伝承技術研修会「乾漆」(増村紀一郎先生)1994年12月

自分の方法は一つの方法には違いないが、全てではない。
当時の高岡市工芸デザイン指導所作成のパンフレットにある、増村先生の「乾漆輪花朱漆鉢の制作工程」を書き出してみる。(2003年1月10日−11日)

意匠・形態の構想

1.図面による構想
2.粘土による立体的な構想
3.粘土原型の完成

(注)プラスチックで原型板を作る。
*砂田のメモ「入り隅に引き箆の形があるだけ」
*「一つの表現」との砂田のメモがある。

乾漆素地の作成

1.石膏原型の作成

イ)雌型の作成
  *メモ「削って形を作ることが出来る」
ロ)雄型の作成
ハ)石膏型に離型剤(米糊を水に溶いて漉す)を刷毛塗りする。

2.下地付け(一)

切粉下地(輪島地の粉+砥粉+米糊+生漆)を薄く箆付けする。2回行う。
*メモ「花弁は刷毛付け(牛の尻尾の毛…下地を引っ張る)」

3.和紙貼り(一)

柔軟な和紙(美栖紙)を十枚、石膏型に糊漆(米糊+生漆)で貼り重ねる。
美栖紙は胡粉が混入し、圧搾していないので紙層が、ふっくらとして紙の腰が柔らかい。
イ)美栖紙は石膏原型の曲面に馴染みやすい。
 *メモ「厚みも一定する」
ロ)美栖紙に糊漆が良く浸透しやすい。
ハ)美栖紙に胡粉が混入している為、砥石で水研ぎすると、良くおりて微妙な造形が出来る。

(注)美栖紙は、奈良県吉野町の特産の楮紙で表具の裏打ちに用いる。
楮原料に胡粉を添加し、漉き上げた濡れ紙を圧搾せずに直接干板に「すぶせ」して乾燥させるのが特色である。

4.麻布貼り(一)

麻布(布目の細かなもの)を一枚糊漆で貼る。
次いで地(地の粉と糊漆)でめすりして布目を埋める。

5.麻布貼り(二)

麻布(布目が粗く、固い、蚊帳状のもの)を四-六枚程度貼る。
バイヤス条に布を貼り、布揃え(合わせ目を小刀で削り、荒砥をかける)を行う。
次に、地で、目すりして、布目をならす。

(注)この鉢の場合、麻布貼りは縁に四枚、底部に六枚ほど貼る。
この麻布が素地の芯になる。

6.麻布貼り(三)

麻布(布目が細かい)を一枚、糊漆で貼り、目摺りを行う。

(注)4.の麻布貼り(一)と同じ作業。

7.高台つくり

円形のボール紙(馬糞紙)の周囲に蝋を塗り、麻糸を巻くようにしておき、高台を作る。

(注)麻糸は、糊漆でおく。
*メモ「蝋−離型」

8.和紙貼り(二)

和紙(美栖紙)を五−十枚、糊漆で貼る。

(注)3.和紙貼り(一)と同じ。

9.下地付け(二)

切り子地を二回、薄く箆付けする。

(注)2.下地付け(一)と同じ。

10.熱乾燥

必要な場合は、80℃で24時間、熱乾燥を行う。

(注)電気炉を使用。
*メモ「80℃以上になると、繊維が傷む。」
*「真夏…黒のビニール袋の中に入れておく(露をうてば、裏返す)。」
*「電気炬燵の中」

11.化粧錆付け

必要な場合は、錆(水練り砥粉+生漆)下地付けが行われる。

漆塗り

1.脱乾漆

石膏型に水を含ませ、乾漆素地を型より外す。

*メモ「下地に穴があれば、下地が入り、引っかかる」
言い換えれば、穴のあいていない石膏型を作り、上記の作業をすること。

2.水研ぎ

砥石(上野砥・グリーンカーボン#280位)で乾漆素地を水研ぎする。
徹底的の研ぎつけて、微妙な曲面等の器形を決定する作業であるため、造形上、重要な工程である。

3.下塗り

生漆をくろめたものに、松煙炭を混入した黒漆を一回塗り、炭研ぎを行う。
尚、漆を乾燥させるため、漆風呂に入れる。

(注)独自の漆調合法
松煙炭による黒漆は、黒色が変化しないが肉がつかない性質である。

4.中塗り

黒蝋色漆(生漆に鉄分を入れ、化学反応で黒くした漆を、なやし、黒目たもの)を塗り、乾燥させる。
その後、駿河炭等で水研ぎを行う。

(注)鉄分による黒漆は時代が経つと変色するが、肉を持つ。
駿河炭は、油桐を焼いた炭。

5.摺り漆

炭研ぎの終わった中塗り面に、綿で生漆を摺り付け、吸い込ませ、揉み紙(和紙)で拭ききって漆風呂に入れ、乾燥させる。

*「急ぎの場合、必ず」

6.上塗り

イ)あらかじめ上塗り用に丁寧に漉した黒蝋色漆を一回薄く刷毛塗りを行う。
その後漆風呂で乾かした後、駿河炭で十分に研ぐ。
ロ)朱漆の調合と漆漉し。
朱の顔料と木地呂漆(赤呂漆)を、混合し良く練る。
その後、丁寧に漉す。
ハ)朱漆の中塗り
朱漆を一回薄く刷毛塗りする。漆風呂で十分乾かす。
その後、駿河炭で水研ぎする。
ニ)朱漆の上塗り
朱漆の作成法…重量比で木地呂漆1に、朱の粉は1−1.5である。
作業はハ)に同じ。

(注)吉野紙(漆漉し紙)3枚、5枚、7枚の順序で漆を漉す。
上塗りの最中に節(ゴミ)を上げる。
*これは黒漆の場合「漉す時、人肌(40°)くらいに温める」

(注)…吉野紙3枚で5-6回漉す。
上塗り刷毛は上塗り漆で充分に洗う。
朱は本朱、赤口朱、淡口朱、黄口朱の種類がある。
*「水簸して重量比で分ける」
*「丈夫さから言うと、黄口の場合、漆1:粉0.8だが、色が汚い」

(注)蝋色炭は、アセビ、チシャ、エゴ、サルスベリ等を焼いた炭。

7.炭研ぎ

駿河炭で研いだ後、日本産生漆で摺り漆を行う。
次に蝋色炭で仕上げ研ぎを行う。

蝋色仕上工程

1.胴擦り

菜種油と砥粉で作った研磨剤で表面を磨く。
その後、生漆で摺り漆を行う。
乾いたら、また、この作業を繰り返す。

(注)摺り漆は、朱漆の場合7-8回。
黒漆では4回程度。
*「顔料の上に薄く皮膜を作ってやる。隅・角に同じように残す。」
*「拭き切り」

2.磨き

鹿の角を焼いた「角粉」や「酸化チタニュウム」の粉で磨いて艶を出す。一回磨き。
この後、生漆を摺り漆をして、仕上げ磨きを行う。

以上です。

参考の為、増村先生の麻布の写真を載せておきます。

上が目の細かい麻布。下が目の粗い麻布。

上へ

乾漆食籠の作り方 研修会の写真

索引のようなもの 分岐図へ ホームへ