THE DOMINION WAR BOOK ONE

 BEHIND ENEMY LINES

【訳注】'12/02/23: 第7章ドラフト訳終了。4年以上かけてやっと更新(^^;;;
'07/12/18: 第6章ドラフト訳終了(実際には穴だらけだけど)。どこが「急いでる」って?>自分(^^;;;
'06/11/11: 第5章ドラフト訳終了。第6章ドラフト訳開始。とにかく今は先を急ごう(^^)。
'06/11/05: 第5章ドラフト訳再開。
'06/08/26: 第3,4章校正終了(イマイチ感は否めないが……)。第5章ドラフト訳開始。

'06/08/14: ハンパじゃなく長いことサボってましたが(^^;;;)、ちょっと再開。第4章ドラフト訳終了しました。さて、次はどうするか……
'06/01/07: こっそり翻訳再開して(^^)、第3章ドラフト訳終了。校正開始…… と思ったけど、気分的に第4章ドラフト訳開始(^^)。
'05/12/18〜: VGRおよびTOS視聴のため、翻訳作業休止中デス。
'05/11/29: 第2章校正終了。第3章ドラフト版翻訳開始。
'05/11/19: 第2章ドラフト訳終了。校正開始。
'05/11/03〜11/12: VGR視聴のため、翻訳作業休止。
'05/10/17: 第1章校正終了。第2章ドラフト版翻訳開始。
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序章

「回避行動、パターン、ゼータ・ナイン・ツー!」

「了解、艦長!」補助操舵席のウィル・ライカーは答えた。操舵手は、既に焼け落ちてしまった本来の操舵席傍で床に伏せていた。その目はまともに像を結んでいない。ドクター・ビバリー・クラッシャーがその士官の腕の傷を診ている。焼けてオーバーロードした回路の焦げた匂いが、ブリッジ全体に充満。高密度の電磁パルスが艦全体を覆ったためだ。

「防御スクリーン、40%に低下」データがオプスコンソールから報告する。アンドロイドの口調は、この緊急事態にまったくそぐわず落ち着いて事務的なものだった。

「後部魚雷を先頭のカーデシア艦に向けろ」ピカードの命令だ。

「量子魚雷装填」戦術コンソールにいたクレイクラフト少尉が答えた。この少尉はチタン製の神経を持つ若い女性である。ピカードは思い出す。10年前に同じエンタープライズという名の別の艦で戦術コンソールに立った女性士官のことを。ターシャ・ヤーを失って以来、そういう人生になってしまったようだ。なぜなら現在艦隊では、毎日何千ものターシャ・ヤーを失っているのだから。

「準備完了」ライカーが性急に答える。

「防御スクリーンを下げろ」ピカードが命じる。「発射!」


第1章

ロー・ラレンは、遠くの歯並びの悪い顎のような山の稜線と、その上に落ち着きなくかかる黄色い雲を見上げていた。夕暮れや収穫期の一面の花々の美しさなど、ローの目には映っていない。見えるのはただシャトルから上がる蒸気と、ガリオン星から転送されていく小さな光のみである。そのシャトルは、艦隊士官ならガラクタ同然でワープエンジンもないことが一目瞭然で見て取れるしろものだ。こんな船でどこへ行こうというのか?

ローの手が、彼女の小さな野菜畑にあるトマトのしげみのうえで停まった。ローが大地の恵みを得ることに喜びを感じるなど、誰が考えたろう?感情が彼女ののどをハタネズミの歯のように掴み、拳をあげて叫びださずにはいられなかった。ありえない!ようやく安息の地を見出したと思ったら、すぐまた戦争が悪臭とともにそれを飲み込んでいく。ローは戦争の臭いを知っている。焼けた瓦礫の山、ふくれあがった死体、みすぼらしい難民キャンプ――子供の頃の記憶だ。この戦争は、ローの経験したどの戦闘と比較しても、単なるケンカ以上のものではない。だがそれでもなお、この戦争は誰にとっても脅威だった。

寝泊りしている小屋で、ローはドアの開く音を聞いた。深呼吸をして、泥だらけのヒザを起こす。リーンだった。彼女は素では美人なのだが、農作業で疲れた表情だった。短く刈り込んだ髪のおかげで美人というよりインパクトがあるという風情がある。彼女の鼻には見事なしわがあり、左耳には伝統的なチェーン付のイヤリング。それは、マキの中でもほとんどが地球人で構成されるこのグループにおいて、彼女がベイジョー人であることをことさら強調しているかのようだった。ローがつなぎ服の上から着けていたエプロンで手を拭くと、このプレハブ小屋の薄い床板をギシギシと鳴らす、もうひとりの足音が聞こえた。デレックだった。彼は尋常でなく緊張していた。久しぶりにローに会うのに神経が高ぶっているようだ。

再度、ドアがバタンと開き、畑の土であるところの火山灰質の黒砂利を踏む足音が聞こえた。そう、土だ。水耕栽培技術、化学肥料、一定量の灌漑を組み合わせることで、ようやくその黒砂利を食物栽培に適した土と成しえたのだ。ローは、この土を手放す気にはなれなかった。愛情のありったけを注いできたのだから。

小屋の角をまわり、ローの姿を見て立ち止まったのは地球人だった。さも大変そうに落ちた肩や、疲れた青い目。その髭すら疲労困憊といった様相でたれている。一目見るだけで十分言いたいことが察せられた。デレックの髪はグレー、ローよりずっと年上だが、若さを保つ快活な魅力を備えていた。しかし今日に関しては、その魅力をもってしても額に刻まれた心配性の皺を隠すことはできていない。デレックは、ずっとフリーランスの密輸商人で武器を売っていたが、ローがマキのメンバーに引き入れた人物だ。彼は今でも武器を扱っている。しかしそれは同胞のためで、報酬のためではない。

ローが駆け寄ると、デレックは太い腕でローの細い体を抱きとめた。グレーの髪がローの頬をなでる。デレックはローの顎を上げてじっと見つめてやさしく言った。「彼らはもう当てにならん。他所へ行くしかない」

「またなの?」思わず不平が漏れ、ローはデレックを押しやった。「私たちは、もう数え切れないくらい逃げ回ってきたわ。また逃げろって言われてもうんざりよ。カーデシアと連邦を向こうにまわして抵抗してきた私たちじゃない。奴らにだってそうすべきよ、そうでしょ?」

デレックは悲しげに微笑むしかなかった。「カーデシアでも連邦でもない。今度はドミニオンが相手なんだ。我々には太刀打ちできない。誰にもな。連邦やクリンゴンも右往左往するばかりだし、ジェムハダーの戦艦は無敵かという強さだ。加えて全カーデシア艦隊が再建されて編入された。奴ら征服欲丸出しといったところさ。信じられんだろうが、マキの代表が、連邦の捕虜満載の船を二隻も見たと言ってる。交渉のために停泊していたトラル・クリバンでな」

ローは軽蔑したように吐き捨てた。「交渉ね。で、何を期待してるの?マキは中立だってカーデシア人を説得するとでも?一旦敵対したら、一生敵よ!」

「そうじゃない」デレックがやわらかく受ける「我々は失敗したかもしれんが、ベイジョー政府は不可侵条約を締結した。中立だよ、ベイジョーは」

「ベイジョー政府が?」ローはますます軽蔑した声色でいう。「そんなこと信じられるものですか」

デレックは寂しい笑顔を見せた。その表情に、ローは話が本当だと信じざるを得なかった。「ベイジョー政府にもあまり選択の余地は残っていないと思う。ドミニオンにしても、この条約締結は単にカーデシア人に対する嫌がらせに過ぎんよ。奴らに誰がボスかを思い知らせたかっただけさ。DS9は堕ちた。他もそう長くはもたんだろう。連邦全体がな。今はワームホール前に敷設された遮蔽機雷がかろうじてドミニオンを抑えているようだが。

我々のようにちっぽけなものすら、ドミニオンはお目こぼしなしだ。マキのスパイの情報では、このセクター全体を完全に征服するつもりのようだ。奴ら、バッドランドの向こう側、セクター283の辺りに何かどでかい物を建造しようとしてるらしい」

「何を?」

「人工のワームホールだ」答えたデレックの声には畏怖の響きがあった。「おそらく奴隷を労力として使うんだろう――連邦の捕虜をな」

ローはデレックをじっと見つめ、彼が言外に匂わせている意味をさとって立ち尽くした。カーデシアの領域奥深くに人工ワームホールがあったら、ドミニオンの戦力が両宇宙域を行き来するのにベイジョーのワームホールは必要ない。それどころか、ベイジョーのワームホールを破壊することも可能だ。おそらくベイジョー人が崇める預言者たちも全て巻き添えとなる。

「マキにも連邦へ戻っているメンバーがかなりいるわ」ローが言い放つ。「プライドなんか捨てて、同じことをやればいいじゃない。連邦の協力があれば、逃げなくてもこの星系を守ることは可能よ」

今度はデレックがため息をつく番だった。「連邦は、地球さえ無事ならいいのさ。我々のことなど大したことじゃない。忘れ去られてるよ。我々にできるのは、すべてが終わるまで隠れていられる静かな土地を見つけることだけだ」デレックは笑おうとしたようだが、むしろ怯えて見えただけだった。

「じゃあ、誇り高きマキは、人命尊重のために長年の抵抗運動を捨てて逃げるってわけ?」ローは軽蔑したように聞き返した。

デレックは黒い石を蹴りながら言う。「マキの代表がカーデシアからある約束を取り付けてる――交戦状態に突入しないかぎり、撤退の時間は保証すると」

ローは疑い深い目でデレックを見据えた。「撤退ってどこへ?こんな戦争から逃げられる場所なんてあるわけないじゃない。私たちにできることは戦うことだけよ。でなければ降伏してあとはドミニオンのなすがままね」

「ベイジョーに行くという案がある」デレックはローの反論から穏やかに話をそらした。彼のいつもの手だ。「言ったろ?ベイジョーは中立なんだ。事実、委員会は君を<平和の発光体>号の指揮官に任命したし、既にクルーも集めてる。できるだけ多くの人員をな。ベイジョー人なら―つまり君が指揮を取っていれば―ドミニオンの領域を無事通過できるチャンスがある」

「そんな会議、私は出てもいないわよ!誰がそんなこと勝手に決めたの?!」ローがデレックの言葉をさえぎった。

デレックは、もういいだろうといった表情でローの肩に手を回した。「ラレン、この任務を無事遂行できるのは君以外にないんだ。我々は撤退の指揮をとる、人員をあまり分散させるわけにもいかん。おそらくお互い二度と会うことはないだろう。マキは家族だ。たとえ土地を争ってばかりいてもな。君が無事ベイジョーに到着したニュースが聞けることを祈ってるよ。私もすぐに行く」

ローが鼻のしわをよせて言う。「あなたは一緒じゃないの?」

「ああ、誰かが武器屋を続けないといけないし、私以上に詳しい者もいないからな。ま、別に我々は平和主義者ってわけでもないだろ?」ほんの瞬間、無頼漢らしい微笑が戻ったように見えた。

ローは、ほとんど自棄(やけ)になってデレックの手を握った。デレックはローを抱きよせ、その指はほとんどローの体に食い込むかのようだ。唇を合わせると、そのキスは涙の混じったほろ苦さだった。かつてカーデシア、現在はドミニオンとの非武装地帯にある、ちっぽけな惑星上のとある小屋の前の野菜畑で、ふたりはかたく抱き合っていた。これが最後になる予感があったのかもしれない。

「出発時間までどれくらい?」ローはしゃがれた声で聞いた。

「1時間というところかな、おそらく。船はもう軌道上に待機してる」

「待ってもらう必要がありそうね」ローが言い、デレックの手を取って小屋に引き入れた。


ローは、<平和の発光体>号内の小さな、しかし輸送船らしからぬシャレたつくりの転送室に実体化した。グレーのキャップにつなぎ服、ダッフルバッグを肩にかけた姿は、単なる一般クルーにしか見えない。しかし彼女を招聘した委員が、彼女が指揮官だと告げていた。薄明かりの転送室にドカドカと入ってきたのは、提督代理の3名と、先の交渉で何の成果も得られず手ぶらで帰還した代表メンバー2名で、後の1人は司令部幹部である。

わかってたはずじゃない、とローは思った。私が運ぶのは一般市民じゃない、お偉方なのだと。

この面々は、マキではローより上の階級であるにもかかわらず、ローを畏敬の目で見ていた。宇宙艦隊を捨て明日をも知れないマキに加わった――しかもただマキにとっての英雄となるためだけのために――ことで、ローは生きた伝説とみなされていた。時が経つにつれ、ローはカーデシア、連邦双方に対するゲリラ活動において名を成していった。しかし、カーデシアとクリンゴンが戦争中でマキに束の間の平穏――戦時に比べればという程度だが――がもたらされたとき、ローは昇進の話を蹴っている。熟練の兵士からなる小隊、ローが指揮した経験があるのはそれしかない。ローは、自分が彼らにとっては尊敬と排斥双方の対象である部外者にすぎないことを感じていた。

「ロー君、君がこの任務を引き受けてくれたことを大変喜んでいる」言ったのはシン・ワタナベ、先の交渉団代表のひとりだった。

ローは転送パッドがら降りると、居並ぶ面々はうやうやしくローに道をあけた。

「我々の目的は聞いているだろうが、」提督のひとりがぞんざいに言った。「無事ベイジョーにたどり着けると思うかね?」

ローは毅然と口を閉じ、疑うような提督の顔を観察した。そこに見えたのは、恐怖、不安、怒りといった、ローのよく知る感情だった。今にも四散してしまいそうな情況なのだ。ローは、まず結束を取り戻させる必要がある。

「皆さんの不安な気持ちはよく分かります」ローは話し始めた。「私も同じです。しかし、この旅をはじめる前にこれだけはハッキリさせておかなければなりません。皆さんの要請があり、私は船長を引き受けました。つまりこの船の総指揮官は私です。ベイジョーまでは相当の距離です。航行中はいろんなことが起こりうるでしょう。ここで約束してください。何人も、私の決定や命令に逆らわないと」

ワタナベが神経質に笑った。「うん、当然だが、意見や助言をすることがあっても――」

ローは転送パッドに飛び乗り、彼らに向き直って言った。「戻ります。転送してください。あなたがたに口を挟まれながら航行を続けるくらいなら、カーデシア人相手に自分の運を試してみた方がよさそうだわ」

女性提督が歩み出た。「ラレン、私たち長い付き合いでよく知った仲じゃない。階級ごっこなんて始めるのはよしましょうよ」

「船の指揮官は常にひとりだってこともよく知ってるでしょ」ローは言う。「我々は土地も、故郷もない。あるのはウソの旗を掲げてとぶこの船だけ。私を指揮官にしたってことは、自分たちの命を私の手に委ねる選択をしたってことよ。自分で決めたことなの。そして私が指揮官である以上は、全員クルーで当事者なの。単なる傍観者なんて認めないわ。単純なことよ。従うの、従わないの?」

年長でシャーファという名の提督が敬礼して言った。「了解、船長。君に反抗するものは、私が全員営倉に放り込む。信頼してくれ」

他の全員が驚きの目でシャーファを見た。そしてあきらめと、羞恥、恐れをもって頭を垂れた。ローに、いきなり全員の意気をそぐ意図はなかったのだが、この件は今ここで解決しておくのが一番なのだ。命令を下すごとに議論になっていたのでは、この旅は果てしなく困難なものになる。さらに、今日のローはあまり寛容という気分ではなかった。デレックとの別れがまだ尾を引いている。

「シャーファ提督、副長は決まっていますか?」ローが尋ねた。

「まだだ。過去、この船はメンテナンス要員しか乗せていなかったんだ。急いで最高の人員を集めたんだがね」

「ではあなたが副長を務めてくださいませんか?」

彼は厳格に頷いた。ローは転送パッドから飛び降り、他の者たちの凝視を無視してシャーファと供にドアから通路出た。下部デッキへ続く螺旋階段を通り過ぎたところで、ローはようやく自分のいるところを把握し、提督とともにブリッジへ向かった。

「船の状態はどうなんです?」ローがシャーファに尋ねた。

「知っての通り、<平和の発光体>号はブラックマーケットで手に入れた当初は調子が悪くてね。再調整して、ベイジョー船のワープサインが出るように機器類を載せ換えるのにいい加減手がかかったよ」

「ではスピードは出ませんね。武装は?」

シャーファが微笑んだ。「そうだな、光子魚雷6発で武装強化をして、スピードもワープ3までは出るようになってる。とはいっても、所詮中型の輸送船に変わりないからな」

「全乗員数は?」

「クルー20名、それと乗客80名だ」

ローが顔をしかめる。「すし詰めになりますね」

「そうだな。しかし、聖職者の団体を運ぶわけじゃないんだし、戦闘部隊輸送船に馴染むのにそうはかからんよ。ひとついいニュースがある。船のフードレプリケーターはちゃんと動くんだ」

「それはマキ艦隊の船にしては珍しいこと」ローが素気なくいう。「そのレプリケーターでベイジョー船ブリッジクルーの制服がつくれるかどうか見てください。――他にベイジョー人クルーはいますか?」

「ひとりいる。ション・ナボというエンジニア見習いだ」

「もうエンジニアではいられませんね。ブリッジクルーに昇進させてください。私がブリッジにいないときには必ず彼がいるように。なるべく私がいるようにはしますが。ドミニオンから通信が入ったら、ブリッジには必ずベイジョー人が指揮してるところを見せなければ」

「了解」シャーファが言った。


ブリッジに着くと扉が開き、ふたりは中へ入った。<平和の発光体>号のブリッジは小さく、機能的と言うよりは風情があるといった雰囲気だった。質素な制御コンソールは、祈りの場のようで、スクリーンは預言者の言葉で縁取られていた。「預言者の道は平和へと続く」という言葉が最初にローの目についた。思わず不機嫌になるのを悟られないようにした。ローは、普通のベイジョー人とは違って、宗教意識も美を愛でる心もとうに捨てていた。

操舵席の若いパイロット、オプス士官、戦術士官からなる3名のクルーが気を付けをした。「船長のお越しです!」

「楽にして」ローが3人に言った。「名前は追い追い覚えるわ。まず照明を今の60%に落として。そうすればほとんどの人員がベイジョー人じゃないことがバレにくいわ」若いクルーたちはピシっとそれぞれの席につき、オプス士官が命令どおり照明を落とした。

ベイジョー船には規定の船長席はない。ローは補助コンソールに席をとった。「ベイジョーに向けてコースセット」

「直接ですか?」操舵手が尋ねた。「全く迂回せずに?」

「少尉、命令は聞いたとおりよ」ローがつっけんどんに言う。「迂回なんかしないわ。こそこそする必要などないもの。我々はドミニオンに赴いたベイジョーの貿易団代表で、今から故郷に戻るところなの。本当は全員にベイジョー人の外科整形を受けさせる時間があればいいんだけどね。でもそんな時間はないからごまかすしかないわけ。さあ、ワープ最大でコースをベイジョーにセットよ」

「了解」ブロンドの若い女性士官がコンソールを操作する。「コースセットしました」

「軌道を離脱する。通常エンジン、推力3分の1」

「了解」

シャーファ提督がドアに向かって歩き出した。「ユニフォームの件について手配をかけてくる。それとミスター・ションをブリッジに出頭させるよ」

ローが頷く。ガリオン星離脱の現実が胸にこたえた。ローは、自身の状況について多くを語るほど楽観的ではなかった。

「軌道離脱確認」操舵手が言った。「ワープエンジン準備よし」

ローがかつてよく見ていた、宇宙艦隊のある艦長の仕草そのままに指差して見せた。「発進」

ゲイラー級のカーデシア戦艦2隻によるフェイザー攻撃が宇宙に鳴り響き、<エンタープライズE>の美しい船体を揺らした。ソブリン級の宇宙艦は、魚の形をした黄色い戦艦に追撃を受け、転進するまもなく砲撃を受けた。


ブリッジでは、ジャンリュック・ピカード艦長が指揮官席の肘掛に掴りながら言った。「回避行動、パターン、ゼータ・ナイン・ツー!」

「了解、艦長!」補助操舵席のウィル・ライカーは答えた。操舵手は、既に焼け落ちてしまった本来の操舵席傍で床に伏せていた。その目はまともに像を結んでいない。ドクター・ビバリー・クラッシャーがその士官の腕の傷を診ている。焼けてオーバーロードした回路の焦げた匂いが、ブリッジ全体に充満。高密度の電磁パルスが艦全体を覆ったためだ。

「防御スクリーン、40%に低下」データがオプスコンソールから報告する。アンドロイドの口調は、この緊急事態にまったくそぐわず落ち着いて事務的なものだった。

「後部魚雷を先頭のカーデシア艦に向けろ」ピカードの命令だ。

「量子魚雷装填」戦術コンソールにいたクレイクロフト少尉が答えた。この少尉は、鉄どころかチタン製の神経を持つかというほど胆のすわった若い女性である。ピカードは思い出す。10年前同じエンタープライズという名の別の艦で戦術コンソールに立った女性士官のことを。ターシャ・ヤーを失って以来、そういう人生になってしまったようだ。なぜなら現在艦隊では、毎日何千ものターシャ・ヤーを失っているのだから。

「準備完了」ライカーが性急に答える。

「防御スクリーンを下げろ」ピカードが命じる。「発射!」

クレイクロフト少尉がコンソールを操作する。「魚雷発射しました!」

一対の光子魚雷が<エンタープライズ>船尾から発射され、さながら漆黒の宇宙を走る流れ星のように走った。魚雷は、飢えたピラニアのように先頭のカーデシア艦に向かっていき、爆発してガスや炎や反物質の内部破裂を巻き起こして追随していた2隻目の艦をその爆発に巻き込んだ。その2隻目の艦は、向きを変えクリスマスツリーのようにきらめいた後、逆に真っ暗になって漂流し始めた。<エンタープライズ>は通常通りの航行を続けていた。

ライカーはピカードを振り返りながら、子供っぽくニヤリと笑った。「いつもよく効く手ですね」

「カーデシアに対しては特にな」艦長が思慮深く言った。そもそもピカードはやられたふりは好まないのだが、数的に優位に立たれてしまっては選り好みはしていられない。カーデシア軍は、エンタープライズのような大物をしとめられると慢心し、躍起になりすぎた。それが油断を招いたのだ。相手がジェムハダーだったらこうはいかなかったろう。

「被害報告」ライカーが命じた。

「艦内にエネルギーの変動が見られます。場所は、右舷ナセル、ブリッジ、そして第15から26デッキ」データが報告する。「第17デッキのプラズマカップリングとEPSコンジットが至急修理を要します。復旧システム作動中。修理班が既に向かっています。防御スクリーン、40%で維持。メインリアクターからパワーを迂回させています。軽傷者5名、重傷者はありません」

ビバリー・クラッシャーが、やれやれといった風情で立ち上がり、ヘアバンドからこぼれて乱れた髪を直した。医療コートはしみだらけのうえ、顔がげっそりとしていた――戦時の医師そのものといった様相である。「すぐ医療室へ向かいます」彼女が言った。

ドクターは、患者を見下ろすとプロとしての笑顔を見せた。「チャールズ少尉の容態は安定したわ。だけどもうしばらく座らせておきたいの。できるだけ早く誰かをよこすから。楽にしておいてあげて」

ピカードは、ドクターに向かって力なく笑った。「君自ら来るとは、医療室も人手不足なのかね?」

「いいえ、私がブリッジに来たのは、あなたとウィルにもしものことがあったら取って代わろうと思ってよ。艦の指揮をとってみたかったの」

「いい考えですね」ブラックユーモアに関してはピカードより上のライカーが受けた。「でも取って代わられる前にコンピューターに命令しておきますよ。あなたに気をつけろと」

「覚えておくわ」ドクターは、頭をさげながらブリッジを横切った。この戦争が始って以来未使用のままの科学ステーションが寒々しい。ターボリフトに乗る頃には肩が凝ってしまうほどだったが、彼女は振り返らなかった。

ピカードは軽くつばを飲んだ。ほとんど全ての戦線で圧倒されっぱなしの、きつい戦争を続けているのだ。どの部署でも人手不足か人員が戦争神経症の症状を呈している。ピカードが育てた熟練クルーたちは、今やそれぞれの艦で機関部長、医療部長、あるいは艦長となっている。個人的に一言声をかけるだけで、士官の主要スタッフが集まってくる。とはいえ犠牲が大きすぎる。艦隊が新造艦を就航させるスピードに、その艦を運用するクルーを育てるスピードが追いつかないほどなのだ。

「艦隊の情況はどうだ?」ピカードがデータに尋ねた。

理論上は、<エンタープライズ>が対ドミニオン攻撃戦線の主力なのだが、宇宙艦隊は、艦を集中的に配置することを止めた。ドミニオンに一気に撃破されやすかったからである。替わって新戦術では、敵を破壊ないし拿捕するために3次元的に分散配置した。幸運と好人員にも恵まれたか、遭遇するのはカーデシア艦何隻かで済んでいた。ジェムハダーの戦闘巡洋艦1隻よりもましである。後日また一進一退の小競り合いを繰り返すことになるだろう。

データが頭を振りながら答えた。「艦長、長距離スキャンによれば、依然交戦状態のところがあるようですが、亜空間通信が妨害されているために正確なところは不明です」アンドロイドの指が目にも留まらぬ速さでコンソール上を動いていた。

「救難信号を探せ」ピカードが目をこすりながら言った。「次の任務にかかるとしよう――救助活動だ」

「救助任務の予定コースにセット」ライカーが言った。「ワープ3で?」

「通常エンジン最大でいこう、修理が済むまではな」艦長が答える。「艦にも負担をかけすぎてきたことだし」

ライカーが頷いて、コムバッジを叩いていった。「ライカーから機関部、情況はどうだ、ジョーディ?」

「上々です」短い答えだった。「修理班の件じゃ貸しができましたね。もう戦争は終わりましたか?」

「まだ完全じゃないがな」ライカーが冗談交じりに言った。

ピカード艦長が椅子に戻った。とにかく、今回の戦闘で敵艦1隻を撃沈、もう1隻を航行不能にしたところで、ようやく1日が終わろうとしていた。しかし他にも助けを必要としている者がいる。それもとてつもなく多数の者が。


<平和の発光体>号のブリッジは、<エンタープライズ>の円形ブリッジのような能率重視のレイアウトにはなっていなかった。薄暗い小部屋のようなブリッジは、ローをベイジョーの教会にいるような気分にさせていた。聖廟の代わりにスクリーンに面した教会だが。その印象を強調するように、スクリーンが宗教的な教えの言葉で縁取り飾られていた。しかし、優雅なベイジョー製のパネルが周囲に強烈な赤い光を放っていた。

ローは、傍らのション・ナボを振り返った。戦場で戦うより、学校に通っているべきティーンエイジャーである。2人とも、ベイジョーの赤茶色の制服を身に着け、これ見よがしにイヤリングをしている。ベイジョー船であるはずのこの船でただ2人のベイジョー人として、それらしい印象をあたえねばならない。2時間の間、船の航行は全く順調で、単なる輸送船としては最高速度で進んでいた。ローは、この少年に任務のことについてレクチャーするいい機会だと思った。

「ミスター・ション、もっと近くに立つのよ」ローが始めた。

「はい、船長」ションが熱心に言い、きびきびとローの右肩を接するぐらいの位置に移動した。ローは、ションが自分より華奢で背が低いことに気づいた。

「理由の如何によらず、何らかの通信が入ったときには、常にその位置をとるのよ、私の傍にね。相手に視覚的にベイジョー人だということを印象付けるわけ」

「了解」

「そのとき、あなたは副長として振る舞いなさい。そして私たちはベイジョー語で会話するのよ。すぐ翻訳されて伝わるから、自然に振舞うこと」

ションは、不安げに咳払いをした。

「なに?」

「僕は…… 僕はベイジョー語ができないんです。子供の頃はできた気がしますが…… もう忘れちゃって……」

「戦災孤児なの?」

ションが頷く。「僕の養父母は、僕を仲間の入植地に連れて行ってくれました。子供の頃です。しばらくの間は快適でした。でも、連邦が僕らを裏切ってカーデシアの手に渡してしまいやがって」

「個人的感情は抑えなさい」ローが言った。「私たちはベイジョーに向かってるの。表向き中立とは言え、ベイジョーは連邦の一部のようなものよ。何しろ選ばれし者が地球人なくらいだし」

少年が表情を強張らせた。「だけど、カーデシア人は僕の親を4人とも殺したし、僕自身も何度も殺されかけてます。奴らに媚を売るような者は卑怯な裏切り者です」

「憎い気持ちはわかるわ。でもそれは自分の中にしまっとくの」諭すようにローが言う。

「了解」

「それと、私が席を外しているときに通信に答えてもらわなくちゃいけないわ。そのときは絶対に遅れないこと。怪しまれるから。副長だといって、私を呼べばいいの。そんなに大きな船でもなし、すぐに駆けつけるわ。時間があれば、ベイジョー語を教えてあげる。手始めは――」

「船長、」気をつけの姿勢のまま、オプス士官が言った。「近くを通る船団が4パーセク以内にいます。うち2隻がワープから出でこの船に向かってきます」

「残りの船の進路は?」ローが先を促した。「予測コースを表示して」

「ジェムハダー艦2隻がワープに入りました。2,3分でこちらに追いつきます!」パイロットがあわてていった。

「ありのまま説明しましょう」ローが宣言した。「これがカーデシアじゃなくてジェムハダーでよかったわ。シャーファ提督をブリッジに。残りの船団の進路を特定して」

「そ、そんな…… 」戦術士官がうめき声をあげた。「奴ら…… 奴らの向かっているのはガリオン星です!どうしますか?」

ローは、艦隊よりもマキで鍛えられた部分のほうが大きい。自制する術(すべ)は心得ていた。「なによりも、まず落ち着くのよ」

「了解」女性士官が姿勢を正しながら応えた。「魚雷発射準備をしますか?」

「だめよ。私の命令なしに攻撃的行動に出ることを禁じます。とにかく、私たちは全員がガリオン星に仲間を残してきてるわ」

女性士官は豪快に笑い、ついで息を呑んだ。「知らせますか?」

「今すぐメッセージを送信したとしても、」ローが言った。「間に合わないでしょうね」

ローがション・ナボを振り返った。幼い顔立ちのベイジョー人は、悲劇や憎悪に見舞われながらも無垢に見えた。「ション、通信にはまずあなたが出て。船籍を伝えるだけでいいのよ、ベイジョー船だって。そして船長を呼ぶってね。運がよければ、向こうは急ぎでそれどころじゃないはずだから」

ローは、後ろのまだ馴染みのないクルーに歩み寄った。「照明をあと10%落として。敵艦をスクリーンに」

スクリーンが、遠目に銀色の船体を2隻映し出した。広大な宇宙空間に映し出された映像では、思ったより小さく見える。ジェムハダー攻撃艇は、<平和の発光体>号よりも小型だが、恐ろしく敏速で、機動性に優れ、攻撃力に富むことをローは知っている。ロー自身はジェムハダーを見たことがなかったが、その一貫して冷酷な態度や、主(あるじ)たる創設者に対する飽くなき忠誠心のことは聞き及んでいた。

「ジェムハダー艦、ワープ6でこちらに向かってきます」パイロットが言った。

「進路そのまま」ローが命ずる。「奴らに強制されるまでワープから出ないで。スピードもそのまま維持よ」

スクリーン上、ドミニオン艦はますます大きくなってきた。2つのナセルをそなえた銀色の攻撃艇2隻である。ローは、おそらくスキャンされてワープサインの種類を確認しているところだろうと想像した。突然通信パネルの呼び出し音がなり、予想していたにも関わらず思わずビクっとなった。

「呼びかけてきました」戦術士官が声を震わせながら言った。「それとワープから出るように要求しています」

「まず呼びかけに応えて」ローは、ション・ナボにスクリーンの前に出るように身振りで合図し、自分はブリッジ後方の陰に下がった。

背筋を伸ばし、できるだけ自分のイメージする副長らしく見えるように努めながら、若いベイジョー人はスクリーンの前に立った。咳払いをして軽く頷いた。

すかさず、恐ろしげな容貌のジェムハダー兵がスクリーンに現れた。その顔は、サボテンの尖ったこぶのような皺に覆われ、皮膚は灰色で生気がないように見えた。しかし目は生き生きと赤く、トカゲの目のように膜で覆われているかのようだ。奇妙な機械的器官が鎖骨から左目にのび、首に繋がったチューブから白い液体が流し込まれている。そのジェムハダー兵の後ろに、目立たない容貌の別の人影が見えた。

「我々は、ベイジョーの輸送船<平和の発光体>号だ」若いベイジョー人が、努めて自信ありげに、少し尊大な口調で言った。

「ワープ航行を中止せよ」ジェムハダーが荒々しく命令した。「ここはドミニオンの領域だ」

「私はただの副長だ」ションは答えたものの、声が裏返っていた。「今船長を呼んでいる」

「ここはドミニオンの領域だ」スクリーンのデコボコ顔が繰り返して言った。

「そして、我々はドミニオンの友人よ」ローがブリッジ前方に進み出ながら答えた。ション・ナボはローの後ろに下がり、背中に寄り添った。ローには、ションが震えているのがわかった。

「船長のティロです、ご用件は?」ローが続けて言う。

「ワープを解除しろ」ジェムハダーが命じた。

ローはパイロットに頷いて、大声で言った。「通常エンジン最大。コースはベイジョーに向けて維持して」

ドミニオン攻撃艇には、パイロットの後ろ、コクピットの後方に線の細い人影があった。この人物はジェムハダーとは違う種族である。無論カーデシア人でもない。大きな耳、紫の瞳を持ち、プロの政治屋のような媚びた態度だった。ドミニオンの中間支配階級のボルタ人ね、ローは思った。

「このセクターにどのような御用でしょうか?」ボルタ人が精一杯機嫌よく尋ねてきた。

「我々はベイジョー貿易団の代表です」ローが答えた。「過去、このセクターで多くの種族と交易を続けてきました。それを今後も継続していきたいのです」

「我々は交戦状態なのです」耳の大きな小男が答えた。「連邦が我々の友軍に対してけしからん行為を繰り返してましてね。鎮圧しにいくところなのですよ。妙なところでいらぬおせっかいを焼いたりすることなく、ベイジョーへ無事帰還されることをお祈りしてますよ」

「まさにそのつもりですわ」ローが答えた。「ドミニオンの方々のご親切は忘れません」

ボルタ人は、賛辞に感謝しつつ頷き、ついで付け加えた。「スキャンによると、大勢の乗客を乗せておいでのようだ。しかもほとんどが地球人とは」

「乗客の輸送などついでですわ」ローが当たり前とばかりに言う。「帰路についているんですもの。まっすぐ故郷に向かいますわ」

「その言葉、お忘れなきよう」ボルタ人がジェムハダーのパイロットに合図し、回線が切れると同時にスクリーンの映像が消えた。ほどなくして、ドミニオン船2隻がワープに入るのが見えた。

ローが顔をしかめて言う。「奴らの進路は?」

「我々の来た航路です」戦術士官が答えた。「ガリオン星、マキの活動拠点です」

「ベイジョーに向けて、ワープに戻りますか?」操舵手が震える声で言った。

ローは、彼ら若いクルーの期待に満ちた顔から、シャーファ提督の皺だらけの顔までを眺めた。誰もさしでがましく意見をいうものはなかったし、誰もローに決断をせまることもしなかった。それが彼女の望むことだと彼女自身がいったのだ――船の指揮権と100人の乗員の命は彼女の手にある――今まさにそういう情況だ。

ローの目が、戦術コンソールにいるブロンドの女性士官に止まっている。彼女の目はしっかりとローに向けられ、毛ほども揺るがない。その顔は恐怖で強張っているが、涙を浮かべつつも精一杯こらえている。ローは、彼らの抱く恐れが、自分自身についてよりも、後に残した仲間についてのことであるのを知っている。彼らは敵艦隊の接近に気づいていない。彼女は瞳を潤ませ、残してきた仲間が無事逃げおおせられるようにと言いたげだった。ただの輸送船ではガリオン星に向かっているドミニオン艦隊を止めることは不可能だ。しかし生存者を救うことはできるはずである。

「ガリオン星の中央司令部に警告」ローが命じた。「ドミニオンのことを伝えて。コース反転、ワープ最大」

「了解、船長」操舵手が、恐れと心配の混じった声で答えた。

小さな輸送船は、180度転進し、金色の光の束となって姿を消した。


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