じゃない――来てくれればありがたいが」

「行きますよ。艦隊の士官には私ほどバッドランドに詳しい人もいないでしょうし」おずおずとローが尋ねた。「それで、命令系統はどのように?」

「船長は君だ。これまで通りな」ピカードが答えた。「私は破壊工作の指揮をとる。指揮官が別にいるという君の立場に私がなるというわけだ。ちょっとした気分転換にはなるだろう」

「<エンタープライズ>にベイジョー人クルーはいますか?」

「いや。しかしドクタークラッシャーは変装術にかけては数年来の熟練者でね。地球人をベイジョー人に変身させるくらいはお手の物だ。スキャンでもばれないくらいさ。メンバーは15名。これが割ける精一杯の人数だ。無論失敗できない任務と言うのはわかっているな?」

ローの痩せた顔から笑みが消え、再び戦士の顔に戻った。「もちろんです。しかし、目的を欲張りすぎてませんか。カーデシア領内に潜入し、ワームホールを見つけ出し、これを破壊する、それになおかつ連邦捕虜を救出するというのは。もう少し現実的にならなくては。捕虜は諦めた方が」

「ワームホールの破壊が最優先だ」渋々ながらピカードが同意した。「捕虜については情況の偵察程度に留めるほかあるまい。同胞の苦しみには、打倒ドミニオンをもって報いるとしよう」

 ローはトマトジュースの入ったグラスを取り、ピカードの、少々落胆しつつも決意に満ちた目に見入っていた。「さあ、目に物みせてやろうじゃないか」


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